田口俊樹

 前回の長屋だよりの女性礼賛で一気に女子好感度がアップしたので(気のせいです)その第二弾。
 これはまえからずっと思ってることなんだけれど、世界じゅうの外務省が女性しか採用しないって決めたら、国際紛争がうんと減るんじゃないでしょうか。だって外交力って結局のところ社交力じゃない? ウクライナとロシアの停戦交渉なんかも、テレビやネットなんかで見るかぎり、男しかテーブルについてないけれど、女性がひとりでもいればもっとすんなり進むのではないでしょうか。知りもしないことに口を出すのはよくないけど、そもそもこんなふうに女性を持ち上げるのもジェンダー的には不適切! なんて言われちゃうのかもしれないけれど、それでも、です。だって、外交って自国の利益を最優先に考えることでしょう? だったら、自分に利するための駆け引きは絶対女性のほうが長じてます。自分の利益のためなら大嘘だって平気でつくのも男より絶対女性のほうが……あれ、好感度、一気にダウンしちゃったかな?

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

  桜の季節をのんびり楽しむ間もなく机にむかっているだけなのに、内実はいろいろあわただしい日々。でも仕事のあいまに手を伸ばして一回一篇、それだけで頭をきれいにリセットしてくれる浅倉久志編訳『ユーモア・スケッチ大全』全4巻が完結したのですから、今年の春は格別の春。これまでにも単行本や文庫が出ていますが、この4冊はミステリマガジンに掲載されたきりで単行本未収録の作品等を網羅した完全版なのですね。おや、まだ浅倉さん訳のユーモア・スケッチをお読みでない? わるいことはいいません、ハンディな造本で新装開店したこの機会に全巻そろえて、唯一無二の軽妙洒脱なユーモアをぞんぶんに楽しまれてはいかが?

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

 いま、米澤穂信さんの『米澤屋書店』(文藝春秋)を読んでいます。米澤さんのこれまでの書評や読書日記をひとつにまとめたものです。仕事の合間にちょこちょこ読んでいるので、ただでさえなかなか読み進まないのですが、おもしろそうな本を見つけてはメモして、いまも買える本なのか、新刊書店で取り扱いがない場合は地元の図書館にあるのか、なんて調べてしまうから、一週間たっても読めたのは半分弱ほど。なのに、すでに読みたい本がたくさん見つかってしまい、つづきを読むのが怖いです。うそです。うれしいです。
 作家さんの読書日記というと、桜庭一樹さんの『少年になり、本を買うのだ』(東京創元社)に始まる読書日記も好きで、五冊全部読みましたし、いまも大切に持っています。そのなかで、自分の好みだけで選んでいると幅が狭くなるというようなことをおっしゃっていて、当時、うんうんと大きくうなずいたものですが、あいかわらず読書の幅がひろがりません。修行が足りないようです。

〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』、チャイルズ『スパイシーな夜食には早すぎる』、クレイヴン『ストーンサークルの殺人』、アダムス『パーキングエリア』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

 コンサートにかよいはじめた田口師匠に負けてはならじと、私もOfficial髭男dismのライブに行ってきました。見よう見まねで電子チケットを操作し、会場入口で言われてCOCOAもダウンロードし、検温消毒もしていよいよ入ったさいたまスーパーアリーナは満杯。壮観でした。演奏曲は1週間にわたって娘から厳しくレクチャーされていたのでだいたいわかったのですが、各曲のどこでどう手を振るかといった所作がわからず、オロオロ。皆さん規制にしたがって歌ったり叫んだりはしないけど、動きは見事にそろっていてさすがです。
 ご承知のとおり、コード進行やリズムで、おっ?と思わせる曲が多い。今回は演奏しなかったパラボラとかも名曲。バンドは島根大学で結成されたのだとか。洗練されたものは都会から出てくるけれど、イノバティブなものは田舎から出てくるという思いを強くしました。はい、自分が田舎出身なので身贔屓です。

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕

 


上條ひろみ

 ジョージ・ソーンダーズは現代アメリカを代表する短編小説の名手で、〝作家志望の若者にもっとも文体を真似される作家〟なのだそうだ。そう聞くとなんだかむずかしそうだけど、岸本佐知子さん訳に惹かれて『十二月の十日』(河出書房新社)を読んでみたところ、めちゃくちゃ読みやすくてしかも笑えるのでびっくりした。悲しいのになんだか笑える。何かに似てるなあと思ったら、二十年以上まえから大好きでよく観にいっている劇団「猫のホテル」の芝居の〝バカ哀しさ〟に似ているのだ。〝バカ哀しさ〟とは、(わたしの解釈では)格差社会など不条理な世の中で、ダメダメな愛すべき人びとが、もがきながら生きていくうちに醸し出す哀愁のことで、「猫のホテル」の脚本演出を手掛ける千葉雅子さんが得意とするテーマ。訳者あとがきでは〝バカSF〟と表現されているが、なんだかすごく通じるものがある。絶望的な状況なのにラストにほんの少し垣間見える希望とか。さらに岸本佐知子さんの訳は、架空のテレビ番組やゲームなどの固有名詞ひとつにしても、もうこれしかないという訳語なのがすごい。
 二十年ほどまえに出た初邦訳の『パストラリア』(法村里絵訳/角川書店)も読んでみたところ、『十二月の十日』よりもっとパワフルな感じ。苦しい試練をものともしない「図太さ」のパワーが笑いを召喚する。つらい話なのに謎の力をくれるソーンダーズの魅力にはまってしまった。次は『短くて恐ろしいフィルの時代』を読もうかな。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はフルーク『チョコレートクリーム・パイが知っている』〕

 


武藤陽生

 すっかり暖かくなりましたね。ショーン・ダフィ・シリーズ第六作『ポリス・アット・ザ・ステーション』が近いうちに発売される予定です。これまでにありそうでなかった展開で、訳者としてはこのシリーズを訳していて初めて涙してしまった場面もありました。『レイン・ドッグズ』に引き続き、シリーズ最高傑作! と言ってしまいたいような作品です。七作目にあたる Detective Up Late は原書でもまだ発売されていない(遅れている)ようなので、これで邦訳が追いついたことになります。また、マッキンティ氏のスタンドアロン作品である The Island というスリラーも今年の五月に発売予定(原書)のようです。

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

 好きな現役映画監督3人あげろと言われたら、王家衛(ウォン・カーウァイ)、パク・チャヌクとともに、いまでもかならず侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の名をあげると思う。そのぐらい八〇年台の彼の作品が好きで、ロケ地巡りで台湾を一周したほど。
 そんな侯孝賢、じつはたいへんな読書家でもあって、昨秋に出た『侯孝賢の映画講義』(秋山珠子訳/みすず書房)という本を読んでいたら、子供のころに好きだった翻訳書として、『類猿人ターザン』『ロビンソン・クルーソー』『スイスのロビンソン』『宝島』『モンテ・クリスト伯』の名をあげていました。わたしも子供のころ同じ本が好きで(ま『ターザン』は読んでなかったけど)、それが昂じてついに『宝島』と『ロビンソン・クルーソー』を自分で訳しちゃったくらいなので、これを読んだときは、ちょっとにんまりしました。
 でも、ひとつ疑問を言わせてもらえば、このラインナップになぜ『十五少年漂流記(二年間の休暇)』がはいっていないのか、ちょっぴり不思議。監督に訊いてみたい。
〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好きの涙腺ゆるめ翻訳者。最新訳書はライリー・セイガー『すべてのドアを鎖せ』ツイッターアカウントは @FukigenM