昨今ジャンルが増加して深堀りも行われている中国ミステリー業界で、かねて人気の一翼を担っているのが新本格ミステリー。日本のミステリーに影響を受けて書いた作品のことを指し、綾辻行人や麻耶雄嵩らに影響を受けた作家が特に多いですが、最近だと青崎有吾や相沢沙呼フォロワーのような作品もあるそうです。

 今回取り上げるのは、柳荐棉の長編ミステリー『純白如雪』(2022年9月)。作者は1997年生まれで、南京大学医学院の臨床医学専攻(修士課程)という現役大学院生。数年前から短編ミステリーを主に発表し、2019年に第1回華斯比推理小説賞を受賞した「猫の犠牲」は、拙訳ですがハヤカワの《ミステリマガジン》2021年9月号に掲載されました。本書は彼にとって初の長編ミステリーとなります。

 本書のタイトル、そして表紙から、陸秋槎の『雪が白いとき、かつそのときに限り』を連想した人もいるのではないでしょうか(帯に陸秋槎推薦とも書かれている)。柳荐棉は大学1年生のとき、陸秋槎の「連続体仮説」(『文学少女対数学少女』に収録)を読み、中国にもこんな素晴らしい作品を書く作家がいるのだから自分も頑張ろうと思い、ミステリー小説の創作を始めたそうです。だから本書に出てくる日本ミステリーらしさはともすれば陸秋槎らしさとも言え、中国ミステリーの系譜が新たに生まれたわけでもあります。
 そしてこの作品、もともとは第6回島田荘司推理小説賞(2019年)の投稿作で、『朝雪』というタイトルだったそうです。そこから『悪意純白如雪』(悪意は雪の如く純白)に名前を変え、最終的に『純白如雪』に落ち着いたらしく、「雪」という一文字に並々ならぬこだわりが感じられます。

 1997年、中国東北部の鎮(日本の町程度の規模の行政単位)に暮らす高校生の呉明朝は、鎮長の父親からお見合いを勧められる。その相手は、市の有力者・方正樹の一人娘だった。方正樹は自分が後押しする鎮長の息子を複数人呼び、そのうちの一人を方家の婿にするつもりなのだ。出世欲も結婚願望もない呉明朝だったが、その一人娘が以前街で偶然知り合った方雨凝だと知り、彼女にもう一度会うために雪の山荘・望雪荘へ向かう。
 望雪荘には他の鎮長の息子である謝玉安姚凌林久もおり、全員火花を散らして不穏な雰囲気になる。だが花婿決めの戦いの火蓋が切られた矢先に、謝玉安と林久が山荘の外で死体となって見つかり、さらに姚凌も密室で亡くなった。呆然とする方正樹とは対照的に、方雨凝は事件の捜査に名乗りを上げ、呉明朝を助手にして3人の死因を推理する。

 この作品で重要なのは犯人当てではありません。なにせ山荘にいるのが主人公を含む6人で、うち3人が死ぬので、作者がアンフェアなことをしない限り、方雨凝と方正樹のどちらかが真犯人ということですから。しかし方雨凝が率先して行う捜査によって、どうやら被害者3人は次期鎮長を巡ってそれぞれ殺し合った末に全滅したという見方が強まります。

 推理パートは方雨凝の独壇場。屋外で首吊り死体となって発見された林久は本当に自殺なのか、一人分の足跡しかない雪原で血まみれになって倒れていた謝玉安はどうやって殺されたのか、そして彼ら二人の死後に自室で亡くなった姚凌の死因は……といった疑問に対し、死体の特徴やその周囲の遺留品からどんどん推理を組み立て、その3人の誰が誰を殺し、どういう順番で死んだのかを明らかにしていきます。

 しかし彼女の活躍は本当の謎解きのために入念に用意された前座であって、ラストには事件の真相、別荘の秘密、そして呉明朝たちの過去が明かされます。この真相というのが、今まで小さな証拠を集めてコツコツと築き上げた推理が何だったんだよと言わんばかりの豪快な内容で、落差に思わず笑ってしまいました。正直、ミステリー小説のトリックって「笑ったら負け」的なところがあるので、私はこのトリック好きです。絶対にそんなきれいに仕留められないだろとは思いますが。ただ、中盤にロジカルな推理パートを書いたのはこの荒唐無稽なトリックを出し、それを批判されても、「いや、自分は手堅いミステリーも書けるんで」っていう言い訳にしか見えなかった。
 ところで、真打ちの探偵が推理を披露する前に、噛ませ犬というか偽物の探偵が語る間違った謎解きのことを中国語では「偽解答」というのですが、日本語では何ていうのでしょうか? 簡単に調べただけでは出てきませんでした。

 ストーリーに目を向けると、作品の舞台に1997年というやや昔の中国を選んでいるだけあって、封建社会の旧弊を批判的に書いた内容でもあります。
 冒頭、子どもの結婚を勝手に決める父親と、その決定に口出しできない母親を持つ呉明朝は、鎮長の父親から本来なら絶対に不可能な世襲をほのめかされます。ここだけでもう悪習の詰め合わせって感じなのですが、彼にはまだ余裕があり、嫌なら許嫁になどならなくていいし、父親の跡を継がなくてもさほど問題ありません。
 ですが方雨凝の方はもっと最悪で、呉明朝を含む4人の中で父親のお眼鏡にかなった男と絶対に結婚しなければならず、そこに自由意志はありません。その方雨凝が、顔なじみの花婿候補の3人が死んだのに、探偵役を買って出て生き生きと推理をしている姿はかなり怖いものがあります。さっきまで一緒にいた人間が死んだとは思えないほど明るく活動的な姿を見ると、父親の言葉を唯々諾々と聞き入れる娘ではないことがわかりますが、それならなぜ「花嫁」に仕立て上げられたことには反対しないのかという疑念も湧き、そのギャップが彼女をますますミステリアスにしていきます。

 そういった少年少女の血なまぐさくも和気あいあいとした推理という共同作業が描かれる本作は、間違いなく青春ミステリーのジャンルに入るのですが、作者にはどうせならさらに踏み込んで2022年現在の大人になった呉明朝を書いてほしかった。強いと思っていた父親が実は方正樹という権力者の後ろ盾があったから今の地位を築けたという事実に失望し、人生が勝手に決められる方雨凝を見て家のことに口を挟めない母親の顔が頭をよぎった彼が、今回の事件を経てどう成長したのかを書かないことには、せっかく過去を舞台にして虐げられた女性を描いた意味がないように思えたからです。

 本作について、最高のミステリー小説ではないが、多くの人間にとって忘れられないミステリー小説の出発点になるというレビューがありました。陸秋槎から影響を受けた柳荐棉が今後の中国ミステリー業界でどのような存在になるのか、そして本書で保留した答えを書く日が来るのか、気長に見守りたいです。

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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