先入観をいい意味で裏切ってくる本は面白い。胸の痛いこの題材はミステリには多いけれどもと思いつつ読んでみたら、ひねりがあって読後考えこんでしまった本をご紹介します。丁寧に捜査手順を描いた警察もので、オックスフォード運河沿いの家庭で起きた事件の犯人はすぐそばにいる――という“CLOSE TO HOME”(2017)です。

 夏休みを目前に控えて学校の雰囲気も浮きたつ頃、8歳のデイジーが姿を消します。不在があきらかになったのは、近所の大人も子供も集めての花火やバーベキューを楽しむハウス・パーティが終わった夜更け。誘拐か? まさか近くの溜池に落ちたのか? ひょっとしたら自分の意志で家出? 初動が重要であることをよく知るテムズ・バレイ署のアダム・フォーリー警部は、深夜、現場のメイソン家を訪れ、家族に対して違和感を抱きます。協力的ではない。少女はパーティのあいだ、“デイジー”の仮装で頭に大きな花を模したヘッドドレスをかぶり、緑の服と緑のタイツ姿で庭を走りまわっていたそうですが、最後にいつ言葉を交わしたのかなど、正確な証言が出てこないのです。両親ともに招待主として忙しかったと弁解しますが、パーティのあいだ、我が子に一言も声をかけないなどあり得るだろうかと。
 大勢の人員を投入しての付近の捜索と聞き込み、鑑識の分析、外部機関協力者による防犯カメラ映像のチェック、デイジーが通っている学校関係者との会話と、捜査を進めるにつれてその違和感は大きくなる一方です。家族から目撃情報提供を呼びかける記者会見の場を設けたところ、母親のシャロンは娘の心配よりもテレビカメラに映る自分の外見のほうを気にかけているとしか思えない様子。近隣の聞き込みからデイジーを溺愛していたことがわかっているのに、記者会見を最後まで渋っていた父親バリーが「わたしの愛らしいプリンセスが」……と最初から泣きだして顔を覆う仕草は、カメラに映りたくない理由があるとしか見えません。そんな両親以上に挙動不審であるのは兄である10歳のレオ。後ろめたさを抱え、何かを隠しているのはあきらかです。
 先入観はできるだけ持たないようにしようと務めるフォーリー警部ですが、失ってそう時間の経っていない自分の息子のことを思いだしてしまい、違和感のある家族にどうしても疑いの目をむけがちになっていきます。事件発生当時からSNSでは#デイジーを探せ と意見交換がおこなわれ、そこでも家族に対する憶測が飛び交うようになっていくなかで、発見されたのは血がついて破れた子供の緑色のタイツ。

 事件当日から次第に遡っていく過去の描写が織りまぜられる構成で、メイソン家の状況が判明していくとますます痛ましい。誰も彼もが不幸で。夫婦、親子、きょうだいでの意見の相違が出ることなんてごく普通のはずなのに、余裕がなくて軋轢が生じていくのが悲劇の土台にあるんですよね。本書では悲劇が連鎖する極端な設定も使って描かれているのですが、デイジーの失踪で崩壊してしまうメイソン家を見ていると、近しい人に対して、あのとき、ああしていれば……と誰しもふと思いだすことのある過去の苦い記憶が引きずり出され、だいぶ心をえぐられる本書いちばんのキモは何と言っても結末です。再読して伏線を拾い直したくなる。
 書かれている内容は重いですが、過去パート、事情聴取やSNSの描写を取り入れてメリハリのある構成にしてあり、読みやすさは抜群。つらいメイソン家とは対照的に、捜査側の描写が細やかで警察ものとして楽しめること、刑事たちに好感も持てること、今後のチームワークも期待できそうなことで全体としてバランスが取れています。著者デビュー作となる本書は意欲的にさまざまな要素が盛りこまれ、そんなふうに事件解決にむけて頑張る捜査チームも先入観に流されがちな描写も敢えて取り入れてあります。
 著者カーラ・ハンターはオックスフォード大で英文学の博士号を取得、オックスフォード在住。アダム・フォーリー警部シリーズは毎年順調に新作が発表され、現在5作目まで刊行されており、テレビドラマ化が決まっています。で、3作目の “NO WAY OUT”(2019)が“サンデータイムスによる戦後ミステリ100選”に入っているんですよ。これは追っかけて読まねばね?

三角和代(みすみ かずよ)
訳書にタートン『名探偵と海の悪魔』(近刊)、カー『連続自殺事件』(近刊)、ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』、トルーヘン『七人の暗殺者』、リングランド『赤の大地と失われた花』他。ツイッター・アカウントは@kzyfizzy

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