30代半ばで夫に先立たれ、失意のどん底にあったスカイ・テイラーは、大都会ニューヨークをあとにしてのどかな田舎町ピジョン・コーヴにやってきた。生前、夫がプレゼントしてくれた掃除道具を抱えて。

 ピジョン・コーヴはメイン・ストリートにB&Bなど数軒の宿が並んでいる。ときおりそこに都会から来た客たちを迎える以外は、実に静かな海岸沿いの町だ。スカイはこの町で人生をやり直そうと決め、宿で掃除の仕事をしたり、新聞にコラムを書いたりして過ごしていた。通常の掃除ではどうにもならない汚れを落とすコツを身につけていたスカイは、その特技を生かして自らの人生の悲しみを少しずつ薄くする毎日を送ることになる。

 その日もスカイは友人が経営する宿でしつこい汚れと格闘していた。こびりついたガムを落とすには、なんといっても冷やすことがだいじ。冷たく固くなったガムなら、スクレイパーで剥がしやすくなる。この日本製のスクレイパーは優れものだ。それから、壁紙の汚れ落としのポイントは水分。水気で汚れをゆるめてからならスポンジで落とせる場合もあるから、壁などという目立つ場所の汚れを諦めるなんてもったいない……そんなぐあいで生来の掃除好きと仕事で培った汚れ落としハウツーをフル動員させ、スカイはしつこい汚れをあっという間に消し去ってしまうのだった。

 スカイは目についたあらゆる汚れを落としてすっきりしたあと、この宿の常連客のアベルの部屋の掃除にとりかかろうとする。すると、アベルが連れてきた猫が所在なげに佇んでおり、どうもようすがおかしい。そして、部屋の奥にはいっていくと、そこには死体となったアベルが横たわっていた。

 殺人事件の発生で、町の静けさは消え去った。スカイは被害者の第一発見者として警察の事情聴取を受ける。隅から隅まで頭に入っている馴染みの宿での事件。スカイは警察のどんな質問にも自信を持って応えた。ところが、ひとつ大きな問題があった。アベルが泊まっていた部屋の前にあった原因のわからない壁紙の汚れをすっかり落として、意図せずとはいえ事件の証拠を消してしまった可能性が出てきたのだ。

 犯人逮捕につながるだいじな証拠になるかもしれないものを消してしまった罪悪感から、スカイは独自に捜査を開始する。

 アベルはふだんは物静かで、アメリカの古い建築物の専門家だった。ふだんのようすからは他人に恨まれるような人物とは思えなかった。ところが、死体が発見された前日にアベルが町で衣料品店を営むジェシーと激しく口論しているところが目撃されていた。この情報から犯人逮捕に大きく進むかと期待されたが、目撃した人物はジェシーとのつきあいを理由に目撃内容を警察に証言することを拒む。捜査は振り出しに戻った。

 お互いがお互いをよく知る小さな町ならではの密な人間関係のなかで、警察の捜査は難航した。そこで人間関係のしがらみが少なく、天井から床まで町のなかの細部をよく知るスカイが活躍することになる。汚れ退治の職業がまさか殺人事件の捜査に役立つとは。

 本作 Scene of the Grime (2007) はスザンヌ・プライスによるコージー・ミステリ、〈汚れ退治シリーズ〉の1作目である。コージーのシリーズには料理やお菓子づくり、園芸、ペットなどにかんするうんちくが描かれることが多いが、掃除のコツや汚れ落とし方法を取りあげた作品は珍しいのではないだろうか。汚れ退治が事件捜査に大きく関わっている部分もあり、ユニークなシリーズ物になりそうだ。

 事実を小説のように物語るクリエイティブ・ノンフィクションを得意とする作家ジェローム・プライスラーとその妻スザンヌのユニットによる本シリーズは3作品が発表されている。不動産ディベロッパーが殺された2作目 Dirty Deeds (2008)と町で人気の獣医が犠牲となった3作目 Notoriously Neat (2009)でスカイがどんなふうに事件を解決し、どんな汚れ退治のコツを披露してくれるのか気になるところだ。

片山奈緒美(かたやま なおみ)
翻訳者。東京周辺の大学で非常勤講師としてコミュニケーション学、留学生の日本語、異文化理解などの科目を担当。多文化社会を描いた海外小説を題材に異文化理解を考える授業も行う。
最新の著訳書はリア・ワイス著『スタンフォードが教える本当の「働き方改革」』、日本語口語表現教育研究会著『社会を生き抜く伝える力 A to Z』(第3章担当)など。
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