田口俊樹

 6月のことですけど、久しぶりに競馬仲間と府中に出陣しました。6階の指定席が運よく当たり、いそいそと出かけ、当たった席に坐りました。ところが、待てど暮らせど仲間がひとりも現われません。どうしたんだろうと思い、ふと思いあたりました。ひょっとしてここ5階? 府中の指定席は5階も6階も造りがほぼ同じなんです。で、係の女性に訊きました。ここ6階ですよね? いえ、5階ですけど。やっぱり。6階にあがるのには階段もエレヴェーターもエスカレーターもあります。係の女性は、まずエレヴェーターとエスカレーターの場所を教えてくれたあと、愁いを帯びた顔で私を遠慮がちに見て言いました――「階段、大丈夫ですか?」
 4、5年まえまでは孫を保育園に迎えにいくと、おしゃまな女の子に「ななちゃん(孫の名)のパパ?」なんて訊かれて、「ちがうよ、おじいちゃんだよ」なんぞと喜色満面で答えてたのに。いやはや。孔子さまも言っておられます、少年老い易く、老人尚老い易く、ボケ避け難し、と。言ってない?

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

 週末に無理やり時間をつくって、『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』を見てきました。1993年の『ジュラシック・パーク』から約30年を経ての6作め、正直ストーリーには突っこみどころもあったように思うのですが、シリーズ最終篇ならではの同窓会的雰囲気や、シリーズ従来作やほかのヒット映画へのくすぐりっぽい箇所があったり、なにより初登場を含む馬鹿でかくて凶悪なだけの恐竜がわしわし暴れて破壊のかぎりをつくす快感を味わわせてくれたので、ストレス発散、みんな帳消しだ。

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

今月はお休みです。

〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』、チャイルズ『スパイシーな夜食には早すぎる』、クレイヴン『ストーンサークルの殺人』、アダムス『パーキングエリア』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

 まえまえから読みたかった『三体』シリーズを読んでいたところ、終盤でエドガー・アラン・ポーの短篇が出てきてびっくり。ノルウェー沖に現れるという超巨大な渦を描いた「メエルシュトレエムに呑まれて」(『三体』の表記は「メイルストロム」)ですが、ポーは先日、福井読書会の課題図書になって、この短篇も初めて読んだばかりだったのです。へー、こんな小説も書いてたんだ、と強く印象に残っていました。こういうおもしろい符合、本を読んでいるとたまにありますよね。
 その福井読書会では、ズームでしか会っていなかったかたがたと対面でお話しできたのも楽しかったのですが、翌日は福井の名山、荒島岳に連れていってもらい、素朴な山道や白山の眺望を堪能しました。下山後立ち寄った温泉施設「あっ宝んど」は、プールもあって家族連れで大混雑。少子化ってなんだっけ? というくらいのにぎわいでした。コロナの波の谷間でとても充実した旅行になりました。福井の皆さま、とくに世話人の藤沢さん、本当にありがとうございました。

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕

 


上條ひろみ

 ますは祝「必読!ミステリー塾」100回! 完走おめでとうございます! 作品に対する率直な意見やユニークな切り口はもちろん、おふたりにはリアクション芸(?)も学ばせていただいておりました。またどこかでおふたりの掛け合い漫才(?)が復活しますように。

 ♪akiraさんの連載100回もすごいです! おめでとうございます! ちなみにわたしが以前連載していた「お気楽読書日記」はこの長屋に間借りするかたちで細々とつづけております(本人はそのつもり)。と言いつつ、前回はお休みしてしまったので、6月に読んだ本から。

 まずはレイモンド・チャンドラー『長い別れ』(田口俊樹訳/創元推理文庫)。村上訳も読んでいたのですが、今回まったく印象がちがってなんかいろいろなことが腑に落ちたというか、これを読める時代に生きていてよかった、としみじみ思いました。こんなにおもしろい話だったとは正直衝撃でした。文句なしにオールタイムベストです。さすが田口師匠(師匠ゆずりの渾身のヨイショ)!

 スチュアート・タートン『名探偵と海の悪魔』(三角和代訳/文藝春秋)は、歴史あり、陰謀あり、スプラッターあり、ホラーあり、恋愛ありとなんでもありで、真相を知ったときへんな声が出てしまうタイプの驚愕謎解き小説です。いやあ、驚いたわ。真相で二度驚き、結末で駄目押しの驚き。嵐の海をわたる船のように激しく翻弄されたい人におすすめです。船酔いの薬が必要かも。

『火星の人』『アルテミス』につづくアンディ・ウィアーの第三長編『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(小野田和子訳/早川書房)は宇宙SF×バディもの。何も予備知識を入れずに読んだほうが絶対におもしろいということで、そのとおりにしたら、たしかにぶっ飛ぶほどの驚きが詰まった物語でした。『火星の人』のときも思ったけど、主人公のメンタルの強さが宇宙レベル。

 アリッサ・コール『ブルックリンの死』(唐木田みゆき訳/ハヤカワ文庫HM)は、なんなんだこれは! 社会派? イヤミス? ホラー? 読み進むにつれてどんどん印象が変わり、同時にどんどんヤバい方向に突き進んで引き返せなくなる怖い作品。そして読み終えたあと、ねえねえ、なんかすごいものを読んじゃったんだけど! とだれかに言いたくなる作品です。

 つづいて7月に読んだなかからお勧めの本を。

 リサ・ガードナー『噤みの家』(満園真木訳/小学館文庫)は『棺の女』『完璧な家族』からつづく物語で、刑事、生還者、容疑者の全員に共感を覚えてしまう稀有な作品。思いも寄らない形でつながっていた人と事件に、うならずにはいられません。母と娘のせつなくも複雑な関係を丁寧に描いているところもぐっときます。三作とも読むことを強くお勧め。絶対損はしませんよ!

 アレン・エスケンスの『過ちの雨が止む』(務台夏子訳/創元推理文庫)も『償いの雪が降る』の続編で、逆境にもめげない主人公ジョーの成長ぶりに思わず目を細めてしまいます(親戚のおばさんか)。複雑な家庭環境にもめげず、真実はいつもひとつ!の精神でよくがんばりました(担任か)。誠実さはよくも悪くも人の心を動かすのね。

 ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』(山田蘭訳/集英社文庫)は、700ページを超える長編なのに、速読の個人記録を更新したんじゃないかというぐらいすごいスピードで読んでしまいました。ほぼ関係者のメールやワッツアップのチャットや新聞記事や供述調書といった資料だけで構成されていて、読者は推理せずにはいられない状況に追い込まれるんですよ。ミステリ者たちのうれしい悲鳴が聞こえてきそう。キャー!

 最後にお知らせ。今月後半にエリー・グリフィス『見知らぬ人』の続編『窓辺の愛書家』が出ます。ハービンダー・カー部長刑事がたじたじとなるような素人探偵トリオが登場し、犯罪小説家と出版業界をめぐる魅力的な謎に挑みます。お手に取っていただければ幸いです。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はフルーク『チョコレートクリーム・パイが知っている』〕

 


武藤陽生

 息子の夏休みが始まり、毎日の弁当づくりがつらい(学童用)! ま、おかずはほとんど冷凍食品ですが。最近の冷凍食品は基本的に使う分だけトレーをちぎって、そのままレンチンできるので非常に便利ですね。ごはんは忙しいときはサトウのごはんでこれまたレンチン楽ちん。しかし、弁当職人としてはすべての素材に均一に熱が通るよう、眼を光らせていなければなりません……とかなんとか書いているうちに、学童でも陽性者が出て、しばらく家で自粛ということになりました。子供が日中家にいるのは、弁当をつくるよりつらい!!

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

『台湾の少年』(游珮芸・周見信 作/倉本知明 訳/岩波書店) は、台湾の現代史をひとりの台湾人の視点から描くノンフィクション劇画。全4巻で、いまのところ第2巻まで発売されています。
 作品内では台湾語と日本語と北京語が入りまじって使われていて、それ自体が台湾の歴史の複雑さを物語っているのですが、訳者の倉本さんはこの三つを訳し分けるために、台湾語を御自身の郷里の言葉・讃岐弁でお訳しになっていて、それが作中でみごとな効果をあげています。
 日本語と北京語は、もとから台湾に住んでいた人々にとっては支配者の言語ですから、それに対する台湾語には、支配的日本語とは言いがたい讃岐弁が、どこかその温暖なイメージとともに、ぴったりなのです。
 わたしもその気になれば自分の郷里の言葉を翻訳に使えるのですが、わが郷里の言葉はどうしても、落語の「百川」に出てくるあの田舎っぺのようなイメージになってしまい、汎用性が低いのが難点。讃岐弁みたいな言葉を自由に操れるって、うらやましい。
〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好きの涙腺ゆるめ翻訳者。最近面白かった映画は《リコリス・ピザ》《ナワリヌイ》。ツイッターアカウントは @FukigenM