今月もこんにちは! 気がついたらホットミルクティーのおいしい季節になっていましたが、まだ衣替えができておらず気ばかり焦る今日このごろです。

*今月のまたやられた本*
イアン・リード『もっと遠くへ行こう。』(坂本あおい訳/ハヤカワ文庫)


 いつかはわからないけれどおそらく近い未来。あたり一面人っ子一人見当たらない辺鄙な場所に暮らすジュニアとヘン夫妻のもとに、ある夜突然訪問者があらわれます。黒い車に黒い服のテランスと名乗るその男は、ジュニアが宇宙への一時移住計画の候補に抽選で選ばれたと興奮気味に伝えます。抽選に応募したどころか、そんな計画すら初耳だったジュニアは動揺し訝りますが、その時から妻の様子が少しずつ妙になっていったのです。
 前作『もう終わりにしよう。』(同)とその映像化作品で「マジすか!?」と声をあげた人も多かったであろう著者の第二長編は、なんとメン・イン・ブラックの登場で幕を開けるのっけからの超展開。今回も極力内容をふせたいタイプの作品で、本書にも人と人との関係というものに対する著者の強いオブセッションを感じました。前作同様、読了したらすぐ再読したくなるような一冊です。映像化が決まっているそうですが、テランスはクリフトン・コリンズ・Jrがいいなあ。

*今月の血まみれスリラー本*
フェリクス・J・パルマ『怪物のゲーム』(宮崎真紀訳/ハーパーBOOKS)


 デビュー作『血と琥珀』の大ヒットで一躍有名になったディエゴ。その後10年間作家としてはパッとしない日々を送っていたものの、美しい妻と可愛い娘に恵まれました。ところがある日、娘が誘拐されてしまいます。現場には〈怪物〉と署名された犯人からのメッセージが残されていました。
 小説になぞらえて作家に娘の命を賭けた残酷な課題を出す犯人の醜悪さと、それに乗っかった第三者のお祭り騒ぎ、そして自分の生み出したキャラクターを名乗る犯人に脅かされる主人公の恐怖と焦燥感がじわじわと読者にしみこんでいきます。カルメン・モラ『花嫁殺し』(同)にも思ったんですが、スペインミステリは血まみれなエグさがせいに繋がっていて面白いなあと。最近アマゾンプライムで配信開始されたスペイン発ミニシリーズ『お嬢様は謎解きがお好き』も、タイトルとは裏腹に猟奇風味満載。当時の女性の立場の弱さにも焦点が当てられていて好感が持てました。
(https://www.amazon.co.jp/dp/B0B8TF2PPR/)

 
*今月のイチオシ本*
ジャナ・デリオン『どこまでも食いついて』(島村浩子訳/創元推理文庫

 スワンプ3人組、待ってたよ!! みんな大好きワニ町シリーズ第5弾、今回は前作『ハートに火をつけないで』のラストの翌日で幕を開けます。
 カーターとの初デートの余韻に浸る間もなく、アイダ・ベルとガーティのパワフルご婦人2人から凶報を知らされたフォーチュン。なんと彼らの宿敵シーリアがシンフル町長に立候補したのです。全力で阻止すべく策を練ろうとした3人でしたが、今度はカーターが何者かに狙撃されてしまいます。
 毎回底抜けに楽しくて元気いっぱいでおまけに胸が熱くなる、いいとこ特盛のシリーズですが、自分比で本書が今まで一番声を出して笑いました! 大笑いしつつ、いやそれ、よく無事だったねえ……と彼らの悪運(?)の強さに感服しきり。それにしてもシンフルの犯罪発生率、ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミードやミッドサマー(ドラマ『バーナビー警部』の舞台)をはるかに超えて、今や米花町(いわずと知れたコナン君の本拠地)にも迫る勢いではないでしょうか。次作ももちろん楽しみに待ってます!!!

*今月の番外編*
デビッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル『ポワロと私』(高尾菜つこ訳/原書房)


 著者名を見ておお! と思われたドラマファンとクリスティーファン、両方のかたがたに超オススメの一冊です。俳優デビッド・スーシェが24年間に手がけた事件(ドラマ)とその顚末、世間の賞賛と挫折、かけがえのない友人との出会い、ポワロを演じることへのこだわり(しぐさ、体形、衣装・小道具など)とともに、原作者クリスティーへのリスペクトもしっかりと語られていて、とても読み応えがあります。一番驚いたのは、なんと70作品すべてが言及されていたことです。どの作品もおろそかにしない役者としての真摯な態度と、原作者、脚本家、製作者、共演者すべてに対する感謝の気持ちが伝わってきます。巻末の〈ポワロ93か条〉と小山正さんの解説も必読です。そして自分はシーズン3『盗まれたロイヤル・ルビー』(共同脚本:アンソニー・ホロヴィッツ)で、なぜ突然ポワロがマンゴーの食べ方を披露したのかずっと謎だったのですが、本書で驚きの理由がわかってとても嬉しかったです!

*今月の新作映画*
『君だけが知らない』(10/28公開)

 スジン(ソ・イェジ)は事故のせいで一切の記憶を失います。夫のジフン(キム・ガンウ)を含む周囲の人々のことも全く思い出せないまま退院して夫と二人の生活を始めると、幻覚で未来が見える能力があることに気づきます。ある日殺人現場を目撃しますが、後日それは幻覚ではなく実際の事件だと判明します。



 事実と幻覚に翻弄され精神的に追いつめられ、優しい夫さえも疑うようになる主人公。誰を、そして何を信じていいのかわからない彼女にひそかに魔の手が忍び寄り、事態は予想外の結末へ。主人公と一緒に観客もあっと驚く真相が待ち受けています。


 これもあまり内容を明かせないタイプの作品なのですが、ミステリファンならきっと楽しめる一本です。監督と脚本はこれが長編デビューのソ・ユミン。鑑賞後にきっともう一度観なおしたくなるサスペンスの逸品をどうぞ。


 


タイトル『君だけが知らない』
公開表記◆ 10月28日(金)全国公開
コピーライト◆ ©2021 CJ ENM. All Rights Reserved.
配給◆シンカ
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原題 내일의 기억/英題:RECALLED 
コピーライト:©2021 CJ ENM. All Rights Reserved.
配給:シンカ
監督・脚本:ソ・ユミン
字幕翻訳:石井絹香
出演:ソ・イェジ、キム・ガンウ、パク・サンウク、ソンヒョクほか
公式サイトhttps://synca.jp/kimishira/
公式Twitter@kimishira_movie
公式Instagramkimishira_movie

 
映画『君だけが知らない』予告

 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム<本、ときどき映画>を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho







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