今月もこんにちは! 先日、SOMPO美術館で開催中の〈北欧の神秘展〉に行ってきました。19世紀から20世紀初頭のノルウェー、スウェーデン、フィンランドの絵画で、北欧ミステリファンはもちろん、ファンタジー好きな人にもオススメです。6月9日まで。
https://www.sompo-museum.org/exhibitions/2023/magic-north/
 
*今月の暴走番組本*
ダニエル・スウェレン=ベッカー『キル・ショー』(矢口誠訳/扶桑社文庫)


 16歳の少女サラが突然失踪します。警察は捜索を始めますが、家族や周囲の心配をよそに、一向に行方はわからずじまい。ところが弟がアップした動画をきっかけに、大手ネットワークのプロデューサーがサラを探すリアリティ番組を作りたいと家族に打診します。全米の人々から届く情報はサラの行方を探す手助けになる、高額の報酬も得られるという言葉につられて家族は番組に出演することを承諾するのですが……。10年前に起きた少女失踪事件の関係者に聞き取りをしたインタビュー集という設定の本書、通常の人物表ではなく、冒頭の”インタビューに答えてくださった方々”という箇所でいきなり「あれ? これってネタばらしじゃないの??」と早くも驚いたのも束の間、物語はインタビューへの答えのみでどんどんとあらぬ方向へと進んでいきます。いやほんと、こんなふうに転がるとは思わなかった! とびっくりの一冊です。なおこうした趣向はガス・ヴァン・サント監督映画『エレファント』(2003)など映像作品でもいろいろとありますが、中でも『明日、君がいない』(2006)はミステリとしてもYAとしても大変オススメの一作ですので、こちらも機会があったらぜひ。

*今月の苦悩の保安官本*
S・A・コスビー『すべての罪は血を流す』(加賀山卓郎訳/ハーパーBOOKS)


 始まりはヴァージニア州の高校で起きた発砲事件。最悪の事態を危惧して現場に到着した保安官のタイタスらは、射殺された一人の教師と銃を持った青年を発見します。容疑者が旧友の息子だとわかったタイタスは投降するよう訴えますが、早まった部下が彼を射殺。被害者は評判の良い白人で、法執行機関に射殺されたのは黒人の青年。日頃から人種間の対立が後をたたない小さな町に緊張が高まる中、捜査を始めたタイタスが被害者の携帯を調べたところ、そこに入っていたのは人間の仕業とは思いたくないおぞましい画像の数々だったのです。ある事件が起きてFBIを辞職し、生まれ故郷の保安官になった主人公。白人からは侮蔑的な態度を取られ、黒人からは白人の手先になったと非難される辛い立場にいながらも、法の正義を貫こうと日々努力をし、さらには家族の問題も抱えていて、とにかく早く事件が解決してほしいと手に汗握って読んだのですが、あまりに凄惨な犯行の手口と住民たちのトラブルに気を取られ、ラストで犯人が判明したときには「こいつだったのか!」と声が出そうになりました。帯のルへイン、キング、コナリーの推薦文に偽りなしの作品です。

*今月のイチオシ本*
シャロン・ボルトン『身代りの女』(川副智子訳/新潮文庫)


 卒業間近の優等生男女6人。開放感と飲酒も手伝って、代わるがわる肝試し的な無謀運転をしていたところ、6回目の最後でついに大事故を起こし、無関係な母娘が死んでしまいます。怖くなって現場から逃げた彼らは、自分たちの将来を憂えて罪を逃れる方法を考えますが、仲間割れ一歩手前のところで、メーガンが自分一人で罪を被ることを提案します。それから20年、出所したメーガンは、国会議員、弁護士、起業家などとなり成功した昔の仲間たちに会いに行くのですが……。メーガンが身代わりになるにあたってどういう約束をしたか、その約束の内容とはなんだったのか、はたして約束は守られるのか、そしてそもそもなぜメーガンは身代わりになったのか、という大きな謎が読みどころですが、さらにそれに付随してとんでもない邪悪な真相が隠されていたことがわかります。読めば読むほど人間不信になりかねない嫌エピソードが満載で、600ページ超もあっという間に読み終えてしまうはず。なお大矢博子氏の解説の最後で、読者にある問いかけがされているのですが、自分は断然後者です。

*今月の新作映画*
『オールド・フォックス 11歳の選択』(6月14日(金)公開)




 1989年、台北。11歳のリャオジエの願いは、家を買い、亡くなった母の夢だった理髪店を開くこと。父と二人で毎日せっせと節約をする日々でしたが、その頃台湾では投資ブームが流行し、階下の食堂夫婦も株で儲けを出し有頂天になっていました。同じく株で成功した親戚が家の頭金を貸してくれるという知らせにリャオジエは大喜び。地図で店舗の立地条件を父にアドバイスしたりと希望に胸を膨らませていた矢先、この景気のせいで不動産価格が二倍となり、計画は白紙に。悔しさのあまり自分たちも株で儲けようと言っても、堅実な父親は耳を貸しません。そんなある日、リャオジエは自分の大家である金持ちのシャ社長に出会います。シャ社長はそのあこぎな商売で”腹黒いキツネ”と呼ばれるほどの老獪な実業家でしたが、なぜかリャオジエのことを気に入り、二人の間には不思議なつながりができるのですが……。



 ミステリーではないものの、歳の割にはしっかり者のリャオジエが今まで接したことのないタイプの大人とどう関わっていくのか、シャ社長の言葉が彼にどんな影響を与えていくのか、父子は念願の店を無事に開くことができるのか、などなど、物語が進むにつれ気になることがどんどんと増えていきます。リャオジエを演じるバイ・ルンイン少年の天才的な演技も見どころのひとつです。台湾に行ったことがある人は、30年前をていねいに再現した町の雰囲気や衣装もぜひ堪能してください。


作品タイトル『オールド・フォックス 11歳の選択』
公開表記:6月14日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
コピーライト:©2023 BIT PRODUCTION CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED

キャスト/演員
 リャオジエ/廖界:バイ・ルンイン/白潤音
 リャオタイライ/廖泰来:リウ・グァンティン/劉冠廷
 シャ社長/謝老闆:アキオ・チェン/陳慕義
 リンジェンジェン/林珍珍:ユージェニー・リウ/劉奕兒
 ヤンジュンメイ/楊君眉:門脇麦/門脇麥
Staff/工作人員
 監督/導演:シャオ・ヤーチュエン/蕭雅全
 脚本/编劇:シャオ・ヤーチュエン/蕭雅全 チャン・イーウェン/詹毅文
 音楽/音樂:クリス・ホウ/侯志堅
 サウンドデザイン/聲音設計:
   ドウ・ドウチ/杜篤之 ジャン・イーチェン/江宜真
 撮影/攝影:リン・ジェチアン/林哲強
 美術/藝術總監:ワン・チーチェン/王誌成

原題:老狐狸/英題:Old Fox
 2023年/台湾・日本/112分/シネマスコープ/カラー/デジタル
字幕翻訳:小坂史子
配給:東映ビデオ

■オフィシャルサイト&SNS 
公式サイトhttps://oldfox11.com/
作品公式X(旧Twitter)https://x.com/OLDFOX0614

■映画『オールド・フォックス 11歳の選択』日本版予告篇

 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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