今月もこんにちは! なんか3月から4月にかけて面白い本が大量に出てませんか!? というわけで今回はロングバージョンです!

*今月の思い出本*
アレン・エスケンス『あの夏が教えてくれた』(務台夏子訳/創元推理文庫)

 1976年、母と二人でミズーリ州の小さな町に暮らす高校生のボーディは、あることがきっかけで転校します。友人もできず孤独な彼を気遣ってくれる隣人ホークのもとにある日保安官がやってきて、黒人女性の失踪についてホークの関与を仄めかします。好奇心でうずうずするボーディでしたが、近所に初めて都会から黒人一家が越してきたことで、彼を取り巻く世界は少しずつ変わっていくのです。デビュー作『償いの雪が降る』からずっと、読者の琴線に触れる作品を送り続けてきた作者は、元弁護士で教授のサンデンの少年時代に起きた差別と偏見がもたらす悲劇を描いています。青春小説としても秀逸な本書、若い読者層はもちろん、気づかぬうちに鈍感になりかけている大人にぜひ読んでほしい一冊です。

*今月のイヤ度炸裂本*
ネイサン・オーツ『死を弄ぶ少年』(山田佳世訳/ハヤカワ文庫)

 作家で大学教授のギルは、両親を事故で亡くした甥のマシューを引き取ることに不安を感じていました。なぜなら6年前、彼が11歳の時、ある恐ろしい事件を目の当たりにしたからです。ところが成長した甥は見違えるように落ち着いて優しげな雰囲気を漂わせ、妻と娘たちの歓迎ムードをよそにギルの不安はおさまりません。そんな中マシューはギルの講義に現れ、あたかもギルの娘の死を彷彿とさせるような小説を披露したのです。サイコパスが家に入りこんでくる恐怖を描いたスリラーですが、上手いなあと思ったのが、マシューを引き取ることで高額の養育費がもらえて家計が潤うこと、売れない作家のルサンチマン、甥が起こした事件の際の自分に対する主人公の後ろめたさ等がネチネチと描かれていて、これが絶妙なイヤミス感を醸し出しています。一気読み必至!

*今月の台風直撃本*
ジャナ・デリオン『嵐にも負けず』(島村浩子訳/創元推理文庫)

 みんな大好きワニ町シリーズ第7弾は、トリオの天敵シーリアの夫の帰還で大騒ぎのシンフルの町をハリケーンが直撃! 一方カーターはまだ脳震盪が……って、そうでした、毎回あまりに強烈なトラブル続出のせいで、フォーチュンが来てからまだひと夏も過ぎてないことを忘れてしまいます(笑)。しかし! 本書では(おそらく)シリーズ最大の問題が発生。毎回続きが待ちきれないシリーズですが、これほど一刻も早く続きが読みたいと思ったのは初めてかも。あーもう変なプライドを捨てて大人しく(?)幸せになってくださいよほんとに! <もはや知り合いの気持ち(笑)

*今月のユーモア・コージー本*
イアン・ファーガソン&ウィル・ファーガソン『ミステリーしか読みません』(吉嶺英美訳/ハーパーBOOKS)

 推理力と空手チョップで聖女が事件を解決! かつて大ヒットしたTVシリーズ『フラン牧師』の主演女優ミランダは、番組終了後15年経った今、仕事もなく落ちぶれる一方。そんなある日、1枚のハガキが彼女をオレゴン州へと向かわせます。かつてのスターが鄙びた田舎町で傍若無人にふるまっていた矢先、大勢の目の前でローカル有名人が殺されてしまいます。ユーモア強めでドタバタシーンも多い本書、どこかに懐かしさを感じると思ったら、謝辞の最後で納得。本国では来月早々続編が出るとのこと。「ワニ町」シリーズのファンにもオススメですよ! 

*今月のウルトラ問題作本*
ダン・マクドーマン『ポケミス読者よ 信ずるなかれ』(田村義進訳/ハヤカワミステリ)

 人里離れた会員制の狩猟クラブに探偵がやってきて、死体が見つかり、さらには嵐で舞台は陸の孤島となり……たしかにあらすじはそのとおりなんですが、それから? と聞かれたら何も答えられないんですよこれが!! まさかのタイトル、竹本健治推薦帯、そして小山正氏の解説! この3つが揃ってポケミス史上最も挑戦的で頭を抱える(注:当社比)作品となった本書。読み終わったあとの感想はかなり差が出ると思われますが、ゆめゆめ喧嘩などなさらないように。ちなみに自分は好きです!

*今月のイチオシ本*
スティーヴン・キング『ビリー・サマーズ』(白石朗訳/文藝春秋)

 引退を考えていた凄腕の殺し屋ビリーは、最後のひと仕事として裁判所に移送される被告人の狙撃を請け負います。破格の報酬を伴う案件を成功させるために考えられた方法は、ビリーを小説家にすること。ほら、小説家って別に仕事場を持ってて、書けないときはぶらぶらしてたりするだろう? 殺し屋フィクサー、なかなか目の付け所が良いではないですか! というわけで狙撃場所で待機しながら”本当に”小説を書き始めるビリー。というのも……。悪人しか殺さない殺し屋ビリーの物語は、読み始めた時に予想していた内容とは全く違う驚きの展開が待ち受けています。ストーリーテリングの巧さはもちろんですが、本書のもうひとつの大きな読みどころは、設定の細かさ! 周囲から作品の内容を聞かれたらエージェントから口外禁止が出たことにするとか、自ら作り上げた自分のキャラ設定が小説執筆にどう影響するかとか、水も漏らさぬ(?)完璧な設定の数々がどれもめちゃくちゃ面白いんですよ! ホラーや超自然的要素が苦手という理由でキング未経験の人に、「人生初キング」本として力一杯オススメしたい作品です。あと、表紙のデザイン秀逸!

*今月の新作映画*
『無名』(5月3日(金・祝)公開)




 1941年、戦時下の上海では多くのスパイたちが暗躍していました。中華民国政治保衛部のフー(トニー・レオン)と部下のイエ(ワン・イーボー)らも、身辺調査、尋問、奇襲といった諜報活動を行い、祖国のために命をかけて諜報活動に勤んでいましたが、その中には上海に駐在する日本軍のスパイと通じている二重スパイがいたのです。



 誰が味方で誰が敵なのか。読み違えれば命を落とす究極の心理戦、常に背後に気を配らねばならない緊張の連続、裏切りと報復。痛快とは無縁の非情な諜報活動に従事する名もなきスパイたちを描いた本作は、過去と現在を行き来しながら、複雑な物語を緻密に紡いでいきます。スクリーンに映し出される1940年代の上海の街並みの幻想的な美しさや、細かいところまで手を抜かない美術や小道具、衣装の見せ方など、ヴィジュアル的にも大変見どころがある作品です。中国映画界最高の賞である金鶏賞で最多ノミネートされ、トニー・レオンが最優秀主演男優賞、チェン・アル監督が最優秀監督賞・編集賞を獲得したノワール映画の逸品をぜひ。


作品タイトル『無名』
公開表記:5月3日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿ほか全国順次公開
コピーライト:Copyright 2023 © Bona Film Group Company Limited All Rights Reserved

監督:チェン・アル
出演:トニー・レオン ワン・イーボー ホアン・レイ 森博之 チャン・ジンイー ジョウ・シュン
・2023年/中国/131分/1.85:1
・中国語・広東語・上海語・日本語/カラー/5.1ch
字幕:渡邉一治
配給:アンプラグド

■オフィシャルサイト&SNS 
公式サイトhttps://unpfilm.com/mumei/
作品公式X(旧Twitter)https://twitter.com/mumeimovie

映画配給会社アンプラグド公式Instagramhttps://www.instagram.com/unplugged_movie/
映画配給会社アンプラグド公式Facebookhttps://www.facebook.com/unpfilm.inc/


 
■映画『無名』予告編 2024年5月3日(金・祝)より全国順次公開■

 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho








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