先日、国際推理作家協会北米支部が選出するハメット賞の今年の受賞作が発表になりましたね。受賞したのは『黒き荒野の果て』(加賀山卓朗訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)でデビューしたS・A・コスビーの長編第2作 “RAZORBLADE TEARS” でした。惜しくも賞を逃したなかに、最近、気になっている作家がいます。それがロビン・ヨーカム。アメリカ中西部の小さな町を舞台にした話を多く書いているとのことで、アメリカの田舎町好きとしては読み逃すわけにはいきません。今月はそんなヨーカムの2016年の作品 “A BRILLIANT DEATH” をご紹介します。

 舞台となるのはオハイオ州ブリリアント。オハイオ川沿いにある、町とも呼べない小さな地域です。1953年、石炭を積んだはしけがオハイオ川を航行中、プレジャーボートと衝突、ボートに乗っていた男女ふたりが投げ出されて行方不明になるという事故が起こります。ボートに乗っていたうちひとりは、状況からアマンダ・バロンと判明。長距離トラック運転手をしているフランク・バロンの妻で、生後9カ月の幼い息子との3人暮らしでした。アマンダは夫の留守中に愛人とのつかの間の逢瀬を楽しもうとボートで川に出て、そこで運悪く事故に遭った。それが地元住民そして警察の見立てでした。

 それから歳月は流れ、アマンダの息子トラヴィスはハイスクールに入学する年齢になっています。父のフランクは妻を事故で失ったのち、何度か結婚と離婚を繰り返しましたが、現在は独身でトラヴィスとふたり暮らし。
 あるときトラヴィスは、父方の祖母が残した聖書に、母アマンダの慰霊碑の場所を記した紙がはさまれているを発見します。それまで父が母のことを話してくれたことはなく、また、写真もすべて処分されているため、トラヴィスは母の顔さえ知らずに育ちました。うっかり父に母のことを尋ねようものなら、鉄拳が飛んでくるのはまちがいなく、慰霊碑のことを迂闊に口にするわけにはいきません。父の目を盗んで慰霊碑を訪れてみると、きちんと掃除され、新しい花が供えられていました。母方の両親はすでにこの世を去っており、そんなことをする人などいないはずなのに。
 このことをきっかけに、トラヴィスは幼なじみで親友のミッチ・マローンの協力を得て、母アマンダについて調べはじめます。その名も〈オペレーション・アマンダ〉。母の人となりを知りたいという思いから始まった調査は、失われたパズルのピースをひとつひとつ探していくうち、母の命を奪った事故の真相に迫るものへと変わっていきます。母は父の暴力から逃れるために自分の死を偽装したのか? 浮気を疑った父に殺されたのか? それとも、やはり事故死だったのか? 

 ミッチが後年、親友とともに過ごしたハイスクール時代を振り返るという形で書かれた本書は、少年から青年への成長の記録であり、事件の謎に挑むミステリであり、そしてなによりも、友情の物語です。中西部のごく普通の家庭に育ったミッチと、家族の愛に恵まれず、さびしさを抱えて生きているトラヴィス。そんなふたりの交流が生き生きと描かれます。若いがゆえの無謀さにはらはらさせられたり、憎まれ口の叩き合いにくすりとさせられたり、ヴェトナム戦争が暗い影を落としていた時代ながらも、ふたりが青春時代をけんめいに生きていた様子が伝わってきます。
 ところで、タイトルに使われ、舞台の地名にもなっている“ブリリアント”には、“光り輝く”とか“最高の”などの意味があります。キラキラネームすぎて、てっきり架空の地名と思いこんでいたのですが、著者のあとがきによれば実在の場所とのこと。しかも、ご本人が19歳までを過ごしたふるさとだそうです。自然豊かな美しい土地で、なおかつ、当時は活気があって、ブリリアントという名前がぴったりでしたが、鉄鋼業の衰退とともにいまはさびれてしまったそうです。
 ロビン・ヨーカムはデビュー作の “FAVORITE SONS” (2011)から今年のハメット賞の候補になった最新作の “THE SACRIFICE OF LESTER YATES” (2021)まで、全部で6作の長編を上梓していて、今回ご紹介したのは第3作にあたります。2017年のエドガー賞ペーパーバック賞の候補作に選ばれた作品でもあります。

東野さやか(ひがしの さやか)

翻訳業。最新訳書はローラ・チャイルズ『ハイビスカス・ティーと幽霊屋敷』(コージーブックス)。その他、クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』(ハヤカワ・ミステリ)、アダムス『パーキングエリア』(ハヤカワ文庫)など。埼玉読書会と沖縄読書会の世話人業はただいまお休み中。ツイッターアカウントは @andrea2121

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