みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。北海道らしからぬ猛暑に苦しまされた夏もほぼ終わり、朝晩はすっかり涼しくなり……と思っているうちに、もう紅葉が始まっています。今回は、ちょっと早いですが、ハロウィンにはまるでなじみのない世代の私が独断と偏見で選んだ「ハロウィンといえば」な二大生命体をお持ちしました。


 まずは、ゾンビ×SFの『RE-LIFE~再生』(チョン・ミョンソプ作)。タイムループ「+α」な要素が絡んだ作品で、寝ても覚めても、しつこいくらいにゾンビ化できてしまいます。

 今日こそ、彼女にプロポーズしよう。そう決めていた日の朝、ヒョヌは悪夢にうなされ飛び起きた。よりにもよってこんな大切な日に悪夢を見るなんて。幸先の悪い不吉な気分を振り払い、出勤のために家を出る。いつもの地下鉄駅に向かい、構内へ続く階段を下っていると、後方から騒がしく争う声が聞こえ振り向いた。露店の女主人と客の男が何やらもめているようだ。もみ合いになった二人が、そのまま階段を転げ落ちた。男が首元を押さえながら立ち上がったが、その首から噴水のように血が噴き出し、至る所で悲鳴が響き渡る。呆然とその光景を見つめていたヒョヌは、男の瞳が灰色に変わっていくのを見た。やがて、男の関節がバキバキと音をたてながら不自然な角度に曲がったかと思うと、壁際でがたがたと震えていた女に飛びかかり、首元に噛みついた。辺り一面、血しぶきが散った。ゾンビだ。逃げなくては。ヒョヌは外に飛び出そうとしたが、血まみれの制服を着た男子学生とぶつかってしまった。瞳が灰色だ。抵抗をする間もなく、壁に押しつけられた。首に噛みつかれた。首元から血が噴き出し、体じゅうが熱くなった。身を引き裂くような痛みが体を突き抜けた。やがて、痛みから解放されたヒョヌは、一つの感情に支配された。
「人間を喰いたい」
 獲物を求めて、近くのカフェの中を覗き込んだ。後ろから次々とゾンビの大群が押し寄せ、ウィンドウが割れた。一番前にいたヒョヌが押し倒された。立ち上がろうとしたが、足が動かない。うつ伏せになったまま、自分の足もとに目をやると、体がまっぷたつに千切れ、下半身を失った胴体が目に入った。だが痛みはない。ただ、人間を喰いたいという衝動だけに駆り立てられていた。

 ……と、これがタイムループの1日目。毎朝「うわーーーーー!」と目が覚め、夢か……と思いきや、出勤前に見ているテレビ番組が夢で見た番組と同じ内容だったり、地下鉄駅へ向かう風景がやけに夢の中と似ていたり、そしてゾンビの登場、噛まれて「うわーーーーー!」が何度か続き、ある時点でヒョヌは気がつきます。同じような一日が繰り返されている。信じがたいけれど、自分はタイムループにハマりこんでいると。
 なんとかして自分のゾンビ化を阻止し、彼女に会ってプロポーズをしたいヒョヌは、繰り返される一日を「前とは違う方法」で過ごそうと試みます。駅への行き方を変えてみたり、外出を取りやめたり、彼女の家に向かってみたり、彼女を家に呼んでみたり。そのたび何かが微妙に変化するものの、何をやっても阻止できない、わが身のゾンビ化。一つの障壁を回避すれば、新たな障壁が立ちはだかるという八方塞がりの状況に陥ったヒョヌは、あるとき、ゾンビに噛まれずともゾンビ化する人間を目撃。ゾンビ化の原因が「噛み傷」だけではないということに着目し、手がかりを拾い集めながら数ループ。そうこうするうちに、敵とも味方とも判断のつかない謎の女が出現し、彼女との接触を試みるため、さらに数ループ、と不撓不屈の精神で果敢にゾンビ化を繰り返します。そしてゾンビ化の謎が解け、ループから抜け出した後も、それ以上に厳しい現実世界での戦い(といっていいものか……これが「+α」要素)が、彼を待ち受けていました。
 ゾンビというテーマそのもののおかげか、ループが繰り返されるほどにグロさがレベルアップしてくれる構成のおかげか定かではありませんが、タイムループ作品にありがちなウンザリ感が薄い作品です(個人の感想です)。
 

 お次はバリバリのエンタメ小説『バンパイア・ナイト』(キム・イファン作)。もう10年以上前に出版されたバンパイア×SFファンタジーで、今読み返してみても、愉快痛快、気分爽快、どっぷりエンタメな一品でございます。
 物語の幕開けは、嵐の夜、ロウソクが灯る薄暗い部屋でロッキングチェアに腰を下ろした老婆と、ベッドに入った孫のサニーのこんなかけあいから。

「ねえ、おばあちゃん」
「なんだい、サニー」
「ジェイムス先生が殺されたって、首にキバの跡があったって、ほんと?」
「誰がそんなことを……」
「ところで、おばあちゃん」
「なんだい、サニー」
「うちの地下室に、誰かを閉じ込めたりしてないよね?」
「そんなわけないだろう?」
「ところで、おばあちゃん」
「なんだい、サニー」
「先生が、オレンジジュースは赤くもないし、あったかくもないって言ってたけど、これ、ほんとに、ただの赤いオレンジジュースなの?」

 孫をとっとと寝かせて地下室でひと仕事片付けたい祖母の気も知らずに、質問が止まらない孫娘のサニー。
 一方、地下室には手足を縛られた男が一人、転がっている。突然、男の足首から肉を突き破って赤いワイヤがするすると伸びてくる。それはまるで昆虫の触角のように、足を縛り上げた縄を探り、一瞬にして縄を焼き切った。そして体内に戻ったワイヤが、今度は手首の肉を突き破りながら現れて、同様に手首の縄を焼き切った。男が吐き捨てるように呟いた。
「だまれ、デイビッド」

 この男が主人公マックスで、バンパイアの女王に仕える騎士。1000年前、マックスをはじめとするバンパイアが暮らす星で革命軍による反乱が起き、王族派は壊滅状態に陥ったのですが、生き残った女王が、実は密かに星を脱出していました。
 そして、デイビッドはマックスの脳内に生息する「意識」。マックスが窮地に立たされたときはもちろん、そうでないときにも常にマックスに情報を提供し、求めてもいない助言をし続ける、どちらかというとちょっと煩わしい存在。戦闘時にはあらゆるデータを駆使して正論を並べ立て、理屈をこねくり回してマックスを勝利に導こうとしますが、マックスはその口数の多さに辟易し、「だまれ、デイビッド」の一言で無茶ぶりを発揮します。デイビッドはマックスの脳に語りかけているため、デイビッドの声はもちろん他の人には聞こえていません。そのため、傍から見ると、マックスは誰に言うともなく「だまれ、デイビッド」と呟く変なヒトに。
 マックスの使命は、革命軍への復讐と女王復活をかけ、革命軍(の魂)を片っぱしから「天国」送りにすること。マックスより早く地球にたどり着いていた革命軍は、すでに地球上で勢力を拡大。幹部たちが「ブルー・ウィンドミル」という会員専用クラブを経営し、秘密裏に人間をおびき寄せては資金調達、「食料」調達に奔走すると同時に、肉体改造の研究を進め、地球征服を企んでいたのです。マックスは、バンパイア特有の波長をキャッチし、次々に彼ら(の魂)を「天国」送りにしていきます。それは、革命軍への復讐という意味合いの他に、もう一つ、マックスたちに重要なメリットをもたらす行為でもあるためです。
この、時にありがた迷惑な出しゃばりデイビッド、終盤に突如姿を消してしまいます(といっても、もともと「意識」なので「姿」はないのですが)。のべつまくなしペチャクチャと喋りまくっていたのが、マックスの呼びかけにも答えなくなるのです。そこには、デイビッドの一大決心が関係していました。涙ぐましいその決心が、物語をハートウォーミングなラストへと導きます。
 もう一度お断りしますが、エンタメ小説です。「血の川」が流れ、「血の実」がなる木が育つ「天国」、魂の転送、肉体改造に瞬間移動、光線銃、光線銃に撃たれて灰になるバンパイア(でもキバだけ残る)などエンタメ以外のナニモノでもない設定がテンポよく溢れ出し、マックスとデイビッドのかけあいが生み出すコミカルさ(というかバカバカしさというか)は、どことなく『宇宙船レッド・ドワーフ号』ぽい(個人の感想です)。サスペンスやホラーを読み過ぎて気分が重い、たまには爽やかな読後感の軽~いジャンル小説を読みたい! という方にオススメです。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。












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