今月もこんにちは! なんと今月は解説を担当した本が2冊出ました。Netflixで映画化、8月28日(木)から配信されるリチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの慧眼』(田村美佐子訳/創元推理文庫)です。どうぞよろしくお願いします!


 
*今月のわんこ本*
ブレイク・マーラ『ロンドン、ドッグパーク探偵団』(高橋恭美子訳/創元推理文庫) アメリカから来たルーとロシアから来たイリーナはワン友同志。愛犬たちが散歩中に死体を見つけてしまい、ワン友グループは大騒ぎ。やがて被害者が以前ワン友の一人だったことが判明し、第一発見者としての責任(?)を果たそうと、ルーたちはあの手この手で犯人を探そうとするのですが、イリーナが担当刑事とお近づきになろうとして事態はさらに複雑に。そうこうしているうちに、愛犬家たちを恐怖に陥れる事件が起き……。南ロンドンが舞台のコージーミステリ第一弾は、登場人物表に犬の名前と犬種が載っているのも楽しく、どんな外見なのかネットで画像検索してみたくなります。先日公開された『スーパーマン』もそうですが、ワンコが擬人化されてなくて犬的本能のままに行動するのがめちゃくちゃ可愛いです! 続編も期待しています。

*今月のスパイ本*
マシュー・リチャードソン『スパイたちの遺灰』(能田優訳/ハーパーBOOKS)

 第二次大戦から冷戦時代に暗躍した伝説のスパイ“スカーレット・キング”から突然接触が! 大学で諜報史を教えているマックスが本人に会いに行くと、今まで最高機密とされていた活動の数々を本にして欲しいと頼まれたのです。何一つうまくいかなかった人生がこれで一発逆転! とまさかの幸運に浮かれたのも束の間、スカーレットは殺害され、自分はその容疑者となってしまいます。物語はスカーレットの諜報員時代とマックスのパートの両方が描かれるのですが、戦時中の緊張感とマックスの情けないエピソードの温度差になぜかぐいぐい引き込まれてしまいます。あと、そこかしこに挟まれる楽曲がなんとも絶妙で、特に最後のあの曲なんて「うわー、ここでこれ流れてきたら!」と恐れ入りました。一味違うスパイものをお探しならぜひ。

*今月のご近所事件本*
クリス・チブナル『ホワイトハートの殺人』(林啓恵訳/ハーパーBOOKS)

 英国情緒あふれる小さな村で猟奇的な殺人事件が発生します。全裸で椅子に縛り付けられていた遺体の頭には牡鹿の角が付けられていたのです。犯罪多発地域リバプールから異動してきた刑事ニコラは、こんな事件に慣れない部下たちと、排他的な住民たちに聞き込みを始めるのですが……。あの! 超最高面白ミステリドラマ『ブロードチャーチ』の製作総指揮が書いたミステリ! と出る前から猛烈に楽しみにしていた一冊は、まさに期待を裏切らない内容でした! 考えうる限り最悪の真相を視聴者に突きつけたドラマ『ブロードチャーチ』は、〈ものごとは見かけ通りではない〉〈誰しも秘密を持っている〉がてんこもりでしたが、本書も驚くべき事実が次々に暴かれていきます。妄想キャスティングのしがいがある本書、すでに映像化決定とのことで楽しみに待ちます!

 そして*今月のイチオシ本*ですが……今月はどうしても選べなかったので、同点一位3冊で!

*今月のイチオシ本*その1
マシュー・ブレイク『眠れるアンナ・O』(池田真紀子訳/新潮文庫)

 血まみれのナイフを手にしたまま昏睡状態で発見されたアンナは、それ以来4年間ずっと眠り続けています。睡眠状態での犯罪に詳しい犯罪心理学者ベンは、友人二人を殺害した容疑者である彼女を裁判にかけるため目覚めさせてほしいという当局の要請を受け、治療にあたります。ついにアンナが覚醒したその時、予想外の事態が彼を待ち構えていました。あの人は怪しいと思ってたけど……まさかそっち!! と、その真相にはストレートに驚きました! 

*今月のイチオシ本*その2
フリーダ・マクファデン『ハウスメイド』(高橋知子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ゴージャスな妻とハンサムな夫、そしてワガママに育てられた娘の3人が住む豪邸のメイドとして働き始めたミリー。前科持ちを隠して入り込んだ勤め先で、彼女はまず住み込みの部屋が尋常でないことに驚きますが、やがて雇い主のニーナの言動がどんどんおかしくなっていくことに気づきます。読者が「ヤバい!逃げてー!!」と心の中で叫びながら読み進んでいくと、事態はそんな程度で済まないのでした! 読み終わって呆然自失となること必至の一冊。ちなみに自分は「上には上がいる……(怖)」と思いながら本を閉じました。映画化も順調に進んでいて、ミリーは『恋するプリテンダー』のシドニー・スウィーニー、謎の妻はリズ・ムーア『果てしなき輝きの果てに』(竹内要江訳/ハヤカワミステリ)が原作の最新ドラマ『ロング・ブライト・リバー』の主演アマンダ・セイフライド、イケメン夫はコリーン・フーヴァー原作の映画『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』でアトラスを演じたブランドン・スクレナーが演じています。

*今月のイチオシ本*その3
ギヨーム・ミュッソ『アンジェリック』(吉田恒雄訳/集英社文庫)

 舞台は2021年コロナ禍のパリ。医学生ルイーズから、元オペラ座のエトワールだった母が3ヶ月前にアパルトマンから転落死した事件を探ってほしいと頼まれた元刑事のタイユフィール。しぶしぶ調べ始めると、同じ頃に彼女の上階に住んでいたイタリア人の画家が病死していたことがわかりますが、実はその2つの事件の背後には恐ろしい真相が隠されていたのです。『ブルックリンの少女』『パリのアパルトマン』等々、ええっ! なぜこんな展開を思いつくのか!! と毎回心底びっくりさせてくれたミュッソの新作は、今回も驚愕の展開が待ち構えています。本書は2022年の刊行で、コロナ禍のリアルさがひしひしと伝わってくる一冊となっています。訳者あとがきも必読ですよ!
 
*今月の新作映画*
『遠い山なみの光』【9月5日(金)全国ロードショー】





 戦後の復興が進みつつある長崎。妊娠中の主婦、悦子(広瀬すず)は、近所に住むシングルマザーの佐知子(二階堂ふみ)と知り合います。良妻賢母を是とする暮らしが当然だと思っていた悦子と、アメリカ人の恋人とアメリカで暮らすという夢物語のようなことを言い募る佐知子。まったく違う二人の距離は少しずつ縮まっていきました。それから何十年も経ち、悦子(吉田羊)はイギリスで暮らしています。ある日、イギリス人の夫との間にできた娘ニキ(カミラ・アイコ)が久しぶりに家に戻ってきて、母の日本での生活について知りたいと言うので、悦子は思い出を語り始めます。





 カズオ・イシグロの同名原作の映画化は、原爆の悲劇にあった長崎を舞台に、二人の女性の生きる姿、その時代の風潮や考えを、美しい風景と共に映し出します。大筋は原作通りですが、ミステリアスな脚色が施されており、すでに原作を読んだ人も、未読で後から原作を読む人も、どちらも楽しめるように作られています。「この物語は、日本の若い世代の人たちの手で映像化されるべきだと思っていた」という原作者の思いを受けて、戦争を知らない世代の石川慶監督が映像でどのように表現したか、ぜひスクリーンで観てみてください。




『遠い山なみの光』(原題:A Pale View of Hills)
公開表記:2025年9月5日(金) 全国ロードショー
監督・脚本・編集:石川慶
原作:カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』(小野寺健訳、ハヤカワ文庫)

キャスト:広瀬すず 二階堂ふみ 吉田羊 カミラ・アイコ
  柴田理恵 渡辺大知 鈴木碧桜 松下洸平 / 三浦友和

クレジット: © 2025 A Pale View of Hills Film Partners
配給:ギャガ
2025|日本・イギリス・ポーランド|上映時間:123分

▼公式サイト・SNS各種
 ・公式サイトhttps://gaga.ne.jp/yamanami/
 ・X(旧Twitter):https://x.com/apaleview2025
 ・Instagramhttps://www.instagram.com/yamanami_movie/
 ・TicTochttps://www.tiktok.com/@yamanami_movie
 


 

 
◆映画『遠い山なみの光』本予告映像【9月5日(金)全国ロードショー】◆

♪akira
 翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2025年8月には、リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの慧眼』(田村美佐子訳/創元推理文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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