15年前に母、4年前に弟をそれぞれ病気と事故で失ったリマ。たったひとりの家族だった父が病死したあと、哀しみに暮れるなかひとりカリフォルニアにやってきて、父と同じく作家で自分の名付け親でもあるアディソンの邸宅に滞在する。

 アディソンはミステリー小説の作家として成功していた。なかでも探偵マクスウェル・レーンを主人公としたシリーズは人気が高く、小説を原作としたテレビ・シリーズが制作され、子どもから大人まで多くのファンに愛されていた。もうかれこれ3年くらい新作を発表していなかったが、これまでの作家活動による蓄えもあり、次の執筆を急ぐ理由はなかった。それでも仕事をしにいくといって(あるいは周囲にそう思わせて)毎日どこかに外出していた。

 29歳で天涯孤独の身となったリマは、アディソンのほか使用人等とのいっぷう変わった同居生活を始める。
 しかし、何より変わっているのは家中のあちこちに置かれている多数のドールハウスだった。どれもアディソンがこれまで執筆してきた小説の殺人現場が再現されている。
 たとえば、こんな具合だ。車の後部座席で若い女性が刺された事件、自宅のバスタブで高齢の女性が溺死した事件、百科事典が凶器となって高齢女性が殺害された事件……。そんな事件現場が精巧につくられていた。もちろん、リマに与えられた部屋に置かれたドールハウスにも殺害された女性が横たわっていた。アディソンは部屋にこんなものがあったら気味が悪いでしょと言いながらも、さしてリマに気をつかうようすもない。何のためにこんなドールハウスをたくさんつくって家中に置いているのかリマはまったくもって謎だった。

 アディソン邸の屋根裏には、これまで届いたファンレターがまさに山となって保管されていた。その多くが数々の難事件を“解決”した名探偵マクスウェル・レーン宛てのものだった。アディソンの作品にはしばしば彼女の実在の友人知人の名前が登場する。リマもリマの父も、その名前をつけられた登場人物が作中で重要なキャラクターとして存在していた。当然ながら古いファンレターのなかにはそうしたキャラクターに言及したものもあった。滞在中それらを一通ずつ読んでいったリマは家族を失った現実の自分と、物語の中で生き続ける父や自分と同じ名前の人物とのあいだを漂いながら、いまのこの時間が夢とも現とも判別しがたい不思議な感覚をおぼえた。

 リマの父はもともと政治ジャーナリストとして取材に執筆にと精力的に活動していた。その後、妻であるリマの母が病死してからはコラムニストとなり、日常のあれこれを書く機会が増えた。
 母がいなくなったリマは、ときおり父にいろんな話をした。あるとき学校の選択科目で同じクラスの男の子が好きなのだけど、相手は自分の存在すら知らないし、どうしたらいいだろうと相談すると、あろうことか父はそれを地元紙のコラムに書いてしまった。掲載日の翌日にリマが登校してみると、もう学校内にリマの存在を知らない人はいなくなっていた。おそらく当時の父は父親役と母親役の両方をこなそうとして必死だったのだろう。大人になったいまならあのころの父の気持ちが理解できる。
 だが、どう考えても父とアディソンの関係がよくわからなかった。同業者で旧い友人でもあり、長女リマの名付け親になってくれた人という表向きの関係以外の事情があるような気がした。とくにアディソンはずっと父に好意を抱いていたのではないかと思えてならなかった。

 そんなことをぼんやりと考えるリマの夢にマクスウェルが現れた。ひとりぼっちになった彼女が抱える孤独を解決してくれるわけでもないのに。そもそも作中で名探偵はリマの父(の名前の人物)と敵対していたではないか。けれども、なぜかマクスウェルがあらゆる謎を解き明かしてくれるような気がした。

 ある日、奇妙なドールハウスに倒れていたはずのタキシード姿の死体が消えていた。誰かが欲しがるとも思えない死体の人形が盗まれたのだ。作中でマクスウェルが解決したはずの事件現場(を復元したドールハウス)にまたしても事件が起こった。アディソン邸への不法侵入が疑われるため警察に通報しようという話になるが、どうも主であるアディソンは気が進まないらしい。アディソンの身の回りの世話のほか邸内のいっさいをしきっている使用人のティルダも警察はあてにならないといって通報には断固反対。ほとほと困り果てたリマの意識が向かったのは、名探偵マクスウェルだった……

 謎の多い売れっ子作家の家に住みはじめた主人公リマは、物語が進むにつれて作中の人物であるはずのマクスウェルに気持ちを寄せていく。そして、物語は現実の哀しみとドールハウスだらけの奇妙な邸宅での暮らし、そしてフィクションであるはずのマクスウェルの存在、古いファンレターのあいだを行き来しながら進行する。それは波に揺られながら行き先のわからない航海にでたような不思議な感覚だった。やがてリマがぼんやり抱いていた疑問や目の前の問題が明らかになっていくのだが、そこに至る航路は単純ではない。
 それもそのはず、著者は日本語にも翻訳されているベストセラー『ジェイン・オースティンの読書会』『私たちが姉妹だったころ』などを発表しているカレン・ジョイ・ファウラー。本書は作家として高く評価されている彼女が珍しく執筆したミステリーである。途中経過も充分に読者を楽しませつつ、そう簡単には決着しない。リマやアディソン等の登場人物たちが繰り広げる場面もドールハウスに仕立てたくなった。

片山奈緒美(かたやま なおみ)
翻訳者。東京周辺の大学で非常勤講師としてコミュニケーション学、留学生の日本語、異文化理解などの科目を担当。多文化社会を描いた海外小説を題材に異文化理解を考える授業も行う。
最新の著訳書はリア・ワイス著『スタンフォードが教える本当の「働き方改革」』、日本語口語表現教育研究会著『社会を生き抜く伝える力 A to Z』(第3章担当)など。

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