田口俊樹
昨年はかさ上げして新装版と文庫版も加えると、都合十作上梓することができ、まさに豊年満作でした。ただ、自分としては数より質の年だったと言いたいです。やはりチャンドラーの『長い別れ』の新訳を出せたのが大きかった。わがことながら、全力をだしつくすことのできた仕事になりました。
プライヴェート面では、パンドラの匣を開けてしまったような世界の未曾有の出来事に、これまで自分なりに漠然と思い描いていた世界観があっけなく覆された一年でした。それでもパンドラの匣の中には最後にひとつ「希望」が残りました。この「希望」の解釈には諸説あるようですが、私は温存されたのだと思いたい。希うこと、それは誰もが持ちうる力です。
平和を希うみんなの力が実を結びますように。
よい年となりますように。
〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕
白石朗
あけましておめでとうございます。今年もよろしく。
三が日の東京は、抜けるような青空があの日につづいているような晴天つづき、外は正月みたいな空の日々でした。
大晦日から元日にかけての読書は(といってもつまみ食い読書です、すみません)トマス・M・ディッシュ『SFの気恥ずかしさ』(浅倉久志・小島はな訳/国書刊行会)。愚作を切って捨てるときの妖刀ばりの犀利な筆致がすばらしい。どこかに埋もれた『夜のエンジン』を掘り出したくなったほどです。そうそう、スティーヴン・キングの中篇「ゴールデンボーイ」を「キングの最高到達点」と評した1983年のトワイライト・ゾーン誌掲載の書評も収録されているので関係者は必読です。
〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS〕
東野さやか
去年の暮れから作家の阿津川辰海さんの『阿津川辰海 読書日記 〜かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』(光文社)を少しずつ読んでいます。ジャーロに連載している「ミステリ作家は死ぬ日まで、黄色い部屋の夢を見るか?」という読書日記をまとめたものですが、帯の「この熱量と文字量、どうかしてるぜ」のコピーに偽りなし! 一度読んでいるのに、あらためて圧倒されています。とにかくお勧め上手なんですよね。取りあげられるのが基本的に新刊で、連載が始まったのが二〇二〇年の十月と最近のため、紹介される本は新刊書店で購入可能、電子書籍版があるものも多いということで、ついつい買ってしまうんですよ。ええ、つい先日も、月村了衛さんの『悪の五輪』と『東京輪舞』をポチッとな、としてしまいました。すでに読んでいる本も再読したくなっちゃって、もういくら時間があっても足りません。
〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『キュレーターの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』、チャイルズ『ハイビスカス・ティーと幽霊屋敷』、クレイヴン『ブラックサマーの殺人』など。ツイッターアカウント@andrea2121〕
加賀山卓朗
ドラマのほうもSF寄りで、ドイツの『ダーク』というのを観まして。これ、タイムトラベルものなんですけど、私が過去に視聴したドラマのなかでいちばん難解でした。途中から理解しようとするのをやめて、やっと気持ちが楽になったという……だったら離脱しろよという話ですが、なぜかやめられなくて最後まで。あと先日、田口俊樹師匠から『ナルコス』と『エル・チャポ』を激推しされたので、ぜひ観なければ(『ナルコス』が先ですね?)。
それでふと思い出しました。ドン・ウィンズロウの『業火の市』がじつによかった。ウィンズロウでいうと、麻薬ものより好きですね。麻薬ももちろんすごいんですけど、読むとエネルギー使ってへとへとになってしまうので(個人の感想です)。『業火の市』は、終盤の主人公の変貌などまさにマイケル・コルレオーネで、ウィンズロウさん、さすがわかってらっしゃると思いました。今年は続篇が出るそうで、愉しみに待っております。
〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕
上條ひろみ
〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はグリフィス『窓辺の愛書家』。ハンナシリーズ最新刊『ココナッツ・レイヤーケーキはまどろむ』は1月13日発売です!〕
武藤陽生
あけましておめでとうございます。昨年あたりから何度かこちらでも書いた『ディスコ エリジウム』という化け物みたいなゲームがあるんですが、日本語版が発売されてから3ヵ月ほど経ちました。これはぜひ翻訳ミステリファンの方々にプレイしてもらいたい作品でして、個人的にも思い入れが深く、今年はこのゲームの実況配信に力を入れてやっていきたいと思っています。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕
鈴木 恵
さて、今年も多彩な新作をお届けできる予定です。まずは、一昨年『すべてのドアを鎖せ』で好評をいただいたライリー・セイガーの新作『夜を生き延びろ(仮)』(集英社文庫)。つづいては、11月の当欄でもお知らせしたジーン・ハンフ・コレリッツ『ザ・プロット(仮)』(早川書房)。そして目下鋭意翻訳中なのが、ジョー・ネスボのThe Kingdom (早川書房)。シリーズものではなく単発作品なのですが、なんと原書で550ページ(それもみっちり!)という大作です。本年もなにとぞご期待ください。