今月もこんにちは! 最近なぜかハンドクリームがマイブームで、そのおかげで手がガサガサにならず、本を血まみれにすることなく過ごせています。

*今月の最終巻本*
アン・クリーヴス『炎の爪痕』(玉木亨訳/創元推理文庫)


ロンドンからシェトランドに移住してきたセレブ一家の敷地内に不気味な絵が描かれた紙切れが置かれます。その家では以前の持ち主が納屋で自殺し、すでに越してきていた一家の主人が遺体を目撃していました。その場所で、今度は若い娘の首吊り死体が発見されます。ペレス警部が登場する最終巻の本書は、被害者の過去、家々に隠された秘密、狭い共同体での濃密な人間関係という、このシリーズのファンの期待を裏切らない内容になっています。最愛の妻への喪失感をずっと抱いたまま地道に捜査に取り組む警部に、ある事実が突然彼に告げられるんですが、それに対する警部の発言に、自分は「え!? そんなこと言うの!!!? 嘘でしょー!!」とかなり驚きました。それが何かはぜひ本書で確かめていただきたい! ちなみに1月5日まで動画配信サイトGYAO!でドラマ『シェトランド』シリーズ1~4まで無料配信されています。ペレスのルックスも他キャラ設定もだいぶ変えられておりますが、シェトランドの荒涼とした風景や気候、話し方など、本書を読んだ方には楽しめるかと思います。
https://gyao.yahoo.co.jp/title/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%80%80%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA1/61b1855f-d4f0-44d6-923e-c95c24dfa6ae

*今月の愛のある解説本*
ハーラン・コーベン『ウィン』(田口俊樹訳/小学館文庫)


なぜ今あのウィンザー・ホーン・ロックウッド三世が主役の本が! と、思わず原書刊行日を確認した人も多かったのでは! なんとこれが2021年なんですよねえ。コーベン先生、忘れてなかったのね! ご存知のようにマイロン・ボライターのシリーズの最強(容姿、IQ、腕っぷし、資金、その他多数において)の相棒ウィンが主演の本書は、かつてロックウッド家が貸し出した先で盗難にあって以来行方不明だったフェルメールの名画が、ある家で遺体と共に発見されたことで始まります。この魅力的な出だしから、二転三転、駆け引きにアクション、謎解き要素も加わって読み応えたっぷりの本書なのですが、本編と同じぐらい素敵なのが三角和代氏による愛のある解説! ああ、本当に好きなんだなあという書き手の思い入れが強く伝わってきて嬉しくなってしまうような内容で、なおかつシリーズの魅力もばっちりわかるという、推しパワー全開のウィン入門ガイド。このシリーズ初心者にも長年のファンにもオススメですよ!

*今月のイチオシ本*
アジェイ・チョウドゥリー『謎解きはビリヤニとともに』(青木創訳/ハヤカワ文庫)


主な舞台は現代のロンドン。かつてコルカタの警察で副警部をしていたカミルは、今はインド料理店〈タンドーリ・ナイツ〉のウェイター。それというのも、インドの大スター殺害事件を担当し、ある真相に気づいてしまったことでクビになってしまったのです。故郷を追われ、つてを訪ねて今の職についたものの、あと少しで不法滞在になってしまうと毎日ビクビク。そんなある日、お世話になっている一家の知り合いの大富豪が殺されてしまいます。刑事魂が湧き上がってきて独自に捜査を始めるのですが……。あのアビール・ムカジーも夢中になったという新しいインドのミステリは、現在の事件と免職となった事件、それぞれの展開が順を追って進んでいき、謎解きが二倍楽しめるのと同時に、舞台がレストランなだけに、聞いたこともないけれど絶対に美味しそうな料理がたくさん出てくるんです! タイトルからはユーモアミステリを連想しますが、なかなかシビアな事情も浮き上がっていろいろ考えることも多いので、読書会向けの一冊ではないでしょうか。

今月は「青春と読書」の“本を読む”に、カーマ・ブラウン『良妻の掟』(加藤洋子訳/集英社)の書評を書きました(http://seidoku.shueisha.co.jp/2301/read11.html)。この本、装丁がとても凝っていて、よく見るとシミがついていたり破れていたりするんです。そして本書を読んでからこの装丁を見直すと、なるほど!と感心せずにはいられないというデザインなのです。内容も装丁同様に大変不穏で凝っていてすっごく面白いので、ミステリファンもぜひ!

*今月の新作映画*
『イニシェリン島の精霊』(1月27日[金]公開)

パードリック(コリン・ファレル)は、島で1軒しかないパブに誘うため、いつも同じ時間にコルム(ブレンダン・グリーソン)の家を訪れています。パードリックとコルムは年が離れてはいましたが、村中の人たちが認める大の親友同士。ところがある日、二人の関係に異変が起きます。コルムが突然パードリックに絶交を言い渡したのです。理由も教えないコルムにひたすら困惑するパードリック。周囲の人々をも巻き込んで、なんとかその理由を知って関係を戻そうとすればするほどコルムの態度はかたくなになり、とうとう「これ以上、お前が俺を煩わせたら、自分の指を切り落とす」と言われてしまいます。どうしていいかわからないパードリックに、追い討ちをかけるような出来事が起きてしまい……。


監督・脚本のマーティン・マクドナー(『スリー・ビルボード』)は、アイルランド西海岸沖に浮かぶ架空の島を舞台に、長年の友人から突然一方的に断絶を言い渡された一人の男の困惑と、周囲の好奇心、知っていると思っていた人々の別の一面、そしてずっと平和で変わらないはずだった共同体が少しずつ変わっていくさまを、物語性豊かにじっくりと描きます。

『ミスター・メルセデス』のホッジス役も忘れられないグリーソンの頑固さもいいのですが、主役級の俳優だということを忘れてしまうほどパードリックという役柄を演じ切ったコリン・ファレルがとにかく凄い! そして脇役ながら、物語性の濃い作品で最も輝くバリー・コーガンも見逃せません。

なぜコルムは突然友人を拒絶したのか、これは観客にとっても大きな謎となります。主演の二人のどちらの立場になって鑑賞するかで、その真相は違ってしまうかもしれません。間違いなくずっと心に残る作品です。ぜひ。

 


◆タイトル◆
『イニシェリン島の精霊』
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◆公開表記◆
1月27日(金)全国ロードショー
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◆コピーライト◆
©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
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配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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■監督・脚本:マーティン・マクドナー「スリー・ビルボード」
■出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガンほか
■原題:The Banshees of Inisherin
■全米公開:2022年10月21日  
■配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 
2022年/イギリス・アメリカ・アイルランド 
©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
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『イニシェリン島の精霊』30秒予告:2023年1月27日(金)公開!

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム<本、ときどき映画>を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho








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