今回はステイシー・ウィリングハムの A Flicker in the Dark(2022)をご紹介します。

 ルイジアナ州バトン・ルージュに住むクローイ・デイヴィスは精神科医としてキャリアを築き、恋人ダニエルとの結婚も目前にひかえていた。傍目には順風満帆の人生を歩んでいるように見える彼女だったが、ぬぐい去ることのできない暗い過去を背負っていた。
 同州の小さな都市ブロー・ブリッジに暮らしていた12歳のころ、兄の友人であり、クローイもよく知っていたリーナという15歳の少女が忽然と姿を消した。その後、さらに同じく10代の少女5名が、つぎつぎといなくなった。警察は連続誘拐事件と見て捜査をおこなった。その結果、犯人として逮捕されたのはクローイの父親だった。しかも逮捕の決め手になったのは、クローイの証言だった。リーナが行方不明になった日に、不審な行動をとっている父親を目撃していたのだ。それだけでなく、少女たちが身につけていたアクセサリーのはいった箱を、父親の部屋で見つけていた。父親は自らの内に潜む衝動に抗いきれず犯行におよんだと、少女たちは全員殺害したと罪を認め、刑に服することになった。その後、母親は自殺をはかり、一命はとりとめたものの自由のきかない体になってしまった。

 それから20年。クローイを過去に引きずり戻すような事件が、身近で発生する。オーブリーという少女が行方知れずになったのだ。数日後、近くの墓地で彼女のイアリングが見つかり、その直後、遺体も発見された。ついでレイシーという少女がいなくなる。レイシーはクローイの患者で、彼女のクリニックを出たあと誘拐されたと思われた。ややあって、クリニックのある建物の裏の路地でレイシーの遺体が見つかる。今回も犯人が持ち去ったのか、レイシーが身につけていたはずのブレスレットがなくなっていた。
 少女殺害、盗られたアクセサリー。まさにクローイの父親の犯行をなぞるかのようだった。模倣犯がクローイを苦しめるために事件を起こしているのか。それとも偶然の一致なのか。クローイは過去の記憶にさいなまれるようになる。なかでも強く思い出されたのは、リーナの父親バートのことだった。事件まえ、バートはクローイの母親と不倫の関係にあり、その報復として娘が殺害されたという噂があった。今度はバートがクローイをターゲットにして恨みを晴らそうとしているのではないか、とクローイは疑念をいだきはじめる。

 クローイが知人の協力を得てバートについて調べたところ、彼は過去15年のあいだに、暴行罪で何度も刑務所にはいっていたことがわかる。妻の首を絞めたこともあり、妻は彼のもとを去っていた。そしていま、バートはクローイと同じくバトン・ルージュに住み、セキュリティ機器の会社で働いていた。すぐ近くにいたバートに、クローイの疑念は強まる。
 そんなある日、バートがクローイのまえに現われる。彼女がパソコンでバートの勤める会社のホームページを見ていたところ、彼女が家のセキュリティに不安をおぼえていると勘違いした恋人のダニエルが、セキュリティ機器の設置を依頼してしまったのだ。
 クローイは、子どもの頃しか知らないバートに今の自分はわからないはずだと願うような思いで名前を偽り、初対面のように振る舞うが、バートには通用しなかった。彼はブロー・ブリッジを離れたクローイの状況をずっと追っていたのだ。攻撃的な態度で迫ってくるバートに、クローイは身の危険を感じる。

 本書は著者ウィリングハムのデビュー作になる。前半は展開がやや遅いが、そのぶん恐怖がじわりじわりと迫ってくる感がある。父親が連続殺人犯で、母親はいないも同然の状態になり、兄とは仲がいいものの家庭に恵まれていないクローイも、ある意味、事件の被害者だろう。自らの経験を背景に精神科医になったのだが、自身の閉じがちな心や、精神の不安定さは自覚しており、他人の名前を使って書いた処方箋で得た薬を常時、服んでいる。そういった危うい心がよりいっそう揺れだすのは、オーブリーが殺害されたあとだ。過去と現在のあいだでクローイの思いが行き来し、それと同時に物語のテンポも速くなり、緊迫感が増していく。

 本書には、ジェフリー・ディーヴァーやピーター・スワンソン、アリソン・ゲイリン、チェルシー・ケインなどが讃辞を寄せており、HBO Maxでのドラマ化も決まっている。ドラマはエマ・ストーン&デイヴ・マッカリー夫妻が立ちあげた映画・テレビ製作会社〈フルーツ・ツリー〉とともに製作されるとのことだ。
 現在、ウィリングハムは次作に取りかかっており、今度は息子を誘拐された母親が主人公らしい。本書と同様、過去と現在を行き来する物語だとか。どのような人間の心理を描いてくれるのか期待して待ちたい。

高橋知子(たかはしともこ)
翻訳者。訳書にミラー『5分間ミステリー あなたが陪審員』、レヴィンソン&リンク『皮肉な終幕』(共訳)、ブラント『アイリッシュマン』、ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら』、ケンプ『世界シネマ大事典』(共訳)など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『シカゴ・ファイア』『ブルーブラッド NYPD家族の絆』

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