みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。どちらを向いても暗いニュースばかりの北国にも、やっと春が訪れました。知床で被害に遭われた方々、ご遺族のみなさま、心よりお悔やみ申し上げます。道民の一人として本当に申し訳なく、恥ずかしく思っています……。また、先日より全道各地で高病原性鳥インフルエンザが発生しており、あちらこちらで大規模殺処分が行われました。業務にあたられた方々のご苦労、ご心痛を思うと、ただただ胸が痛み、頭が下がる思いです……。一日も早く収束し、こうした事態が繰り返されないことを願いながら、本日はヤバ肉ミステリーを二つご紹介。


 一つ目の作品は、『転生~Reborn』(キム・シアン)。毎度おなじみ「Kスリラーシリーズ」よりお目見えした転生&ヤバ(加工)肉ミステリーです。「人中」をもたない子どもが登場しますが、人中はたしか胎児期に開いていた箇所が閉じた跡のはず、その人中がないってあり得るの?というツッコミはなしでお願いします(フィクションゆえ……)。
 
 生まれつき人中がなく、泣きも笑いもせず、淡々と成長を続ける「転生児」。彼らは一般的に発語が遅く、前世の記憶をもって生まれるが、乳歯が抜ける頃にその記憶を失っていくという。前世の記憶により本人や家族が苦しみ、混乱をきたした子どもが自殺するケースも発生した。混乱や不安が高まると「転生児保護法」が制定され、転生児は「転生児記憶保存局」により保護・監視を受けることになった。
 元モデルのジヨンとカメラマンのソクフンの子、ギファンも転生児として生まれた。世間の視線を集める「元モデル」という肩書をもつジヨンは、何かと注目を浴びがちな転生児を産んだことで視線恐怖症に陥った。家事の大半はジヨンの実母であるジョンスクがこなし、経済的な面はソクフンの父、ウォンソクが支援した。ジョンスクはかつて慢性腎不全を患い生死の境をさまよったが、ウォンソクが代表を務める医療機器関連会社が開発した豚を用いた異種移植で一命を取り留めた。そうした縁もあり、ウォンソクは誰よりもジヨンたちのことを気にかけていた。
 発語のないまま5歳となったギファンが、テレビ画面に映し出された廃村を指さし、「ぼくのうち」と呟いた。その村ではかつて謎の伝染病が発生し、村民の半数が命を落とした。ジヨンたちはその廃村、ジョンフェ村に隣接する村に別荘を借りることにした。
 家政婦の助けを借りながら別荘生活を送っていたある日、ギファンが誘拐される。ギファンを連れ出した雑用係の女はジョンフェ村出身で、例の伝染病で息子のジョンウと夫を亡くしていた。彼女は、ジョンウの画風とそっくりな絵を描くギファンをジョンウの生まれ変わりだと信じていた。女の自首により事件は解決したが、事件について問われたギファンは、「ぼく、ジョンウじゃない」という一言を発し、再び口を閉ざした。
 一方、ジョンフェ村出身の産業医であるミドは、二十年前、医大へ進学するために村を出た。村から初めて医大合格者が出たことを喜んだ村民たちが、盛大な祝賀会を開いてくれた。その後、伝染病が村を襲ったが、家族にも村にも良い思い出がない彼女は、故郷の惨状に目を向けることなく時を過ごした。
ミドと助手のスンユンが、タイからの移住労働者タニサと娘が暮らす家を訪れた。工場に勤務していたタニサが手足に麻痺をきたし、寝たきりになってから2か月が経つという。部屋にはスープが入った鍋があったが、スンユンが口にしようとするとタニサが必死に制止した。不審な気配を感じたミドが理由を問いただしたところ、食べるべきではない「加工肉」が入っているためだという。それはタイから持ち込んだもので、貧困家庭でも入手できるほど廉価であり、夏場でも、冷蔵庫無しでも腐らず、賞味期限もない加工肉だった。東南アジア各地の貧民街で流通しているそれは韓国で製造されたものだったが、そのスープと同じ匂いを遠い昔、どこかで嗅いだことがあると、ミドは感じ始めていた。
 
 この後もギファンの身に数々の災難が降りかかり、ジヨンの不安と緊張は増す一方。加工肉の出処を探っていたミドは、かつての隣人にたどり着き、忘れかけていた父親にまつわる記憶を否応なしに呼び起こすことに。そして、ヤバい加工肉をはじめとするすべての真相のカギを握る人物は、意外なところにいました。子どもの成長過程にとまどい、神経をすり減らしながらも子どもを守ろうとするジヨンとは対照的に、子どもを「妻の健康を蝕みかねない存在」と捉えるソクフンが、次々と父親にあるまじき行動に出る様子も見モノです。
 

 この『転生』を読んで思い出したのが、10年近く前に読んだこちら。
『Dummy』(キム・ジフン)。第5回にも登場した作家のヤバ(培養)肉ミステリーで、ジャンル的にはバイオサイエンス7:ラブコメ3で構成された近未来グロホラーという印象(個人的見解)。作品を通して主人公の名が登場しないのですが、途中、「ベック」という仮名で称されるシーンがあるので、便宜上「ベック」を用いることにします。

 アメリカの大学に籍を置く若き研究員ベックは、家畜をより肥えさせ、より旨味を引き出す家畜飼料用添加物を開発した。少ない飼料で肉付きのよい家畜を育てられるその物質は「レインボーアミノ酸」と名付けられ、世界中の畜産業者にもてはやされるようになった。特許を取得したベックはグローバル企業であるジナイグループと契約を交わし、そのライセンス料で悠々自適な人生を送るつもりでいた。
 だが、レインボーアミノ酸はベックの意思とは無関係なところへ広がり始める。日本では増量のために力士が服用し始め、「知能向上の効果がある」という怪情報が流れると、教育熱心な親が闇取引で入手するようになった。レインボーアミノ酸により生じた肥満は、一般的な減量方法では解消できない。何か重大なトラブルが起きそうな不吉な予感に、ベックは胸騒ぎを覚えた。
 ある日、スナック菓子を手にしたベックは、その原材料にレインボーアミノ酸が使われていることを知り愕然とする。レインボーアミノ酸を摂取したために、重大な疾患とも言える肥満を抱えた人間が爆発的に増えるに違いない。消費者にその事実を伝えるべきだとベックは企業側に訴えるが、肥満が増えれば治療が必要になる、その治療薬を開発、販売すればさらなる利益が生まれるといって聞く耳をもたない。自分が開発した製品で取り返しのつかない事態が起こっていることを実感し、ベックは激しい自責の念にとらわれる。
 ジナイグループに対して警戒心を抱いたベックは、かつての同僚であるヌリの両親が経営する巨大企業で治療薬開発に専念することにした。他の研究員たちと研究棟で寝食を共にしながら挑んだが、その開発は思うように進まなかった。
 治療薬の開発を諦めかけた頃、驚くべき事実が発覚する。ヌリの研究チームが、培養肉の一種である「Dummy」の開発に成功したのだ。地下5階に設けられた機密区域で極秘に開発されたその肉は、レインボーアミノ酸と遺伝子組み換えの技術を用いて作られた。家畜の命を奪うことなく生産された培養肉の一種ではあるが、一般的な培養肉とは大きく異なる点があった。成長した細胞はハリネズミ大の物体になり、地面を這い回るようになる。体毛はなく、滑らかで透き通った皮膚をもち、まるで生物のように動いてはいるが、「プログラミング通りに動いている」だけであり、生命体ではないとヌリは主張する。レインボーアミノ酸のもつ旨味をそのまま味わえるDummyは瞬く間に消費者を虜にした。
 あるとき、想定外の特徴を見せる変異型Dummyが出現する。あるDummyが、何やら図形を描き始めたのだ。

 ……と、ここからグロさとおぞましさが勢いを増していくわけですが、夢の食品Dummyは、ついに無数の殺人事件(ほとんどの被害者はレインボーアミノ酸による肥満者)をも招きます。バイオサイエンスと言ってしまっていいのかわかりませんが、とにかく化学、医療、食品衛生学などに関する記述が多く、おそらくガセも多く含まれているのでしょうが(フィクションゆえ……)、シロウト目にはなんだか妙に納得してしまったり。『転生』は、どんよりとした暗く重たい空気が漂い続けるヤバ肉ミステリーですが、こちらの『Dummy』はコメディ要素も散在する明るく軽いヤバ肉ミステリーとなっております。
 最近では代替肉が町のスーパーにも並ぶようになり、世界中で培養(魚)肉の研究、開発が活発に行われるようになりました。培養肉が市販されている国もボチボチ出てきていますが、日本はもう少し先でしょうか。こんな最先端のテーマを2010年に扱っていた作家、キム・ジフン。おそらく、彼なりに食の現状についての問題提起を意識し、培養肉っていう選択肢もあるよ、ということも伝えたかったのだと思いますが、本作品を読んで「やっぱ培養肉ってヤバいよね……」と考えることなどございませんよう……。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。

















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