みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。毎日、暗いニュースばかりの世の中に、またもや暗いテーマで申し訳ありませんが、本日は突然降りかかった災いで引き裂かれた親子にまつわるサスペンスを二つ、ご紹介しようと思います。


 1冊目は、タイムループ、グルグルモノサスペンスの『あの日、あの場所で』(イ・ギョンヒ著)。

 2025年、釜山・海雲台。巨大地震が発生し、原発から大量の放射性物質が流出した。すぐさま退避勧告が出されると、通りはあっという間に駅へ向かう人々で溢れ返る。旅行で滞在中だったヘミとダミ姉妹と母親のスアも駅に向かうが、途中で離れ離れになってしまう。姉妹は駅で落ち合えたものの、ヘミを探しに駅を離れた母親は命を落とし、母親が戻るまで電車の出発を遅らせようと企んだ妹のダミは、発車を直前に閉まりかけたドアに無理やり足を差し込んだせいで、片足を切断する重傷を負った。
 時は流れ、2045年。ヘミは水難救助隊のダイバーとして、人命救助に奔走していた。だが、目の前で命が消えていく、助けたい命を助けられない。そんな無力感に飲み込まれたヘミは、ついに辞職を決意する。仕事を辞め、無気力な日々を過ごしていたある日、自宅に二人の黒ずくめの男が現れた。
「人生で後悔していることはないですか。もう一度人生をやり直せるよう、お手伝いしたいのですが」
 ヘミは、アラテの宗教の勧誘だろうと思って追い返そうとするが、アノテコノテでなんとしてでもヘミを連れ出そうとする二人。あまりのしつこさにウンザリしているヘミに向かって、「これを見ても気持ちは変わりませんか」と男が一枚の写真を差し出した。そこには、あの日、あの場所で写された母親の姿が写っていた。
「大統領府直属災難復旧委員会」から来たという二人の男により、謎の建物の一室に閉じ込められたヘミ。隣の部屋へと続くドアの向こうには、拘束されたダミの姿も見えた。男たちは、20年前のスアを助けなくてはならない、そのためには身体能力に長けたヘミと、「一度目にしたものはすべて記憶する」という人並み外れた記憶力をもつダミの協力が必要だと主張する。さらに、協力を拒めばダミの命がないと言って、ダミの額に銃口を押し付け始めた。なんとかあの拳銃をダミから遠ざけたい。一か八か、ヘミが男に飛びかかった瞬間、男が引金をひいた。ダミの額に大きな穴があいた。

 ……で終わってはオハナシになりませんので、もちろん次のシーンで再び生きてるダミが登場(タイムループものなので)。20年前のスアを救い出すため、政府が極秘に開発したタイムマシンを使ってヘミは過去に戻ります。ただし過去に滞在できる時間は10分間だけ、そして過去の自分には絶対に出くわしてはいけない。地震発生直後の人ごみの中から母親を見つけ出し、さりげなく母親を駅へと誘導するのが目的ですが、なんせ10分という限られた時間の中で群衆をかきわけて母親に近づくのは至難の業。タスククリアまでには複数回のトライが必要。ところが2回目のトライ時には、その近くに1回目のトライ時の自分がいる。「過去の自分に出くわすのはNG」というルールのせいで、何が何でも前の自分が動いたルートとは違うルートで標的に接近しなくてはならない。これが5回や10回でクリアできるならいざ知らず、そうは問屋が卸さない。手を替え品を替え服をも替え、何十回、何百回とヘミのトライは続き、回を重ねれば重ねるほど「過去の自分」が増えていき、タスククリアが困難になっていく。そして、これまでヘミがどのルートで標的に接近したかを記憶し、次の安全なルートを提示するのがダミの重要任務。前半はほぼこの、終わりの見えないタイムループでゲロ吐きそうになりますが、後半、少しずつ過去が動き出します。そして、無限に繰り返されるタイムトリップで、ヘミの体も少しずつ蝕まれていくのですが、そんな娘を目にした母親は何を望むのか? 
 母親を助けたい、妹に新たな人生を歩んでほしいというヘミの強い願いは、やがてとんでもない戦闘を引き起こしてしまいますが、もはや、誰が正しくて誰が間違ってるかなんて関係ない。わが身よりも大切な存在がいる者の強みと弱みが押し寄せる、切ないグルグルストーリーでございます。


 さて2冊目はコチラ。『誘拐の日』(米津篤八訳、ハーパーコリンズ・ジャパン)の作家、チョン・ヘヨンによるサスペンス、『救援の日』
『誘拐の日』では、誘拐シーンから始まって、誘拐犯のミョンジュンが、誘拐した天才少女・ロヒの「口撃」にやりこめられ、ロヒにアゴでこきつかわれるという滑稽な場面を楽しめる反面、ガッツリと殺人事件を絡ませつつ、韓国における社会格差や歪んだ学歴社会を映し出した作品でしたが、こちらの作品は、クスリと笑える場面はナシ。とにかく終始、悲しみに包まれたシリアスなサスペンス。……ですが、毒気素材としてカルト宗教がぱらりとトッピングされております。

 3年前、イェウォンは一人息子のソヌと花火大会に出かけ、その場でソヌを見失ってしまった。生死もわからないまま年月は過ぎ、イェウォンは次第に精神を病んでいった。ソヌの顔をプリントしたTシャツを着て、ソヌを探すためのチラシを常に大量に持ち歩き、ところかまわずチラシを貼ってはトラブルを起こす。警察に押しかけては、担当刑事の車を破壊し、息子を探し出せない無能な刑事だと責め立てる。見かねた夫のソンジュンは、イェウォンに一時的な入院療養を勧めた。
一方、ソンジュンは近隣の警察からある知らせを受けていた。

 お子さんと思われる水死体が見つかりました。遺品の確認を……。

 ただでさえ錯乱状態にあるイェウォンに告げることもできず、ソンジュンは一人で警察に向かった。担当刑事が差し出したのは、遺体の首にかけられていたという木製のペンダント。イェウォンが作った、世界に一つだけのものだった。
 ソンジュンにより半ば強制的に入院させられたイェウォンは、作業療法室から聞こえてきた子どもの歌声に足を止めた。ソヌしか知らない、ソヌが作った「替え歌」。こんなところにソヌが? 歌っているのは、ちょうどソヌと同じ年頃の少年だった。ソヌだろうか? 少年に向かって足を踏み出したそのとき、スタッフが少年に声をかけた。
「ロウン、お母さんが来たわよ」
 ソヌではなかった。だが、ソヌの歌を歌っている。ソヌと何か関わりがあるに違いない。3年もの間、何もしてくれなかった警察に頼ってはいられない。ロウンが手がかりをつかんでいるに違いない。自分たちが動かなくては。イェウォンはスタッフの目を盗み、ロウンを連れて病院を脱走した。

 こうして始まった、イェウォンとソンジュン、ロウンによるソヌ探しの旅。意図せずとはいえ、息子を誘拐された夫婦が他人様の息子を誘拐するという皮肉なシチュエーションが発生したわけですが、もちろん、病院関係者もロウンの母親も黙っているわけがない。まずはロウンが「ソヌを見た」という場所を突き止めようとするが、外界から隔離された怪しげな施設(ああ、ネタバレ……)ゆえ、なかなか見つからない。見つかったところで、そうやすやすと踏み込める場所でもない(ああ……)。警察は「誘拐犯」としてイェウォンらを追ってくる。警察に捕まる前に、ソヌが「そこ」にいるという確固とした証拠を握らなくてはならない。時間との闘い。はたしてソヌはどこにいるのか? 3年前、なぜ、だれが、どのようにソヌを連れ去ったのか? そもそもソヌは無事なのか? そしてそして、カルト宗教との関わりは!?(あああ……)
 物語には三組の親子が登場しますが、共通しているのは、いろいろな形で大人の犠牲になってきた子どもたちの姿。社会が守るべき「子ども」を社会が守らなかったせいで起こった悲劇が描かれます。オトナとしての役割を果たせるオトナでいることは難しい……そんなことを考えさせられる作品でした。
 日本以上に行方不明児童が多い韓国。作者インタビューによると、「行方不明になっている子どもたち全員が家族の元に戻る日まで、国民の関心、政府の支援、捜査当局の捜索が途切れずに、関連犯罪捜査専門人員が拡充されることを強く願いながら、そして社会全体が両親の心の痛みに寄り添えるようになることを祈りながら」執筆したとのこと。もともと「誘拐三部作」として発表する予定だったというこちらの作品、『誘拐の日』『救援の日』に続く三つ目の『○○の日』も計画されているとか。そちらも楽しみに待ちたいと思います。
 人の力ではどうにもできない天災はさておき、人の力でどうにかできるはずの人災は、一日も早く解消されますように。人災により親子が引き裂かれる悲劇など、あってはならぬ。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。


『極秘捜査』(DVD)
https://www.amazon.co.jp/dp/B01GQB2SWY/















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