みなさま、あけましておめでとうございます。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。毎度、拙いニホンゴで申し訳ありませんが、今年も韓国ジャンル小説にお付き合いいただければ幸いです。年明けくらい明るく爽やかな作品をご紹介したいところではありますが、残念ながら私の本棚にはそういったジャンルが見当たらないので、いつも通り、暗めじっとりな作品のご紹介となります。


 1冊目はおなじみの作家、ファンヒによる『キリンのタイプライター』。韓国最大手書店の教保文庫が主催する第7回ストーリーコンテスト・中長編部門で優秀賞を受賞したファンタジー色の濃いサスペンス……というかサスペンス色を帯びたファンタジーというか。小説の中に小説が登場する額縁小説なのですが、ウカウカしてると自分の現在位置を見失ってしまう恐れあり。

 結婚以来、夫や姑から蔑まれ、暴力を振るわれ、事あるごとに地下室に閉じ込められる生活を送ってきたソヨン。そんな生活を変えようともせず、そこから逃げ出そうともしない母親に嫌気がさした娘のジハは、置き手紙を残して家を飛び出した。
 いつものように地下室に閉じ込められていたソヨンに、ある日、1冊の本が届く。家を出たジハがいつのまにか出版した初の小説、『静かな世界』。ソヨンの心に、ある日の出来事が思い浮かぶ。
 母親と共に地下室に閉じ込められていたジハが、「キリンのタイプライター」と刻まれた一台のタイプライターを見つけた。かつて作家を志していたソヨンが小説コンテストに入賞したとき、「優れた才能を象徴する麒麟のように、麒麟が住む想像の世界へ大きく羽ばたけるように」と友人のウタクがハヨンに贈ったものだった。母親同様、作家になることを夢見ていたジハは、「キリンのタイプライター」で作品を綴ることにした。
『静かな世界』の冒頭には、こんな献辞が記されていた。

“夫が投げつけたタイプライターに当たって、自ら生を終えたママへ”

 その物語にはソヨンとジハ、ウタクまでが登場し、ジハが知るはずのないソヨンの過去や心理が忠実に再現されていた。望まない妊娠、望まない結婚をし、子どもを憎悪しながら、ときには子どもに殺意を抱きながら過ごしてきたソヨンの姿が描かれていた。『静かな世界』は、不穏な空気に満ちていた。

 一方、現実世界のジハは発作的に家を飛び出し、気がつくとニューヨークの道端に倒れていた。どうやってそこにたどり着いたのか、それまでの記憶がまったくない。
ジハは聴覚に障がいを抱えていたが、テレポート能力をもっていた。写真で見たり、正確に思い描ける場所であれば、そこへテレポートすることができるのだ。だが、ニューヨークにテレポートしたときのことは、何も覚えていない。
 作家志望でありながら、これといった収入源のない彼女はテレポート能力を利用した犯罪で金品や食料を手に入れ生き延びてきた。だが、監視カメラに残された映像がメディアに流出し、FBIにまで追われる身となってしまう。同居人のイドゥンと愛犬ウルフもろとも捕まりそうになったそのとき、とっさに思い描いた場所は韓国に位置する森の奥深く、古ぼけた山小屋。なぜその場所を思い描いたのか、ジヘ自身にもわからない。ただ、ニューヨークにたどり着いたときにはすでに、彼女の鞄には山小屋の写真が入っていた。二人と一匹は、その山小屋にテレポートした。
 誰かが生活していた痕跡が残ったままの山小屋。その壁にはなぜか、それまでジハたちが暮らしていたニューヨークのマンションの写真が飾られていた。イドゥンは、物置小屋からバイクを見つけた。ジハはなぜか、そのバイクに見覚えがあった。跨ってみると、まるで自分の愛車であるかのようにフィットした。部屋に置かれた机の引き出しには、ジハの写真が入っていた。
 山小屋に身を潜めながらも、ジハは小説家としての道を歩き出すが、テレポートにより体に異変が生じ始める。身体の異常、記憶障害に加え、精神の異常まできたし、自分の首を絞めつけ気を失うこともあった。なぜ自分の首を……? 様々な「異変」がジハの身だけではなく、イドゥンの身も、ウルフの身さえも蝕んでいった。ジハを取り巻く人や物、記憶が歪み出し、彼女の「世界」が少しずつ姿を変えてゆく。

 ……と、ここではソヨンとジハの物語、現実と小説の中の世界をなんとなくまとめてみましたが、実際には、これらすべての場面がコロコロ切り替わる作りになっています。『静かな世界』の本文は、『キリンのタイプライター』本編の文字とは字体が変えられているので見分けがつくはずなのに、なんせ本編の登場人物と同じ名前の登場人物が出てくるもんだから、ぼーっと読んでても、没頭しすぎても、ちょっと気を抜くと現在位置がわからなくなる。現実世界の話かと思ったら、小説の中の話だった。なんてことが多発してしまい、たびたび数ページ、時には十数ページ戻りながらの読書時間でございました。


 お次は『Unknown People』(キム・ナヨン)。こちらもおなじみ、「Kスリラー」シリーズからの一冊。韓国を離れ、娘と渡米したシングルマザーが次から次へと不可解な事件に襲われる、ちょっと不気味で悲しい長編サスペンスでございます。主人公は、夫との離婚後、娘のスアを連れて3年間アメリカで暮らしてきたウンス。持病である夢遊病の症状が悪化し韓国に戻ることを決意しますが、韓国にいる両親には連絡せずにこっそりと帰国します。

 渡米直前まで家族3人で住んでいたマンションに戻ったウンスとスア。やっと住み慣れた場所で穏やかに暮らせると考えていたが、帰国早々、数々の不穏な出来事に見舞われる。
 偶然再会した友人・ソンヒは、教えたはずのないスアの名前を知っていた。3年ぶりの帰国だというのに、去年のクリスマスに明洞で会い、そのときに子どもの名前も教えてくれたというのだ。ウンスには身に覚えのないことだった。後日、ソンヒから写真が送られてきた。「去年のクリスマスの写真だけど、これ、ウンスでしょ?」と文が添えられていて、確かに自分(らしき女)が写っているが、身に覚えのないことだった。
数日後、目を離したすきに、公園で遊んでいたスアが姿を消した。いつのまにか家に戻っていたスアは「ママが『先に帰ってて』って言ったから……」と言い訳するが、それもまた、ウンスには身に覚えのないことだった。
帰国以降、連絡がとれない両親の家へ向かったが、実家はもぬけの殻。不審に思い、両親を探している間に、庭で遊んでいたスアがいなくなる。警察に駆け込み、捜査を願い出るが、そこに母親から電話が入る。スアと一緒にいるという。慌てて実家に戻ると、ヘルメットをかぶった見知らぬ女に襲われる。
「あんたのせいだ! あんたのせいで母さんも……弟も! 娘に会いたなら、アタシんちに来な」
 捨て台詞を残して、女は立ち去った。あの女は何者か? スアはどこにいるのか? 両親は事件に巻き込まれたのかもしれない。
錯乱状態になりながら、前夫・ヨンホに娘と両親の失踪のことを伝えたところ、ヨンホの口から意外な言葉を聞くことになる。
「ウンス。ご両親のことは残念だけど……あれはお前のせいじゃない。ただの事故だったんだ。ご両親もお前のこと、恨んじゃいないよ。もう3年経ったんだ。忘れてもいいころだろ?」
 ……ヨンホの話が本当なら、今まで両親のふりをしていたのは誰なのか?

 さらに、どうやらスアやウンスを狙っているのが一人(1グループ)ではないらしく、とにかくいろんな悪者(らしき人物)が多数登場。誰が誰だかわからなくなりながらも、読んでいけばなんとなく関係性がわかってきたり、なんとなく予想がついてきたりするんだけど、その予想が覆されたり、さらなる登場人物が出てきたりして、もう一度、人物相関図を書いてみたり、自分の語学力がマズいのかと、一度日本語にしてみたりと、四苦八苦。これ、まさか「ぜんぶ夢遊病中のお話でした~」なんて終わり方すんじゃねえだろうな……とあるイミ恐れながら読み進めましたが、そんなオチではないのでご安心を。何度も何度も、何がどうなってるっつーの! 途中経過はいいから、とっとと結末を教えてくれ! と思わず最終章に飛んでしまいそうになる作品でございました。

 何かと頭の痛くなることが多いご時世。せめて小説の世界くらい、スルリと難問を解決して、とっととスッキリしたいものです。こんがらかればこんがらかるほど面白いのがミステリーの醍醐味なのかもしれませんが。
 2022年、素敵なミステリーとの出会いがありますよう、心よりお祈り申し上げます。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。



























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