今月もこんにちは! 年末ベストの投票が終わり、一安心したところでいきなり秋を通り越して冬の到来。急な寒さに対応できず体調を崩してしまい、今月は何冊か途中までしか読めなくて無念。

*今月の家族の秘密本*
キンバリー・マクリート『母の嘘、娘の秘密』(北野寿美枝訳/ハヤカワ文庫)

  仕事にも家庭にも完璧を求めるキャットは成功した弁護士。大学生のクレオはそんな母の過干渉にうんざりしていましたが、ある日しぶしぶ実家に帰るとキッチンには血の跡があり、キャットの姿がありませんでした。警察は捜査を始めますが、一向に行方はわからないまま。クレオが自分なりに調べを始めると、今まで母が隠していたことが少しずつ明るみに出てきます。物語は失踪するまでのキャットの視点と、キャットが失踪してからのクレオの視点で進んでいくため、読み手は両方の事実を受け取ることができるので、それを先に言っておけばよかったのに? とか、なんでそこを隠すかなあとか、理由はあるにしろかなりやきもきすることに。それにしても、見事に誰一人として“いい人”がいない。特に別居してる夫! その件も、娘はもう大人なんだから信用して話してあげてたら、なんて、つい前のめりに読んでしまうこと請け合いのサスペンスです。

*今月のアルゼンチン・ホラー本*
マリアーナ・エンリケス『秘儀』(宮﨑真紀訳/新潮文庫)

  舞台はアルゼンチン。息子ガスパルを連れて逃避行する父親フアンの章で始まります。一体なぜ、誰から逃げているのでしょうか。〈闇〉と〈教団〉という言葉が二人を、そして続く物語の主要人物たちを追い詰めていきます。暴力と殺戮が繰り返される、凄まじいまでに恐ろしく残虐な物語であることは間違いないのですが、定められた運命に命がけで抗って息子を守ろうとするフアンと、理不尽な人生を強いられながらも愛と友情を信じるガスパルが、闇の世界に堂々と立ち向かうさまに、とてつもない生命力を感じました。なされるがまま命を奪われることを甘受する狂信者たちと、それを糧にして権力を手にしようとする呪われた一族の醜さが増していくほど、ガスパルとパブロたちの無償の友情に救われます。どんなに恐ろしいことがあっても、どんな悲劇にあっても、ひとは生きていけるし、人生に楽しみを見つけたり、友情を育んだり、未来に希望を持つこともできる。不穏で怪奇な世界を生き抜く登場人物たちに圧倒されます。ガスパルの成長を絡め、独裁政権時代から90年代までのアルゼンチンの歴史を異界の叙事詩として描いた本書を読みながら、スペイン内戦の恐怖と悲劇を美しくも悲しいダーク・ファンタジーとして見事に映像化したギレルモ・デル・トロ監督の映画『パンズ・ラビリンス』を思い出しました。余談ですが、映画『プリティ・イン・ピンク』のドレスはもっと素敵じゃなきゃ! と盛り上がるエピソード、自分も全く同じ感想でした(しかもあの映画、ラストが原作本と大違いだったのでびっくりした思い出が)。作者もあの違和感をずっと抱いていたのかもと思うとちょっと嬉しい。

*今月のイチオシ本*
エリー・グリフィス『小路の奥の死』(上條ひろみ訳/創元推理文庫)

 有名人を多く輩出した学校の同窓会で、殺人事件が起きます。被害者の下院議員は、ミュージシャン、政治家、俳優など影響力のあるセレブたちの仲間の一人で、世間から注目を集めること必至。捜査責任者となった警部ハービンダー・カーは、部下の刑事キャシーがそのグループの一員だと知り驚きます。捜査を進めると、被害者が不気味な脅迫状を受け取っていたことが判明。そしてグループのメンバーたちは、21年前、ある生徒の死亡事故を目撃していたことがわかります。『見知らぬ人』『窓辺の愛書家』に続く作者の邦訳三作目は、過去の事件の回想と現在の状況が複数の視点で描かれるのですが、どこまでが真実でどこから虚偽なのかわからない絶妙な語り口は、まさに謎解きの醍醐味を味わわせてくれます。くわえて本書はハービンダーの私生活にもページが割かれていて、その行末にドキドキしながら、心の中で力一杯エールを送りました。映画『ラストサマー』的な展開になるかと思いきや、え、そっち!? それめちゃくちゃ怖いんですけど!!! と結末で明かされる真相には背筋がゾワっとすること間違いなしですが、もう一つのラストでとってもハッピーに。続編も期待しています!

*今月の新作映画*
『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』【2025年10月31日(金)全国ロードショー】




 IT部員として勤めていた会社が突然倒産してしまった主人公のルシア(マレーナ・アルテリオ)。未払いの賃金と父親の介護で、急いで職を探さなければならないルシアは、ふと乗ったタクシーの運転手との会話で、個人タクシーを始めることにします。まったく未経験の職種でしたが、たまに出くわすちょっとした危険もなんのその、自分のペースで働ける仕事は、予想以上に生きがいを感じさせてくれたのです。初仕事で乗せた女性ロベルタ(アイタナ・サンチェス=ヒホン)と世間話で盛り上がったルシアは、彼女に秘密の推し活について告白します。部屋に流れてきたオペラ『トゥーランドット』の美しい歌声に魅せられ、同じアパートに住んでいた男性と知り合ったのです。彼との出逢いが、無味乾燥だったルシアの人生を変えました。いつか彼が自分のタクシーに乗り込むことを夢見てマドリードの街を走るルシアでしたが、やがて物語は不穏なサスペンスの様相を呈していきます。



 ブエノスアイレス出身のアルテリオは、本作でスペイン版アカデミー賞ともいわれるゴヤ賞の主演女優賞を受賞しました。原題はオペラ『トゥーランドット』の有名なアリアと同じ「誰も寝てはならぬ」。スペインの作家フアン・ホセ・ミリャスの同名小説(未訳)の映画化だそうです。ルシアの運命はトゥーランドットの物語とどうかかわってくるのでしょうか。



 


タイトル『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』
something-happens.com
監督:アントニオ・メンデス・エスパルサ
出演:マレーナ・アルテリオ、アイタナ・サンチェス=ヒホン、ロドリゴ・ポイソン、ホセ・ルイス・トリホ、マリオナ・リバス、マヌエル・デ・ブラスほか

2023年/スペイン、ルーマニア/スペイン語/122分
カラー/アメリカンビスタ/5.1ch
原題:Que nadie duerma
字幕翻訳:杉田洋子
R15+
配給:反射光
配給協力:エクストリーム
© UNA PRODUCCION DE QUE NADIE DUERMA AIE – AVANPOST

▼公式サイト・SNS各種
 ・公式サイトsomething-happens.com
 ・X(旧Twitter):https://x.com/something_movie
 ・Instagramhttps://www.instagram.com/extreme__film/

 
◆映画『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』予告編◆2025年10月31日(金)全国ロードショー【公式】◆

 

♪akira
 翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2025年8月には、リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの慧眼』(田村美佐子訳/創元推理文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho








 

 

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