田口俊樹

 先月、七十二回目の誕生日をめでたく迎えたんですが、そのプレゼントに、私が講師をしている専門学校の生徒がこんな↓トートバッグを送ってきてくれました。いいでしょ? 創業昭和五十二年も合ってるし、「エンタメ翻訳」は私の最近のお気に入りのアイデンティティだし。嬉しくて、さっそく小学四年生の孫娘に自慢して見せました。すると開口一番こんなことを言われました。
「じぃじ、個人情報じゃん!」
 うけ狙いでもなんでもなく、真顔で、世間知らずの老人をむしろ案ずるかのように。
 かっこいいじゃん、のひとことぐらい期待していた私としては、言い返さざるをえません。
「きみだってランドセルに名札をつけてるだろうが、ええ? ちがうか、だろ、どうなんだ、そこんとこ?」
「そんなの、つけてるわけないじゃん」
「えっ、そうなの?!」
 どうやらそうみたいです。
 そういうご時勢なんですね。ま、そこんとこはわからないでもないけれど、なんだかねえ。昭和は遠くなりにけりってことなんですかねえ。でもねえ、なんだかねえ。やっぱりねえ。なんだか……以下同文。

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

 宣伝です。
 2008年に小学館文庫から刊行されて、当時新進気鋭だったジョー・ヒルが日本でも広く知られるきっかけになった第一短篇集といえば『20世紀の幽霊たち』。このたび同書収録作の一篇「黒電話」(玉木亨訳)がスコット・デリクスン監督により、キャストにイーサン・ホークを迎えて映画化され、日本でも公開中。少年少女の心情や不安定な関係性を描かせたらピカイチのジョー・ヒルの持ち味が活かされた好篇になっていると思います。
https://www.universalpictures.jp/micro/blackphone
 これにともなって前記短篇集が映画邦題の『ブラック・フォン』と改題、今月19日に版元も新たにハーパーBOOKSより復刊されます。訳者陣は小学館文庫版と変わらず、安野玲、大森望、玉木亨の各氏にくわえて不肖白石。英米では豪華限定版の特典だった短篇や著者による作品解題も小学館文庫版を踏襲し、今回の新版でもお読みいただけますし、そのうえ訳者のひとりでもある大森望氏による解説もつきます。映画のビジュアルを活用した迫力のカバーを書店店頭などで見かけましたら、お手にとっていただければ幸いです。

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

 先日、薄手のデニムのロングスカートがほしくてたまらなくなり、デパートに探しに行きました。デニムのロングスカートならまずはここよね、とショップに入って数分で見つけました。濃いめの藍色で、ラインのきれいなフレアスカート。デニムだけど表面がつるつるしていて、カジュアルすぎないのがいい感じ。セールになっていたので予算よりもかなり安め。これは買うしかないでしょう。
 でも、試着したら大きすぎました。ウエストがゆるすぎて落ちてきちゃうんです。サイズを見たら十一号で、そりゃそうよねとなりました。でも、シルエットはおかしくないし、シャツの裾を出して着れば、傍目にはたぶんわからない。でもですね、スカートのウエストがおへそより下にあるというのは、どうにも落ち着かないんですよ。さんざん悩んで、けっきょくあきらめることに。
 というわけで振り出しに戻ったスカート探し。次にこれぞというものに出会えるのはいつになることやら。

〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』、チャイルズ『スパイシーな夜食には早すぎる』、クレイヴン『ストーンサークルの殺人』、アダムス『パーキングエリア』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

『刑事コロンボ』の続きです。旧シリーズ全45話、完走しました。個人的には、四国の片田舎でどこまでリアルタイムで見ていたのか確認することにも興味があった。ちょうどNHKで放送中に、自分比都会の学校で寮生活を始めたので、どこかで途切れているはずなのです。とはいえ、人気のエピソードはたびたび再放送されているようだし、土曜の夜の番組だったから、実家に帰省していたときに見たものもあるのでしょう。「アリバイのダイヤル」や「意識の下の映像」なんかははっきり見た憶えがあり(後者で初めてサブリミナル効果なるものを知った)、「自縛の紐」や「祝砲の挽歌」もリアルタイムの記憶が残っているので、おそらく第4シーズンまでは追っていたのですね。
『増補改訂版 刑事コロンボ完全捜査記録』(宝島社)に倣って私の「偏愛の1本」をあげるなら、「パイルD-3の壁」でしょうか。犯人あきらめが早すぎる、まだがんばれるだろ、と思うエピソードもけっこうあるなかで、本作はもう完全な「詰み」だし、音楽の趣味もいいので(ブラームスのピアノ協奏曲第2番ときた)。次点は「権力の墓穴」(脚本のピーター・フィッシャーはシリーズの中興の祖?)。なお、音楽ついでに、「二枚のドガの絵」で被害者が殺されるときにピアノでショパンの別れの曲を弾いているのですが、劇中の不穏な場面では、同曲中間部の最後のところをアレンジして使っていて、考えてるなあと感心しました。
 そしてなんと、レヴィンソン&リンクの新しい短篇集『突然の奈落』(扶桑社)が出るそうで。ありがたや。ぜったい買います! 最後にコロンボの楽しい台詞「ヨーロッパへの大名旅行」。大名って……

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕

 


上條ひろみ

今月はお休みです。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はフルーク『チョコレートクリーム・パイが知っている』〕

 


武藤陽生

 先日マザー牧場にオートキャンプに行ってきました。アブに刺されたのか、足がぱんぱんに腫れてしまいましたが、やはり外で火を焚くのはいいですね……うっとりと何時間も眺めてしまいました。家ではウォーハンマーのミニチュアをうっとり眺める毎日です。

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

 S・A・コスビー『黒き荒野の果て』(加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS)を読んでいたら、途中からページを繰る手が止まらず、読みおわったときにはもう、窓の外がうっすら明るくなって、カッコウが鳴きはじめておりました。
 里山に近いせいか、うちのまわりではこの時期、よくカッコウが鳴いています。朝早くから日が暮れるまで、カッコウ、カッコウやっておりますが、鳴きかたが単調なうえに声がでかいので、あまり長いことやられると、そろそろよそへ行ってくれないものかと思ったりもします。
 この作品、物語の展開も、物語を構成するパーツも、どこかで見たり読んだりした気がするようなものが多いんですが、それを逆にうまく利用しているんじゃないかという気がします。強奪のトリックとか、ジャンクヤードの使いとか。だからこそ余計な描写を省いて、テンポよく物語を展開していけるのかもしれません。
 こんなに夢中で本を読んだのは久しぶり。おかげで翌日は寝不足で、仕事中も居眠りばかり。みなさんもお気をつけて。カッコウの声がいつの間にか聞こえなくなると、蝉が鳴きはじめて、いよいよ夏がやってきます。
〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好きの涙腺ゆるめ翻訳者。最近面白かった映画は《親愛なる同志たちへ》《ニトラム》。ツイッターアカウントは @FukigenM