みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。今年もあちらこちらから聞こえてくる、「発熱ですか!?」レベルの気温。北海道もワタシらが子どもだった時分に比べるとかなり暑く、かつては22度だったワタシの耐熱温度も今では27度くらいになりました。それでも今年はすでに数日、溶けてます。秋が待ち遠しい……。
 さて、本日はそんな暑い夏にピッタリな、ホットな作品をご紹介いたします。
まずは、私が韓国ジャンル小説にハマるきっかけとなった作家、以前にもご紹介しましたハ・ジウンのファンタジー、『いつも夜の世界』。5月に発売された待望の新作! 7年ぶり! 
 主人公が「男女のシャム双生児」という、現実世界では(たぶん)ほぼない設定ですが、そんなこたぁどうでもいい(ファンタジーだし)。むしろ、そんなあり得ない設定だからこそ物語に深みが生まれていのだ! と思いたい。

 ウィルストン男爵家に、2体の上半身に1体の下半身をもつ結合双生児が生まれた。分離手術により姉のアギラは足を失ってしまうが、両親からたっぷり愛情を注がれ、弟のエノクとともに明朗な子どもに成長した。
 二人が7歳になった年のこと。アギラは偶然、両親の話を盗み聞きしてしまう。
「あの子はきっと、私たちを許さないでしょうね。私たちが自分を捨てて、エノクを選んだことを知れば……あんな体になったのが、私たちのせいだと知ったなら……」
 赤ん坊だったころの自分に何が起こったのか、なぜ自分には足がないのか。それを悟ったアギラは、館にある医学書すべてを、さらにはオカルトや魔術に関する書物までも読みあさった。悪魔なら、願いをかなえてくれるかもしれない。アギラの顔から朗らかな笑顔が消えた。
 12歳になると、エノクは全寮制の学校へ入学することになった。アギラにとっては、エノクだけが心の拠り所。エノクの入学が近づくにつれアギラは暴力的になり、館ではボヤ騒ぎが頻発した。その第一発見者は、いつもアギラだった。
 エノクが家を出る前日。
「あと1年だけ一緒にいて。仮病でも使って、起きられないふりをして」
 エノクにそう懇願したものの、両親に嘘はつけないとはねつけられたアギラは、小さな薬瓶を差し出し微笑んだ。
「これを使えば、嘘をつかなくてもすむようになるから」
 翌朝、エノクは体を起こすことはおろか、口をきくことさえできなくなっていた。そんなエノクを介抱したのは自分であり、足を譲ったのも自分だと恩に着せ、アギラはまんまとエノクを支配下に置いた。
 エノクを手足のように操りながら、悪魔を召喚する儀式の準備を進めるアギラ。農家からくすねてきた鶏の首を捻り、滴り落ちる血を撒く。エノクに集めさせた数々のアイテムを並べ、呪文を唱える。だが、あと一歩のところで両親に踏み込まれ、召喚は失敗に終わる。
 男爵夫妻はこれまで以上に、アギラの言動に目を光らせた。儀式決行のチャンスをうかがうアギラは隙のない監視に業を煮やし、両親への攻撃性をエスカレートさせていく。書斎では本格的な火災が発生し、男爵が体じゅうに大やけどを負った。さらにある夜、館じゅうに夫人の叫び声が響き渡る。エノクが夫人の部屋に駆けつけると、そこにはアギラの姿があった。それを見た途端、数日前、彼女が『拷問の歴史』という書物を読んでいたことを思い出した。「誰か」に目を刺された夫人は、視力を失った。
 アギラの度を越した残虐性に絶望した男爵夫妻は、ある日の出来事を思い起こしていた。双子がこの世に誕生する前、男爵夫人が古書店で『生命創造の書』という古書を探し求めたときのことである。価格を尋ねる夫人に店主が言った。
「お代はお気になさらず。まもなく夫人は、双子を授かります。そのうちの一人でお支払いいただければ……」

 こうして「悪魔の子」と化したアギラはエノクを道連れに、ついに悪魔召喚の儀式を再決行。
「エノクから足を取り戻したい、エノクのように両親から愛されたい」
 妬みや恨み、怒りにかられるあまり、当たり前の願いを当たり前ではない方法で叶えてしまった彼女は、闇の力がもつ魅力にずぶずぶとハマりこんでいきます。
一方、学校では、以前出会ったエノクと目の前にいる「エノク」が別人格であることを見抜いた指導教官のモリセイが、男爵家に接近。「エノク」とともに館を訪れ、そこでアギラが「闇の言語」を使用した形跡を発見した彼は、「アギラ」とともに、アギラが歪めてしまった現実を正す旅に出ます(ややこしくてスミマセンが、実際ややこしいストーリー展開なので)。実はモリセイもまた、イワクつきの人物なわけですが。
 誰が加害者で誰が被害者なのか、悲劇はどこから始まったのか、責められるべき人物は誰なのか。その答えを一つには絞りがたい、そんな物語。
 ちなみにこの新作、とある既刊本を読んだ読者なら思わずほくそえんでしまうシーンに出くわせるという嬉しい特典つき。そして、なんとこの度、まさに私が韓国ジャンル小説にハマるきっかけとなった作品『氷の木の森』がハーパーコリンズ・ジャパンより邦訳出版(カン・バンファ訳)! 冒頭から比較的淡々と進むその雰囲気からは想像できない、背筋も凍り付くような衝撃シーンが後半に待ち構えています。寝る前に読めば、夢の中で再現されて冷や汗と脂汗を同時にかけることウケアイ。暑い夏の夜、水分補給をしっかりしつつ、是非お楽しみください。

 お次は何度もご紹介している作家、チョン・ゴヌの長編小説『ねじれた家』。これぞチョン・ゴヌ! な不気味さに、思わず文字を追う目が先走ってしまう作品。ハ・ジウン作品とは異なり、こちらは思いっきり韓国テイスト炸裂の鬼神ホラーで、舞台は山の中の一軒家。

 仕事のトラブルに悩む絵本作家のヒョンミンは、妻と3人の子どもたちを連れ、山の中にひっそりと建つ「青い屋根の家」に越してきた。白い壁に青い屋根。舗装もされていない山道には似つかわしくない洒落た佇まいで、広い中庭までついている。
 爽やかな空気の中で英気を養うつもりだったヒョンミンだが、越してきてからというもの妻のミョンヘの様子がおかしい。着替えもせず、入浴も拒み、異臭を放ったまま部屋に閉じこもっている。子どもたちは、「屋根裏部屋に何かいる」「物置から音がする」といって、「何か」に怯え始めた。
 寝室で休んでいたミョンヘは、ある異変に気がついた。閉じたはずの窓が開いている。風が吹き込み、カーテンが少しずつ膨らんだかと思うと、カーテンに人の顔の形が浮かび上がってくる。さらに膨らんだカーテンがカーテンレールから引きちぎられ、カーテンをかぶったまま近づいてきたソレが、鋭く、冷ややかな声でミョンヘに問いかける。
「子どもたちは、どこだ?」
 ミョンヘは思わず悲鳴をあげた。
 屋根裏部屋にいたヒョンミンは、巨大な何かが背後に近づいてくるのを感じた。頭上から注がれる視線、吐き気を催すような悪臭、首筋に迫る冷たい吐息。正体不明のソレが、かすれた声で囁く。
「子ども……どこ……だ?」
 悲鳴をあげそうになるのを必死にこらえ、少しだけ後ろに視線をやった。黒く光る長靴を履いた足が見えた。
「動くと……ケガす……るぞ」
 突然、窓の外から声がした。
「ユさん! いるかね! 村長だ!」
 その瞬間ソレの気配が消え、同時に、この世のものとは思えないような悲鳴が響き渡った。中庭の真ん中に、血まみれの村長が倒れていた。

 それからというもの、ミョンヘが家じゅうにお札を貼り始めたり、娘が突然、激しいてんかん発作に襲われたり、「子どもたちはどこだ?」と見知らぬ番号から電話がかかってきたり、ムーダンをも半殺しにする邪悪な存在が現れたりなど、不穏な事件が多発するヒョンミン家。
 あまりに奇怪な事件、事故が頻発するため不動産屋を問いただすと、いわゆる事故物件だった「青い屋根の家」。夜逃げ同然に姿を消したかつての住人については、「借金とりに追われたのか、あるいは誰かに一家まるごと殺害されて、庭のどこかに埋められたのか……」という噂も。ヒョンミンたちは、風水的に最悪な「五鬼宅」とよばれる間取りで建てられた「ねじれた家」に住むことになったわけです。
このままでは家族の命が危ないと感じたヒョンミンが、藁にもすがる思いで助けを求めたのは、過去にたった一度だけ会ったことがある霊媒師クジュ。実は2年前、「青い屋根の家」に住んでいた子どもたちを巻き込んだ哀しい事件があったのですが(そして、ヒョンミンの娘ヒウが描いた絵には家族5人の他に、ヒウが「おともだち」と呼ぶ「足のない」少女の絵が……)、邪悪な存在の正体に近づくにつれ、その事件の真相も少しずつ明らかになっていきます。
 個人的に、チョン・ゴヌ作品に登場する「この世のものではない邪悪な存在」が人間を探し回り、
「どこに隠れた?……みぃつけたぁ!!!」
 となるシーンが大好物。とにかくチョン・ゴヌ作品で見られる怪奇現象の描写は天下一品。暗闇に漂う悪臭や、夢とも現実ともつかない中で巻き起こる恐怖、鬼神・妖怪ワールドならではの五感に迫り来るそのスリルに息をのまずにはいられず、いつも背筋を伸ばし、息を止めてしまっているワタシ。この作品でもたびたび窒息しそうになりました。
 さて、こちらの作品は昨年11月に出版されたのですが、なぜ今熱いかと申しますと、これを原作とした映画『뒤틀린 집』(『ねじれた家』ワタシの勝手な仮邦題)が今月、韓国で封切りになるのです(監督:カン・ドンホン、出演:ソ・ヨンヒ、キム・ボミン、キム・ミンジェ他)。機会のある方は、ぜひこちらの作品で涼んでみるのはいかがでしょうか。
 もうしばらく続くであろう猛暑、みなさま、どうぞご自愛くださいませ。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。













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