今月もこんにちは! 最大級の寒さと言われてもイマイチ実感がわかなかったのですが、先週、仕事帰りに用事で1.5駅分ぐらい歩いたとき、凍えるような強風に行手を阻まれてやっと納得しました。
*今月のさらなる強敵本*
C・J・ボックス『群狼』(野口百合子訳/創元推理文庫)
高騰する毛皮を狙って違法に罠を仕掛ける猟師たちの取り締まりに着手しようとしていたジョーの元に、隣地区の猟区管理官ケイトリンから応援要請が入ります。禁止されているドローンを使用して、誰かが面白半分にシカの群れを追い立てているというのです。妻メアリーベスの助けも借りて情報を集めていたジョーは、そのドローンを所有しているのが、なんと三女ルーシーのボーイフレンドの父親である可能性が濃厚になります。ワイオミングの猟区管理官ジョー・ピケットのシリーズは毎回“シリーズ最強の敵”が登場するのですが、今回は特に凶悪度が高くてゾッとします。横暴なFBIの横やりが入って本来の仕事である動物の保護もままならない上に、大事な娘の彼氏の家族が疑惑まみれという窮地に陥るジョー。一方、最強の相棒ネイトは危険なオーラを放つ怪しい女と連れの男らに気付きます。シリーズを続けて読んできたひとたちにとっては、本書はかなりの衝撃ではないでしょうか。え! あの人が!! というショックと、え! マジで! うわーそれはまったく予想しなかった!!! という驚きと、そしてあのラスト! (義母も含めて)今後どうなっていくのかがますます気になること間違いなし。そして帯には第一作『沈黙の森』が2月に同文庫より復刊という嬉しい告知が! しかしピケット家の娘たち、3人ともパパと全く違うタイプの彼氏を選んで、しかもみんな何かしら問題があるという。それにしてもジョーってほんとに鈍いですねえ(笑)。
*今月の狡猾すぎる犯人本*
ジョン・グリシャム『判事の殺人リスト(上下)』(白石朗訳/新潮文庫)
『告発者』の主人公、フロリダ州司法審査会の調査官レイシー・ストールツが活躍する第二弾。ある日レイシーは、自分を指名してきた謎の女性ジェリから、22年前、彼女の父親が現職の判事に殺されたと聞かされます。しかも他にも複数の殺人を犯しているというのです。信じがたい告発内容に動揺したレイシーでしたが、ジェリが人生をかけて集めてきた情報を元に調査を始めます。前作でさんざんな目にあって、今も心身ともにその影響が続いているレイシー。本来の調査対象は汚職や職務怠慢などなのに、証拠を残さず長期間に渡って殺人を繰り返しているサイコパスが相手とあり、読者も緊張の連続なのですが、その緊張をゆるめてくれるのが、意外にも前作も登場したレイシーの兄。妹も手を焼くなかなかのくせものですが、土壇場で思わぬ役に立ったりして、ちょっと憎めない存在です。本書を楽しく読みおわって感じたことが一つあります。リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』とかキャシー・ベイツ主演TVドラマ『マトロック』などで、老人は誰の目にも入らない、存在が自然に無視されているなんてシーンや台詞が出てきますが、レイシーのようなアラウンド40代の女性も、ある意味透明というか、ステレオタイプ化されているフィクションをよく見かけます。キャリア重視で、生活には不自由せず、気楽な恋愛を楽しんでいるタイプ、かたや仕事はそこそこ、夫婦共働きで幸せな家庭を築き、子どもの将来を第一に考えているタイプ。2,30代だとこれからの長い人生の出発点で選択肢も悩みも多く、50代以降なら引退や転職、健康上の不安など考えることが山盛りで、そんな人たちからすると40代は気楽に見えるからかなと思っていたのですが、本書は40代女性の複雑な心境をきちんと描いていて、とても好感が持てました。
*今月のシリーズ最終作本*
ジル・ペイトン・ウォルシュ『セント・アガサが揺れた夜』(猪俣美江子訳/創元推理文庫)
ケンブリッジ大学セント・アガサ・カレッジの学寮付き保健師イモージェンは、ある晩、有名なフェローが学寮の塔から転落死した現場に居合わせてしまいます。どうやら〈ハーディングの悪ふざけ〉と呼ばれる、学内に連綿と続く危険な悪習慣が原因のよう。この悲しい事件は公に事故死とみなされたものの、のちにその決着に満足していない人物がいることがわかります。親切な性分のせいで、カレッジのあらゆる問題に巻き込まれてしまうイモージェン。柿沼瑛子氏が解説で書かれているように、前作『貧乏カレッジの困った遺産』ではその性格が災いし、徹頭徹尾ダメ男の元カレに振り回されて酷い目にあった彼女に心から同情したのですが、本書ではやっと素敵なパートナーが見つかっていて一安心。ですがまたまた学生たちが持ち込んだトラブルで、ひと息つく暇もありません。人一倍責任感が強く、看護師としてのプロ意識も高いイモージェンのキャラクターはもとより、カレッジの特殊性やケンブリッジの街並みを堪能できたりとお気に入りのシリーズだったので、これで終わりなのがとても残念。そうそう、〈ハーディングの悪ふざけ〉のくだりで、映画『アナザー・カントリー』(1984)の、門限過ぎて部屋に戻れなくなったガイ(ルパート・エヴェレット)が雨樋を伝い登って図書室に忍びこもうとしたとき、ジャド(コリン・ファース)に助けられるシーンを思い出しました。ああいう建物って、ガーゴイルやクレストみたいなとっかかりが沢山あるから登りやすいのでしょうか。ちなみにあの映画、基本設定はケンブリッジですが撮影はオックスフォードで行われました。
*今月のイチオシ本*
シャーロット・ヴァッセル『果てしない残響』(山中朝晶訳/ハヤカワ・ミステリ)
えーっとまず白状いたします。実はこの本、表紙から推測してヴィクトリア朝あたりの物語だと勝手に思っていました! で最初のページに“ライクラ”とか〈ハーヴェイ・ニコルズ〉とあったので、? と思ってあわてて裏表紙を読み、あの時代はCEOとか呼ばれてなかったよなあ……と気がついたというお恥ずかしい次第。気を取り直してあらすじをば。テムズ川で溺死体が発見された事件の捜査にあたっているカイウス・ボーシャン警部は、その翌週、マッチングアプリで知り合った女性とのデートで小劇場を訪れたものの、彼女はドタキャン。そこで、知り合いが出演しているので来たという女性キャリーと意気投合したところ、なんとステージ上で大失態が発生。そのせいで近くの男性が死んでいたことが判明します。偶然の出会いからキャリーにすっかり心を奪われた警部は、慎重に彼女にアタック。そちらはうまくいったものの、溺死事件と、劇場の死体から浮かび上がった少女失踪事件の方はどんどん混迷を深めるばかり。そして謎の人物が捜査に介入してきた本当の理由とは何なのか。はたしてこれらには思いもよらないつながりが隠されていたのです。本書の最たる読みどころは、やはりボーシャン警部のキャラではないでしょうか。犯人を捕まえるためなら休みも食事も睡眠時間もなげうつ! みたいな、警官なら捜査に全力投球、私生活を顧みないのが当たり前のような悪しき公僕像とは対極の、仕事には真摯に取り組むけれども健康思考でおしゃれで余暇を大切にする主人公と、彼を慕う部下たちにほのぼのとします。エドガー賞受賞作の本書はシリーズ2作目なので、できれば1作目も邦訳してほしいです!
*今月の新作映画*
『MERCY/マーシー AI裁判』(1月23日(金)より公開中)

2029年のロサンゼルス。市警刑事のクリス・レイヴン(クリス・プラット)が目覚めると、AI判事マドックス(レベッカ・ファーガソン)の司るAI法廷で椅子に拘束されていました。そこはいままでクリスが逮捕した犯人たちが、有罪となって処刑された椅子でした。そこには弁護士はいません。妻殺しの容疑をかけられたクリスは、自分の無実を自ら証明しなければならず、できなければその場で処刑されるのです。制限時間は90分。その時間内であれば、公共の監視カメラやSNS、あるいは個人宅の防犯カメラであろうと、存在するどんなデータにもアクセスすることができ、証人として誰かと話をすることも可能です。しかし泥酔していたクリスは事件当時の記憶がありません。データを検証すればするほどかえって有罪率が上がっていくクリス。はたして彼は無罪を勝ち取ることができるのでしょうか。



上映時間は100分。つまり90分間の裁判がリアルタイムで進行していきます。本作を鑑賞中、もうこれ下手したら近い将来リアルになるんじゃないの? という不安がすっと頭をよぎりました。AIに言われるままに命を断つ事例も起きている現代、もう荒唐無稽とは思えない気がします。そんなAI裁判という近未来ディストピア設定なれど、実はミステリ要素が濃厚な本作。真犯人を見つけるために、証拠映像やメールのやりとり、被害者の同僚の証言などから、動機があり犯行が可能だった人物を絞っていく工程は、王道の謎解きミステリにならっています。2時間越えの映画が当たり前になってしまった昨今、短編ミステリのようにスピーディな展開で、100分で完結する潔さを味わってみてはいかがでしょうか。


◆〈AIが人類を処刑〉映画『MERCY/マーシー AI裁判』1月23日(金)日米同時公開!◆
| ♪akira |
翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2025年8月には、リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの慧眼』(田村美佐子訳/創元推理文庫)の解説を担当しました。
Twitterアカウントは @suttokobucho 。
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