今月もこんにちは! いきなりですがすみません! 余兒『九龍城砦Ⅰ 囲城』(よしだかおり、光吉さくら、ワン チャイ訳/早川書房)を最後に一気読みするはずが、突然予想外のトラブルに見舞われて時間が取られてしまい、読みきれないまま今月の原稿を書くことになってしまいました(泣)。途中までですが、臨場感あふれててすごく楽しい! 広東語の読み仮名が嬉しい! また香港行って叉焼飯食べたくなる! などとびっくりマークの連打で読み進んでおります。ちなみに私のオマケカードはシークレットでした!

*今月のヒストリカル・スリラー本*
リツ・ムケルジ『裁きのメス』(小西敦子訳/新潮文庫)

 19世紀後半、医学界が女性医師を認めず、病院での勤務から締め出していたフィラデルフィア。そのため女子医学校は自ら医院を設立し、教授で医師であるリディアとその学生たちが忙しく働いています。金持ちでなくとも医療が受けられるその医院には、アンナというメイドが患者として来ていました。彼女はリディアが開く公開講座に熱心に参加しており、その向上心に感銘を受けたリディアは、本を貸したり質問に答えたりと、アンナに親しく接していましたが、ある日彼女は約束の時間に来なかったのです。リディアの心配は的中し、アンナは行方不明に。そしてリディアのもとに若い女性の水死体が運ばれてきたのです。法医学が現在のように発達していない時代に、被害者の生活環境や習慣にも目を向けるリディア。女性だというだけで彼女の優れた着眼点は無視され、捜査はある方向へと意図的に導かれてしまいます。女性蔑視がはびこる当時の医学界で、医師として生き抜くためにどれだけ苦労があったかのか。実際に医師として医療に携わった著者の訴えが伝わってくる一冊です。

*今月の運命のいたずら本*
ケン・ジャヴォロウスキー『罪に願いを』(白須清美訳/集英社文庫)

 え? 推薦文にスコット・スミスが!? 冒頭50ページぐらい読んだ時、思わず帯文を見直しました。『シンプル・プラン』を読んだひと(あるいは映画を観たひと)なら、うーん、このシチュエーションで書くのってハードル高いだろうなあと思ってしまうかもしれませんが、いらぬ心配でした! ペンシルヴェニアの小さな町に住む、工場勤務で消防隊員のボランティアも務める中年男ネイサン、ある理由で人生に希望を持てない看護師のキャリー、ジャンキーだった過去から抜け出すことのできた新たな人生にまた背を向けられてしまったアンディ。この三人を巡る突然の出来事と、それが理由で手を染めてしまう罪。そして自ら下した決断がもたらした運命が、三人それぞれの一人称で語られます。一人で火事場に向かったネイサンは、偶然現場で大金を見つけてしまうのですが、彼がそのお金に固執する理由がなんともしんどい。ていうか、それはともかくその後がダメじゃん! 帯でハーラン・コーベンが“とても人間的”と評していて、ああ確かにそうだなあと。理屈では正しくないとわかっていても、辛かった過去を振り返ると「これぐらいやってもいいだろう」と判断してしまうのが、確かに人間的なのかもしれません。読後に『シンプル・プラン』を再読するのもいいかと。

*今月のやっぱりやられた本*
ピーター・スワンソン『9人はなぜ殺される』(務台夏子訳/創元推理文庫)

 あー、今回も騙された(嬉)! 多分騙されるだろうなと思いながら読み始め、案の定最後に騙される楽しみを与えてくれるスワンソンの邦訳新作は、自分と見知らぬ8人の名前が書かれたリストが送られたひとびとが次々に殺されるサスペンス。犯人の動機はもちろん、被害者同士の接点もまったく不明。ターゲットとなったひとびとの反応も千差万別で、静かになされた犯行がかえって不気味さを増します。これ以上の情報はできるだけ伏せたいのですが、本書もスワンソン節炸裂で、真相がわかったらスッキリ!というより、犯人の闇の深さにゾワっとすること間違いなしの一冊です。今回も『そして誰もいなくなった』『ABC殺人事件』の内容やトリックに触れているという版元の注意書きがあります。そういえばこの2作はクリスティの中でもホラー味が強いように思います。未読のひとはできれば先に読んでおいた方がいいですよ!

*今月のタイムループ本*
キャメロン・ウォード『螺旋墜落』(吉野弘人訳/文春文庫)

 息子のセオが副操縦士として搭乗するロンドン発ロサンゼルス行きのフライトで、エコノミークラスに乗っている数学教師のチャーリーは、着陸した後のことを考えて緊張していました。彼女はセオに内緒で乗り込んでおり、一年近く没交渉だった彼と重要なことを話し合う決心をしてきたのです。そして午前0時、彼らを乗せた飛行機は墜落します。物語は、チャーリーとセオの確執、それが起きた理由、そのせいで陥った深刻なトラブルなどが、運命の午前0時に向けて、セオとチャーリーそれぞれの立場から描かれます。本書の読みどころはやはり後半、タイムループが発生してから、スキルも知識もないチャーリーがどうやってたった一人で墜落を阻止するかだと思うのですが、そこまでのセオの無謀さもかなりスリリング。訳者あとがきで吉野氏は「セオの自暴自棄な行動には共感できないところもある」と書かれていて、優しいなあ(笑)。父と息子の絆とか、血は水よりも濃いとか、勝手な思い込みで暴走するセオは、恋人も母親も周辺の女性までも危険に晒すはめになっても懲りない。これって結局は女の言うことなんか聞く耳持たないってこと? と、かなり自分はムカついたんですが! 少なくとも冒頭でチャーリーが言う「全部わたしのせい」じゃないから!! この著者には未訳のサイコ・サスペンス Trance があるとのことですが、この調子なら相当なイヤミスのような気がするのでぜひ読んでみたい! なお本書が気に入ったひとはジリアン・マカリスター『ロング・プレイス、ロング・タイム』もオススメします。

*今月のイチオシ本*
ホリー・ジャクソン『夜明けまでに誰かが』(服部京子訳/創元推理文庫)

 『卒業生には向かない真実』で読者を〇〇のどん底(好きな言葉を入れてください)に叩き落とした著者の最新邦訳。こんどはどう来るか? と期待しない方が無理ってもんです! 高校生のレッドは親友のマディに誘われ、サイモンとアーサーという高校生の男子2人と、お目付役として大学生のマディの兄オリヴァー、その彼女レイナの6人で、キャンピングカーを借りて旅行に出かけていました。ところが道中ちょっとしたトラブルが起き、携帯も繋がらない場所に迷い込んでしまいます。そしてなんとどこからか狙撃されてしまうのです! 突然命の危険に晒されてパニックを起こす6人に、ある方法で連絡してきた狙撃者の要求は、6人のなかに秘密を抱えている人物がいる、命が惜しければそれを明かせというものでした。タイムリミットの夜明けまでに名乗り出る者がいなければ……? これ、いわゆるスプリング・ブレイクというやつでしょうか。映画だと大抵何かしらヤバい展開になるのですが、本作も待ったなしの絶体絶命状態。相手の素性も狙われる理由もわからないうえに、当然のことながら狭いキャンピングカーの中で疑心暗鬼が蠢きはじめます。脅されても言えない、命より重要な秘密とは何なのか。やがて追い詰められた彼らの知られざる本性があらわになってくるのですが、なんといっても大矢博子氏の解説の“とりあえず誰か〈某登場人物〉をぶん殴れ。話はそれからだ”にはめちゃくちゃ同感です!! 自分も、なんでもいいからあいつが酷い目にあわないかとひたすら願いながら読みました(笑)。暑さで眠れない夜、548ページ一気読みはいかがでしょうか!(ただし休日前を推奨)

番外編*来月のびっくり本*

フリーダ・マクファデン『ハウスメイド』(高橋知子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫) 来月刊行ですが、先にプルーフで読ませてもらいました。激しく面白い!(そして怖い) 詳細は来月に。これまた一気読み必須! 
 
*今月の新作映画*
『九月と七月の姉妹』(9月5日(金)公開)



 姉のセプテンバーが生まれてから10ヶ月後に、妹のジュライは生まれました。ふたりのつながりはとても強く、それは母シーラでも入り込めないほど。セプテンバーは内気な性格のジュライを支配しており、ジュライはそれを自然に受け入れています。二人にとってお互いはなくてはならない存在でした。ある日学校で事件が起き、母と姉妹の三人家族は、海辺近くにある古びた一軒家に引っ越すことに。学校という窮屈な社会から解き放たれたふたりの関係は、歪なかたちに変化していきはじめます。


 原作はデイジー・ジョンソン『九月と七月の姉妹』(市田泉訳/東京創元社)。公開は9月ですが、先に原作を読みたいというひとのためにちょっとフライングで取り上げてみました。映画はいくつかの点で原作から変更があるものの、全体の印象はかなり近いのではないかと感じました。監督のアリアン・ラベドは原作に出会って映画化を切望。原作者のジョンソンは「あなたの作品にしていい」と快諾し、自分の物語を別の視点から発見できることを喜んでくれたそうです。


 それにしても原作の邦題はお見事。すごく読みたく(観たく)なるタイトルではないでしょうか。ちなみに本の原題は Sisters で映画の原題は September & July 。最初読む前はなんで九月と七月なのかなと思ったのですが、そうか! 英国の学校は九月始まりで七月までだから、同じクラスになれるのか!と気がつきました。非常に魅力的な原作と映画、できればぜひ両方とも味わってみてください。

 


『九月と七月の姉妹』(原題:September Says)
公開表記:2025 年 9 月 5 日(金) 渋谷ホワイトシネクイント、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
監督・脚本:アリアン・ラベド
出演:ミア・サリア、パスカル・カン、ラキー・タクラー
原作:デイジー・ジョンソン『九月と七月の姉妹』(東京創元社刊)
2024|100分|英語|アイルランド、イギリス、ドイツ|アメリカン・ビスタ|DCP|5.1ch
原題:September Says|字幕翻訳:橋本裕充|PG-12
配給・宣伝:SUNDAE
クレジット:© Sackville Film and Television Productions Limited / MFP GmbH / CryBaby Limited, British Broadcasting Corporation,ZDF/arte 2024
 
▼公式サイト・SNS各種
 ・公式サイトsundae-films.com/september-says
 ・X(旧Twitter): x.com/september_says
 ・Instagraminstagram.com/sundae_films

 
■映画『九月と七月の姉妹』90秒予告■

 

♪akira
 翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho










 

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