ブーツの形をしたイタリア半島の先に、石ころのようにぽつんと置かれたシチリア島があります。地中海のほぼ中央に位置し、ギリシア、ローマ、イスラムなど、さまざまな文化の影響を受けた島。マフィアの発祥の地であり、映画『ゴッドファーザー』のロケ地となった島。今月はそんなシチリアを舞台にした小説 グリエルモ・ディッツィアの “The Transaction”(2020) をご紹介します。

 物語は、主人公であり語り手であるディアンジェロという男が、イタリアのシチリア島を走る列車に揺られている場面で始まります。目指すはパレルモの先にあるフィガリアという小さな町。ミラノにある勤め先の指示で、土地を購入するのが目的です。現地での仲介役、ジュゼッペ・トンマジーニという男がフィガリア駅で出迎えてくれることになっています。しかし、列車が途中で故障して運行不能となり、ディアンジェロを含めた乗客たちは近くの駅まで歩くはめに。真夏の太陽にあぶられながら、一行はとぼとぼと歩きます。ようやく駅に着いても、そこからべつの列車が出るわけではなく、ディアンジェロは翌日、バスでパレルモまで行き、そこでフィガリア駅行きのバスに乗り換えます。
 しかしバスの運転手から、きょうはフィガリア駅には行かないと告げられます。駅で事件が発生し、警察の捜査がおこなわれていて入れないため、中心部から少し離れたバスターミナルで降りてもらうことになると。どうにかこうにかフィガリアに到着したものの、トンマジーニとは連絡が取れません。その後、トンマジーニがフィガリア駅で殺害されていたことがわかります。駅で発生した事件とはこのことだったのです。トンマジーニはマフィアの抗争の場に運悪く居合わせただけで、巻き添え被害にあったと警察は考えているようですが、どうしたわけかディアンジェロにしつこくつきまとい、前日からの行動を根掘り葉掘り訊いてきます。さらには遺族までもがトンマジーニの死はディアンジェロに責任があるとばかりに、敵意をむき出しにしてくるのです。

 ミラノ出身のディアンジェロがなじみのない南部シチリアで、なんとか出張の目的を果たそうと右往左往する様子が、野犬に襲われて大怪我を負ったり、宿の女主人から下心見え見えの待遇を受けたりといったエピソードを交えながら語られます。ディアンジェロの身に次々と降りかかる災難は、気の毒ながらも、思わず笑ってしまいますし、彼のすっとぼけたような、ひょうひょうとしたキャラクターがそのおかしさに拍車をかけます。
 出会う人たちも、どこかずれているような、おかしな人ばかりです。たとえば、乗ってきた列車の車掌。列車が故障して動かなくなったのは車掌のせいではないものの、その態度からは炎天下のなかを歩かせることを申し訳なく思う気持ちは一ミリも感じられず、予定が変わって困惑する乗客の役に立とうという姿勢もゼロ。そのあまりの素っ気なさには、すがすがしさすら感じるほどです。
 また、世話になる宿の女主人も変わっています。最初はディアンジェロを泊めることを渋っていたのに、なぜか態度を急変させ、かいがいしく料理をこしらえ、トンマジーニの葬儀に参列するというディアンジェロに亡き夫のスーツを貸してくれ、おまけに一緒に参列までするのです。けれどもディアンジェロのほうは、そんな彼女を少々うとましく思い、食事の時間にわざと帰らなかったりもするのです。
 こういった、ちょっとくすっと笑える場面がそこかしこで語られる一方、誰もが顔見知りである小さな町の不穏な雰囲気と得体の知れない気味悪さが全体にただよっていて、それがページを繰らせる原動力となっています。200ページ弱という短い小説ですが、とても濃密な時間が過ごせる作品となっています。

 著者のグリエルモ・ディッツィアはシチリア生まれ。ローマ、ニューヨークと移り住み、現在はカナダのトロント在住とのこと。俳優として活動していますが、2020年にこの “Transaction” で作家デビュー、2021年のカナダ推理作家協会賞新人賞を受賞しました。

東野さやか(ひがしの さやか)

翻訳業。最新訳書はローラ・チャイルズクリスマス・ティーと最後の貴婦人(コージーブックス)。その他、クレイヴンキュレーターの殺人』、『ブラックサマーの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』(ハヤカワ・ミステリ)、アダムス『パーキングエリア』(ハヤカワ文庫)など。埼玉読書会と沖縄読書会の世話人業はただいまお休み中。ツイッターアカウントは @andrea2121

●AmazonJPで東野さやかさんの訳書をさがす●

【原書レビュー】え、こんな作品が未訳なの!? バックナンバー一覧