今月もこんにちは! ついに通算100回目の連載となりました。毎月原稿が出せたのも、たくさんの面白い翻訳ミステリを出してくださる編集者の方々や翻訳者の方々のおかげです。いちファンとして心より応援しております。これからもがんばってください! というわけで読んでくださる皆様にも感謝の念を抱きつつ、今回は少々ロングバージョンで。

*今月の驚きの真相本*
シャルロッテ・リンク『裏切り』(浅井晶子訳/創元推理文庫)


引退した伝説の名警部が拷問の上殺され、地元警察は過去の逮捕者の恨みの線で捜査を進めます。敬愛する父の訃報を聞き故郷に戻ったロンドン警視庁の刑事ケイトは、父親の足跡を追いはじめてみると、自分が知らなかった父親の別の顔を見つけてしまうのです。一方、時を同じくして、一見関係がなさそうに見えるある事件が起きていたのです。
『失踪者』から5年ぶりに刊行されたドイツのベストセラー作家リンクの新刊は、今回も英国が舞台。前作よりもミステリ色が濃くなっていますが、この物語の大きな魅力の一つはケイトの人物描写の豊かさです。優秀な父の影から抜けきれず、孤独に苛まされ、自信を失っていたケイト。そんな彼女が悩み、迷いながらも真実を追求しようとする姿にとても励まされました。もちろんミステリとしての面白さもお墨付き。続編も刊行が決まったそうで、楽しみです!

*今月の胸キュン本*
ハ・ジウン『氷の木の森』(カン・バンファ訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)


「これまで一度たりとも諦めたことのないぼくの思いはどうなる?」
ときは1628年。預言者によって世界の終わりを告げられた音楽の聖地エダンでは、不世出の天才ヴァイオリニスト、バイエルの演奏会が開かれていました。魔性の名器〈黎明〉が奏でられると、聴衆は恍惚のあまり我を失いはじめます。
演奏した者は死ぬという伝説のヴァイオリン〈黎明〉の謎、不可解な連続殺人、ライバル、そして自分自身との闘い……その禍々しくも悲しい物語が、バイエルの友人ゴヨの視点で綴られます。冒頭のセリフはバイエルに対するゴヨの魂の叫びです。彼のバイエルへの想いがあまりにも一途で、ちょっとしたことで一喜一憂するゴヨがもう気の毒で愛おしくて切ないんですよ!!(もらい泣き) 青春と悲劇とファンタジーとミステリの融合が絶妙で、本国韓国で記録的な販売部数を達成したのもうなずけます。いつも妄想キャスティングして読むんですが、本書は舞台も時代も虚構の無国籍な設定なので、故・三原順先生の絵柄で再生されました。池田理代子の長篇コミックス『オルフェウスの窓』が好きな人にも薦めたい! なお権利の関係で載せられなかった訳者あとがきがこちらのnoteで読めます( https://note.com/harpercollins_jp/n/n39fd0ac577d7 )。
 この熱いあとがきにピンときたらぜひ!

*今月の早く逃げてー! 本*
アレックス・ベール『狼たちの宴』(小津薫訳/扶桑社ミステリー)


ユダヤ人の古書店主がひょんなことからゲシュタポの犯罪捜査官になりすまし、見事殺人事件の真相を暴く『狼たちの城』の続編がついに! シャーロック・ホームズ小説から得た知識のおかげで、捜査官ヴァイスマンとして密室殺人事件を解決したイザーク。バレないうちに逃げるはずがゲシュタポ高官の秘書にいいよられ、それを利用して機密情報を盗み出そうとするのですが、そこでまた女性の絞殺事件が発生! あらたに組まされた警察官ケーラーはイザークの行動を不審に思い、さらには秘書に片思いしている新聞記者からも目をつけられ……。前作もいつ正体が暴かれるか読んでるあいだ気が気じゃなかったんですが、今回はさらに絶体絶命、危機一髪の連続! そしてラストは……。一気読み必至!

*今月の原作本*
マーク・グリーニー『暗殺者グレイマン[新版]』(伏見威蕃訳/ハヤカワ文庫)


CIAの特殊活動部で非合法任務についていたジェントリー(通称グレイマン)は、突然の解雇通知により元同僚たちから命を狙われます。その後民間の警備会社で暗殺をやりとげたところ、復讐に燃えたターゲットの兄がジェントリーの抹殺指令を出したことで、暗殺チームVSグレイマンがヨーロッパ各地を戦場に変えます。
ジョー&アンソニー・ルッソ兄弟監督映画『グレイマン』が先日劇場と配信で公開開始になりましたが、ご覧になった方はおわかりのように、映画と原作ではいくつかの設定やストーリーが変えられています。圧倒的に不利な状況からいかにして反撃に転じるか、というグレイマンの最強スキルが最大の魅力なのは共通していますが、映画の最大の見どころは重量級のアクション、原作の最大の読みどころは暗殺W杯(トーナメント方式)のくだりではないでしょうか(ここ激しく面白いです!)。しかし!最大の改変はロイドです! 映画ではクリス・エヴァンスがちょっとどうかと思うファッションセンスの暴力サイコパスマッチョ野郎を楽しげに演じていましたが、原作のロイドはハンツマン(映画『キングスマン』のあのお店のモデル)のスーツを着るスカした非力な弁護士で、少しずつサイコパスな顔を見せていくのです。こいつのグレイマンに対する憎悪の理由というのがまた強烈なので、映画を観た人もぜひ原作を読んでほしいです!

*今月のイチオシ本*
マイクル・コナリー『潔白の法則 リンカーン弁護士』(古沢嘉通訳/講談社文庫)


無罪判決は無実の証明にはならない――本書を読んであらためてその事実が頭に刻み込まれました。弁護士ミッキー・ハラーが主人公のシリーズ第6弾は、なんとハラー自身が殺人容疑で逮捕されてしまいます。じゅうぶんすぎるほどじゅうぶんな証拠が揃っており、しかもある理由のために保釈を受けられず、拘置所で自分自身の裁判の準備をすることになります。
法廷では検察側に容赦なく痛めつけられ、拘置所内では文字通りの暴力の恐怖に怯えながらも、いままでの経験と知識と直感を駆使して前代未聞の困難に立ち向かうハラー。頼りにしていたパートナーの突然の不在で状況はさらに厳しくなりますが、異母兄のボッシュをはじめ、仲間たちが一丸となってハラーの危機を救おうと奔走。そのチームプレイも読みどころの一つとなっています。なお2020年に刊行された本書ではすでに新型コロナのニュースが出始めた設定になっており、それが今後のコナリーの作品にどう反映されるかも気になるところです。5月からNetflixで開始したドラマシリーズは第2作『真鍮の評決』がベースになっており、本書で登場するある人物も姿を見せています。映像化に関してはボッシュシリーズも含めて訳者あとがきに詳しく書いてありますので、ぜひそちらもお読みください。それにしてもコナリー、やっぱり抜群に面白いですね!!

*今月の新作映画*
『L.A.コールドケース』《8月5日(金)公開》


『潔白の法則』でハラーと知り合うビショップは元クリップ団の準構成員で、作中にはハラーが彼にラッパーのトゥパック殺害事件について話を向けるシーンが出てきます。『L.A.コールドケース』は、96年に起きたこの事件の翌年に起きて同じく未解決のノトーリアス・B.I.G.殺害事件の真相究明に生涯を費やした実在の刑事ラッセル・プールを主人公に、一人の記者と過去の証拠を掘り起こしながらの再捜査を描く実話ベースのクライムスリラーです。



1997年3月、東海岸を拠点に絶大な人気を誇るラッパー、ノトーリアス B.I.G.が何者かによって射殺されます。当時ロサンゼルス市警でこの事件を担当していた元刑事のプール(ジョニー・デップ)は、18年後の今も未解決のこの事件に囚われ続けていました。そんなある日、かつてこの2つの事件を題材にした記事で賞をもらった記者ジャック(フォレスト・ウィテカー)が訪ねてきます。自分が書いた記事の内容を否定するプールに、ジャックは真犯人を教えるよう迫ります。



当時、その事件のわずか9日後に異様な事件が起きていました。麻薬潜入捜査官の白人刑事が、路上で口論となった黒人を射殺してしまいます。ところが武装したギャングと思われた被害者は非番の警官だったのです。この事件の捜査が進むにつれ、死んだ警官はノトーリアス・B.I.G.に敵対するレコードレーベルで警備の副業をしていたことが発覚。そこからプールは全く予想もしなかった黒い真相に近づいていきます。


監督はマシュー・マコノヒー主演映画『リンカーン弁護士』のブラッド・ファーマン。レコード業界の闇とロサンゼルス市警の汚れた秘密がプールを追いつめ、人生を破壊していく過程が非情に描かれる骨太の作品です。全世界に衝撃を与えたにもかかわらず今もまだ未解決で残る謎の射殺事件、興味のある方はぜひご覧ください。

『L.A.コールドケース』

8月5日(金)
ヒューマントラストシネマ渋谷、グランドシネマサンシャイン 池袋
他全国順次公開

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配給:キノフィルムズ
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© 2018 Good Films Enterprises, LLC.
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出演:ジョニー・デップ、フォレスト・ウィテカー、
 トビー・ハス、デイトン・キャリー
監督:ブラッド・ファーマン(『潜入者』『リンカーン弁護士』)
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原作:ランドール・サリヴァン「LAbyrinth」
脚本:クリスチャン・コントレラス
2018年│アメリカ・イギリス│英語・スペイン語│112分│カラー│スコープ│5.1ch│G│
原題:CITY OF LIES
字幕翻訳:種市譲二
© 2018 Good Films Enterprises, LLC. 提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
公式HPhttps://la-coldcase.jp/
Twitterhttps://twitter.com/kinofilmsJP

 
■『L.A.コールドケース』60秒予告篇■

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム<本、ときどき映画>を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho







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