今月もこんにちは! 配信のおかげで大人買いならぬ大人観(?)ができるのは、嬉しい反面とても危険ですよねえ。自分もつい先日、最近はまった『ワールドトリガー』を気づいたら4時間ぶっ続けで観てました……。そんなわけで今回は、全部続編しばりのラインナップでお届けします。

*今月のがんばってほしいけどあまり無理しないでね本*
リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』(羽田詩津子訳/ハヤカワミステリ)


引退した老人たちが住むクーパーズ・チェイスを舞台に、各々の知識と老人ならではのテクニックを駆使して殺人事件を解決したエリザベス、ジョイス、ロン、イブラヒムの4人。2作目の本書は、のっけからイブラヒムに大災難が! シニアものは病気も不安要素になりますが、若い頃と同じようには身体の自由がきかないとか、とっさの判断ができないとかも怖いんですよね……。頭脳明晰なイブラヒムだからこそ、そのショックは大きい。このシリーズは老人が思わぬ活躍をして拍手喝采!という面だけではなく年配の人たちに対する視線があたたかく、かつ自然なところが、読んでいてとても安心します。とはいえ本書では、不可解な殺人と2千万ポンドのダイヤモンドの行方を巡る謎解きから、エリザベスの素敵すぎる過去から現在、そしてジョイスとロンのナイスアシスト等々、読者の期待を裏切らない一冊になっています。ところで人物表のボグダン、〈建設業者〉ってざっくりとした肩書き、いいですね! いや、間違っちゃいないんですけど(笑)。

*今月の手に汗握る法廷本*
ジェフリー・アーチャー『悪しき正義をつかまえろ』(戸田裕之訳/ハーパーBOOKS)


〈クリフトン年代記〉のスピンオフとして始まったこのシリーズ、一作目の『レンブラントをとり返せ』(戸田裕之訳/新潮文庫)で親の反対を押し切って新米警官となった主人公のウィリアムはスコットランドヤードの巡査に抜擢され、大がかりな美術品詐欺事件を見事に解決。続く『まだ見ぬ敵はそこにいる』(戸田裕之訳/ハーパーBOOKS)で巡査部長に昇進したウィリアムは今度は新設の麻薬取締班で麻薬王を追いつめ、そして3作目の本書では内務監察特捜班を指揮する警部補として登場します。順調に昇進してはいるものの、全く違う畑で捜査にあたるのは大変だろうなあと思いつつ、読み手にしてみれば毎回こんなに贅沢な展開で楽しませてくれて言うことなし。なかでも今回の内務調査というのは、同僚を疑うという最も精神的にしんどい仕事で、読みどころも満載。でも実は本書で自分が最もおすすめしたいのは、法廷シーンなんです! 法廷弁護士であるウィリアムの父と姉が手を組み、狡猾な麻薬王とその弁護士を相手にくりひろげる丁々発止の様子が、それはもう息詰まるほどの面白さ! 内部調査とリーガルの両方が楽しめるお得本です。よかったら1作目からぜひ読んでみてください。

*今月の胸アツコンビ本*
アリスン・モントクレア『ロンドン謎解き結婚相談所 疑惑の入会者』(山田久美子訳/創元推理文庫)


元敏腕スパイのアイリスと上流階級出身の未亡人グウェンの二人組が営む結婚相談所ライト・ソート。3作目の本書では事務所の規模を拡大し、なんと待望の秘書まで雇っています。そこに現れた新しい依頼人はアフリカ系の青年。初めてのことでとまどう二人でしたが、「世界を人でいっぱいに!」をモットーに依頼を引き受けます。でもなぜかグウェンには彼の言うことがほとんど真実に聞こえず、それを裏付けるような不審なできごとも起きたのです。今までの経験も踏まえて護身術を習いはじめたグウェンですが、そのことがいい方と悪い方両方に転がってしまいます。世にも人でなしの義父が突然アフリカから帰国しただけでも災難なのに、さらにシリーズ最大のトラブルに巻き込まれるグウェン。親友を救うためにアイリスは一体どんな活躍を見せてくれるのでしょうか。さて今回は解説でさらっと衝撃の事実が明かされています。それが何なのかは本書でお確かめくださいませ。

*今月のイチオシ本*
クラム・ラーマン『テロリストとは呼ばせない』(能田優訳/ハーパーBOOKS)


実家ぐらしで母親のご飯を食べながらのほほんとドラッグの売人をしていたムスリムの青年ジェイが主人公の『ロスト・アイデンティティ』(同)の続編の本書は、読み始めてすぐに「うわ! この作者、前作もすごかったけど一段と腕を上げた! すげー!!」と、興奮のあまりマジで声をあげそうになりました! 
ある理由でやむをえずMI5の任務を引き受け、そのせいで自分の人生がまったく変わってしまったジェイ。心身ともに傷ついた彼が新しく人生をやりなおそうと選んだ場所は、なんと区役所。ワイシャツとネクタイで出勤する超地味な毎日を過ごすうちに前作の潜入捜査とその後の事件で受けた衝撃は徐々に薄れていきましたが、彼はそこからさらに一歩進むことにしました。”あの事件のあと、無性に普通の、穏健な、いまどきのムスリムと交流したくなっていた”ジェイは、地元のコミュニティーセンターに行き、そこで数人の知り合いができます。過激なテロ組織とは一切関係ない彼らと話すことはジェイに生きる目的を与えてくれました。ところがある事件が起きたことで、その平和が徐々に崩れていったのです。いったんヘイトクライムの種が撒かれたらどうやって大きくなるのか、その被害者と加害者はどうなるのかなど、本書で一般市民の目から描かれた実情は大変衝撃的で恐ろしく、なおかつやるせない悲しみに満ちています。そのことを知るだけでも本書を読む価値はありますが、前作では巻き込まれただけの彼が本書では自ら行動をおこします。ムスリム青年の成長物語としても読みごたえがある作品です。犯罪行為や事件の描写はすさまじく、心拍数が上がりそうになりますが、今回も緩急のつけ方が絶妙で、主人公の友人になったような気持ちで「マジかよ」と笑ってしまう場面もたくさんあります。本書は三部作ですでに本国では刊行済みだそうなので、ハーパーBOOKSさん、なにとぞよろしくお願いします!!!

*今月の新作映画*
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』(12月1日公開)

舞台は19世紀末、ロンドン。父親の他界により、一人で母と5人の妹を養っていたルイス・ウェイン(ベネディクト・カンバーバッチ)は、教師として務めるかたわら、出版社にイラストの売り込みをしていました。やがて妹の家庭教師として雇ったエミリー(クレア・フォイ)と恋に落ちます。周囲の反対を押し切って結婚した二人でしたが、生涯で最も幸せな日々は長くは続きませんでした。



庭に迷い込んだ子猫をピーターと名づけ、病床のエミリーのために描き続けたピーターの絵が大評判を呼び、ルイス・ウェインはイラストレーターとして成功しますが、愛する人々を失った悲しみと経済状態の悪化は、やがて彼の精神状態を不安定にしていったのです。



映画は実話を元に、ルイス・ウェインの数奇な人生を、彼が描いた多くの猫の絵と、彼の目を通して見える世の中の風景、そして生涯愛しぬいた妻と愛猫ピーターとの思い出を、美しくも不思議なヴィジュアルでスクリーンに映し出します。ウェインを演じるベネディクト・カンバーバッチは、彼のために書かれた物語ではないかと思えるほどあまりにはまり役で、今後彼の代表作の一つとなることは間違いありません。妻役のクレア・フォイとナレーションのオリヴィア・コールマンの2人はドラマ『ザ・クラウン』で年代別にエリザベス女王を演じていて、二人とも同役でエミー賞を獲得。もちろん猫もたくさん登場します。特に子猫のピーターがそれはもう愛らしいので、猫好きな方はどうぞお見逃しのないように。


 


タイトル『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』
公開表記◆12月1日(木)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
コピーライト◆©2021 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
配給◆キノフィルムズ
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出演:ベネディクト・カンバーバッチ、クレア・フォイ、アンドレア・ライズボロー、トビー・ジョーンズ andオリヴィア・コールマン(ナレーション)
監督・脚本:ウィル・シャープ
原案・脚本:サイモン・スティーブンソン

2021年│イギリス│英語│111分│カラー│スタンダード│5.1ch│G│

原題:The Electrical Life of Louis Wain
字幕翻訳:岩辺いずみ
©2021 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
公式Twitter@louis_wain_film
公式HPlouis-wain.jp

 
12/1公開『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』予告篇

 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム<本、ときどき映画>を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho








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