大好きな海外ドラマが次々と終了し(哀)、今はAmazonの『ザ・ボーイズ』シーズン3を首を長くして待っている今日この頃。今年もよろしくお願いします。

*今月のリーガル本*
ジョン・グリシャム『冤罪法廷』(白石朗訳/新潮文庫)


 アラバマ州の死刑囚舎房で、一人の弁護士が「死刑執行一時停止命令」の知らせを受けます。彼の名前はカレン・ポスト。牧師でもある彼は、ジョージア州サヴァナにある非営利団体〈ガーディアン・ミニストリーズ〉に所属し、無実の罪で服役している囚人たちを釈放するために毎日奔走しています。今手がけているのは、22年前の弁護士殺害事件。被害者の元依頼人だったクインシーが逮捕され裁判により死刑判決が下されますが、法廷は黒人の被告人に対して明らかに不利な状況でした。調べが進むにつれて目撃証言の疑わしい点や証拠品の紛失なども発覚し、ポストは確かな手応えを感じますが、一方で再審を阻止せんとする一団が、殺人も辞さない反撃を企んでいたのです。
 ドラマなどでよく弁護士が「無実かどうかは関係ない」と依頼人の告白を遮るシーンが見られますが、本書の弁護側は服役囚が冤罪であると確信した上で行動しているので、そうしたやりとりにモヤモヤを感じていたかたには絶対オススメです! グリシャムは少し前に『危険な弁護士』で違法スレスレなアウトローのキャラを出してきたので、これからはこの路線に行くんだろうか……と自分としてはちょっと心配(?)していたのですが、安心しました! 

*今月の巨匠本*
ジョン・ル・カレ『シルバービュー荘にて』(加賀山卓朗訳/早川書房)


 始まりは大雨のロンドン。男児連れの若い女性がある家を訪ねますが、そこにいる50代半ばの男性とのやりとりはいささか異常とも言える不穏なものでした。その前日、トレーダーを辞めて海沿いの小さな町で書店を始めたジュリアンは、エドワードと名乗る老人と知り合います。冷やかし客かと思った相手はいつの間にか言葉巧みにジュリアンの関心をひき、翌朝カフェで再会したときに、彼は実はジュリアンの父の学友だったと話しはじめたのです。物語はこの老人と若者との不思議な交流と、イギリスの情報機関「部(サービス)」に突然降りかかった危機を描きます。一体このふたつがどう結びつくのでしょうか。発掘作業のような慎重さをもって明かされる事実と、それが残した周囲の人々への影響が、結末で鮮やかに締めくくられます。巨匠の遺作となった本書は、実子で作家のニック・ハーカウェイのあとがきも心に残る逸品です。

*今月のイチオシ本*
ピーター・スワンソン『アリスが語らないことは』(務台夏子訳/創元推理文庫)


 父親の突然の訃報で実家に戻ってきたハリー。父とは年の離れた後妻のアリスは、悲しみにくれながらも、久しぶりに会ったハリーをもてなそうとします。やがて警察の調べで、父の死は事故ではなく殺人の疑いがあるとわかり……。
『そしてミランダを殺す』『ケイトが恐れるすべて』に続く、女性名シリーズ(?)第三弾。とにかくできるだけ前情報をいれずに読んだ方が絶対に楽しめると思うのでここまでしか書けませんが、デビュー作『時計仕掛けの恋人』から顕著に表れていた、著者独特の気持ち悪さ(ほめてます)が大幅にパワーアップ!! 某文芸作品を思わせるプロットが見事にミステリにスライドしたような完成度の高さには参りました。真相が明らかになったところで「そうだよ!! あそこで気がつけよ自分!!!」と己の注意力の無さにトホホとなりました。ぜひ一気読みで!!

*今月の映画と原作本*
『オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-』(2月18日公開)


「え? こんな理由だったっけ!?」と先日出た新訳版『007/ロシアから愛をこめて』(白石朗訳/創元推理文庫)を読んでびっくり。だってロシア国家保安省殺害実行機関”SMERSH”が、ボンドを抹殺するため超美人スパイを西側に亡命させようとするんですが、その表向きの理由を「(その女スパイが)資料で見たボンドの写真がカッコ良すぎて一目惚れしたから」ってことにするんですよ!! あまりの奇天烈な作戦に思わず映画も久しぶりに見直しましたがやっぱり同じでした(笑)。




 イアン・フレミングのそんな発想の凄さに改めておそれいるのが映画『オペレーション・ミンスミート -ナチを欺いた死体-』。1943年、英国諜報部MI5は、将校に仕立て上げた遺体に偽の機密情報を持たせてスペインの海岸に漂着させるという奇策を実行します。この原案を考えついたのが、のちに007シリーズのMのモデルとなる海軍情報部部長ゴドフリー提督の私設補佐官だったイアン・フレミング。映画はこの奇想天外な作戦を成功させようとする人々の努力と苦労を描いたスパイ・スリラーです。実はこの作戦はコリン・ファース演じるユーエン・モンタギュー少佐自身によるノンフィクション The Man Who Never Was の同名映画(1956年 日本未公開)として作られましたが、本作の原作はベン・マッキンタイアー『ナチを欺いた死体 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』(小林朋則訳/中公文庫)。これがまたとてつもなく面白くて、たとえば――

モンタギューはフレミングを「嫌な奴」と思っていたが、仲はとてもよかった(いわく「フレミングは、一緒にいて楽しいが、いざとなれば自分の祖母さえ売りかねないひどい奴だ。僕は大変気に入っている」)。

――などという珍妙なエピソードがてんこ盛りなので、ぜひ映画と両方でお楽しみください。ちなみに同著者の『キム・フィルビー かくも親密な裏切り』(中央公論新社)もスパイミステリファン必読の一冊です!



 
作品タイトル: オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―
公開表記:2月18日(金)TOHO シネマズ日比谷 他全国公開
配給:ギャガ
コピーライト:© Haversack Films Limited 2021

監督:ジョン・マッデン『女神の見えざる手』『恋におちたシェイクスピア』
出演:コリン・ファース『キングスマン』『英国王のスピーチ』、マシュー・マクファディン『エジソンズ・ゲーム』、ケリー・マクドナルド『T2 トレインスポッティング』、ペネロープ・ウィルトン『ダウントン・アビー』、ジョニー・フリン『スターダスト』、ジェイソン・アイザックス『フューリー』
原作:「ナチを欺いた死体:英国の奇策・ミンスミート作戦の真実」ベン・マッキンタイア―著(中公文庫)
原題:Operation Mincemea
128 分/イギリス/2022 年/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
字幕翻訳:栗原とみ子

公式サイトhttps://gaga.ne.jp/mincemeat/
公式Twitterhttps://twitter.com/opm_movie

 
 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム<本、ときどき映画>を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho








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