今月もこんにちは! バレンタインデー用のデパート特設売り場、見てるのは楽しいんですがあまりの種類になにがなんだかわからなくなって、結局毎年何も買わずに帰ってくるんですよねえ……。

*今月の前日譚本*
ホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』(服部京子訳/創元推理文庫)


 17歳の高校生ピップは、試験終了お疲れさまイベントとして、友人コナーから殺人ゲームのお誘いをもらいます。1924年の舞台設定ということで、フラッパーガールっぽい服装でコナー宅を訪れたピップの役柄は殺された富豪の姪。参加者6人各自しか知らない設定で隠されたヒントを探し始めると、最初は気乗りしなかった彼女もだんだんとゲームにのめりこんでいきます。「向かない」三部作完結編を悲喜交々で読み終わったみなさまに嬉しいプレゼントの本書。読んでいるこちらとしては「あのピップにはこんなゲーム簡単すぎるでしょ!」と思うんですが、このゲームのキモは、参加者全員が、誰が犯人役なのかわからないこと。いろいろなヒントや会話の中で見え隠れする手掛かりは、否が応でもピップの探偵魂を刺激することに。三部作既読のみなさまなら、ラストは「だよねえ」と思わず納得してしまうのではないかと。未読の人は本書から「向かない」沼に足を踏み入れてみてはいかがでしょう。

*今月のこってり本*
ハビエル・セルカス『テラ・アルタの憎悪』(白川貴子訳/ハヤカワミステリ)


 舞台はスペインのカタルーニャ地方の田舎町テラ・アルタ。軽犯罪程度の事件しか起きないこの小さな町で、ある日凄惨な殺人事件が発生します。被害者は町のほとんどを手中に収める富豪夫妻と使用人。夫妻には著しい拷問のあとがあり、別の署と合同で特別捜査班が編成され、刑事メルチョールは年長の相棒サロームと捜査にあたります。主人公のメルチョールはまだ30前ですが、かつては麻薬密売に関係した重犯罪者としての過去があります。それがなぜ今ひなびた町で刑事の道を歩んでいるのか、転機はいつ訪れたのか、そもそも犯罪に走った原因は何なのかなどが、事件の捜査と並行して語られます。若くして波瀾万丈な人生を送る主人公の生涯の愛読書はユゴーの『レ・ミゼラブル』。この本との出会いのエピソードが大変面白く、さらに彼ならではの解釈やあの登場人物への思いが熱く語られていて読書好きにはたまりません。ちなみに作者セルカスのもう一つの邦訳作『サラミスの兵士たち』(河出書房新社)はバルガス=リョサ絶賛とのこと。スペインならではの熱く濃厚な犯罪を描いた本書は、歴史ミステリファンにも強くオススメしたいです。食事シーンも楽しめる作品なのですが、文字通り完膚無きまでの損壊死体を見たあとでボロネーゼのパスタを美味しく完食するという主人公のメンタルには恐れ入りました!

*今月のイチオシ本*
キャサリン・ライアン・ハワード『ナッシング・マン』(髙山祥子訳/新潮文庫)


『遭難信号』(創元推理文庫)、『56日間』(新潮文庫)とミステリファンを楽しませてくれた作者の最新邦訳書は、またもや全然違ったタイプのサスペンス。18年前に家族を惨殺され唯一生き残ったイヴは、30歳になった今、自分の手で事件を再検証した実録本を出します。〈ナッシング・マン〉と呼ばれた連続殺人鬼は今も野放しのまま。他の被害者の遺族や関係者たちへの取材は簡単にはいかず、いやでも過去を思い出すことになるイヴにとっても辛く厳しいものでした。そんな血の滲むような思いで書いた告発本を、驚愕と恐れ、そして異常なほどの好奇心で食い入るように読む男がいます。その男ジムこそが正体不明の連続殺人犯〈ナッシング・マン〉でした。イヴの本が作中作となり、それを読んでいくジムは焦り、緊張し、恐れる一方で、18年前の歪んだ欲望と惨たらしい犯行の成功を再度味わうという恐ろしい物語が進んでいきます。偶然にも本書と併読していたアガサ・クリスティー『ねじれた家』に書かれた殺人犯に関する考察と、鑑賞中のドラマ『THE FALL 警視ステラ・ギブソン』の犯人像とがあまりにも本書の犯人と一致。ダニヤ・クカフカ『死刑執行のノート』(集英社文庫)でも思いましたが、あんたが思ってるほどお前は特別じゃないんだよ!>犯人  はたしてイヴの告発は犯人逮捕へとつながるのでしょうか。一気読み推奨!

*今月の番外編本*
ボニー・ガルマス『化学の授業をはじめます。』(鈴木美朋訳/文藝春秋)


 女性蔑視が当然のように横行していて、女性が成功することはまず不可能だった1960年代のアメリカ科学界。才能も実力もあるエリザベスは、生涯のソウルメイトを失いシングルマザーとなった矢先に、卑劣な上司の策略で職を追われてしまいます。八方塞がりの彼女のもとに、予想外の仕事のオファーが舞い込みました。なんとそれは料理番組の出演者! スポンサーや製作者サイドからは、女らしくしろ、家庭的な雰囲気を出せなどとろくでもない要求を出されますが、エリザベスはすべて無視。お茶の間に向かって科学的に調理の作業工程を説明し、世にも美味しい料理を作り上げる彼女は、全米の女性たちから熱烈な賛同を得て……。
 凛とした生き方を貫く主人公エリザベスがとにかく素敵! とうっとりする一方で、彼女に対するさまざまな試練や迫害の数々とそれを仕向けるクズ男たちがどうにも腹立たしくて、やけ食いしそうになりました(苦笑)。この本でエリザベスたちが受けた不平等な仕打ちや投げつけられた暴言や横柄な態度や身体的・精神的暴力、さらには良かれと思って言ってるかもしれないけど明らかにトンチンカンな物言い、これらのどれかひとつでもされた経験がないという女性はただのひとりもいないと断言します。
 70年代に出たアイラ・レヴィン『ステップフォードの妻たち』でも“女は学歴は不要なので結婚していつも身だしなみを綺麗にして受け答えは大人しく常に男を立てて何も疑問を持たず夫を心から崇拝”という世界が男のユートピアとして描かれており、昔映画を観た時に「これ、こっちの方がいいと思っちゃう人もいるんだろうなあ……」と不安を覚えたものですが、今の日本はまさに時代に逆行していると感じることがしばしばあります。置かれた場所で咲けとかどゆこと? と思う人には絶対におすすめ。本書を読んで、エリザベスの言動に「勇気をもらった」「元気をもらった」と感じるかもしれません。でも勇気や元気は人からもらうものではなく、最初からあなたの中にあるのです。間違いなく本書はそれを引き出す手伝いをしてくれます。性別年齢関係なく必読の一冊です。ぜひ。

*今月の新作映画*
『落下の解剖学』(2024年2/23(金・祝)公開)



 雪に覆われた山奥の山荘で、一人の男が転落死します。現場にいたのは彼の妻サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)と、数年前の交通事故が原因で視覚に障がいのある11歳の息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)。父親の遺体を発見したのは愛犬の散歩から帰ってきたダニエルでした。警察の捜査が始まり、死因となった頭部外傷は事故か第三者の豪打によるものとの検死結果が出ます。事故か他殺か、または自殺か。現場検証で殺人の可能性が濃厚となり、妻のサンドラに容疑がかけられます。彼女が犯人だとしたら、その動機は一体……。


 サンドラは殺人罪で起訴され、舞台は山荘から法廷へと場所を変えます。法廷で初めて明かされる意外な事実の数々に、ダニエルの足元は揺らいでいきます。証拠は真実を指しているのか、それは誰にとっての真実なのか、真相によって正義はなされるのか。家族のありかたやパートナーとの信頼関係、相互理解といった誰もが日々直面するデリケートな問題に、グレーゾーンを許さない法廷という場が結論を出すことができるのか。ゴールデングローブ賞で脚本賞と非英語作品賞の2部門を受賞、来る第96回アカデミー賞®の作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門でノミネートされた緻密で繊細な心理サスペンスの逸品、ご堪能ください。あ、お利口さんな犬も出てきますよ!!



 


タイトル『落下の解剖学』
2024年2/23(金・祝) TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
監督:ジュスティーヌ・トリエ  
脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ 
配給:ギャガ 
原題:Anatomie d’une chute
2023年|フランス|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|152分
字幕翻訳:松崎広幸|G 
©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma
公式HPhttps://gaga.ne.jp/anatomy/
X: @Anatomy2024

アカデミー賞作品賞含む5部門ノミネート !「落下の解剖学」2.23公開

 
 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho







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