ミステリー研究会(ミス研)は日本の大学の専売特許ではなく、実は中国のごく一部の大学にも推理社という似たような団体があり、定期的に機関誌を刊行したり、所属メンバーが実際にプロデビューしたりしています。
 先日1月11日、西安交通大学のミス研221Aが連城三紀彦没後10周年を記念した機関誌を製作すると発表しました。募集するのは主に連城三紀彦作品のパスティーシュ、レビュー、翻訳などで、西安交通大学以外の学生じゃなくても、何なら社会人でも投稿していいそうです。締め切りは連城三紀彦の命日の10月19日で、完成予定日は連城三紀彦の誕生日に当たる来年の1月11日だと言うから芸が細かい。

 そもそも連城三紀彦って中国でそんなに人気なのかなと思って調べてみると、ここ数年間でも著作が毎年1、2冊翻訳出版されていて、レビューもそこそこ多く、いまのミステリー小説好きの中国人が当たり前に知っている作家のようなので、応募作はあっという間に集まりそうです。
 機関誌は正式に出版されて市場に出るわけではないので、刊行されても実際に手に入れられるか分かりませんが、どんな作者が生まれるのか分からないので今のうちに入手経路を確保しておかないといけなさそうですね。

 

 さて今度は実際に買って読んだ本の話を。

 中国には短編のミステリー小説を発表する場所と新人作家がデビューする舞台が少ないという話はこれまで何度かしてきました。その理由はひとえにミステリー小説の専門誌と賞が不足しているからです。そんな状況の中で作家や編集者ら有志が努力を続けていましたが、その中に自腹を切って賞金を捻出し、自分の名前を冠した賞を創設した華斯比という書評家・編集者がいました。そして先日、彼が編纂を手掛けたムック本『謎托邦』(MYSTOPIA・ミストピア)の第1弾「女偵探」(女性探偵)が出版されました。女性を探偵役とした短編ミステリーが多数収録され、中堅作家も新人作家もバランスよく採用している一冊です。中国でこのようなテーマを決めたミステリー小説短編集が出るのは珍しく、というかアンソロジー形式の本が出ること自体がまれなのですが、さらに女性探偵でまとめた本となると中国で初めてなんじゃないでしょうか。今回はこの本に収録された短編作品を一つずつ紹介します。

① 彼之蜜糖(時晨)
 会社の嫌われ者が同僚との食事中に亡くなった。死因はシアン化物中毒で、会社から持ってきたピーナッツミルクを飲んだ直後に苦しんだことから、犯人は同じテーブルを囲んでいた4人の同僚に絞られた。警察は毒性学のプロで大学教授の神婷に協力を仰ぐが、どいつもこいつも動機があるし、怪しいと見られていたピーナッツミルクからは毒物が検出されず捜査は難航。しかし神婷は被害者が死ぬ直前に辛い中華料理を食べていたことから、毒が盛られた経路を見抜く。
 被害者に毒物を摂取させる方法自体はありふれていましたが、中国ではポピュラーな辛い料理と甘いドリンクを隠れ蓑にする身近な犯罪手法から、作者が日常的にアンテナを張っていることが分かる作品です。

② 灯籠 鶏丁(孫沁文)
 鶏丁得意の密室ものであり、犯人が最初から分かっている倒叙ものでもあります。
 トタン板を溶接して作った小屋が全焼し、中から焼死体が見つかった。被害者が過去に幼児誘拐・販売犯として服役していた人物であることから、警察は復讐による動機と見て小屋を造った人物を追う。
 犯人がトタン板製の密室をわざわざ造って犯人を燃やした理由が焦点となる作品で、最後まで読むと「灯籠」というタイトルに大変悪趣味で美しい意味が込められていたことが分かります。

③ 橘珈琲的一次聊天(陸燁華)
 タイトルの日本語訳は「橘カフェでのおしゃべり」。橘カフェを訪れた客がそこの店長に近所で起きた女性の首吊り死について話題を振る。その客は単なる自殺に見える事件を、「女の勘」を理由に殺人だと疑い、ほとんど根拠のない推理を語る。
 取り留めのないことをしゃべっている会話劇なので、コーヒーよりもビールが似合いそう。結局それは殺人だったのか、そもそもそんな事件はあったのか——ユーモアミステリーが得意なこの作者らしい作品です。

 ④ 末灯抄(陸秋槎)
 作者と同名の少女・陸秋槎が登場する短編。ストーリーの三分の二ほどは、アイドル練習生たちの将来に向けた会話で占められていますが、言葉の端々や状況から、これ以上先に進めない頭打ちの絶望感が漂っている。青春小説でも読んだ気になっていたところに突然殺人事件が起き、状況証拠から陸秋槎が容疑者として逮捕されてしまう展開に。彼女は自分を守るために真犯人を推理するが……
 失敗すれば逮捕されるという渦中にいる少女の脳内だけで展開される推理がまさに怒涛の勢い。前半から中盤の青春小説パートもきちんと伏線になっています。美空ひばりの『川の流れのように』に対する後ろ向きな解釈が、この年代特有のひねくれ感を出していました。

⑤ 遊園驚夢(廖舒波)
 民国時代を舞台に、男女の数十年にわたる愛憎を描いた中編。人物同士の関係が複雑で、簡潔にまとめるのが難しい。
 民国初期、劇団一家の姉妹間で一人の男を巡って殺人と自殺が起きた。その劇団は解散し、その醜聞だけがいまに伝わる。後年、小説家がその姉妹の生き残りを見つけ出し、十年前当時の話を聞くと、実はその二人の死には別の姉妹が関係していたという事実を伝えられる。
 廖舒波は本書で唯一の女性作家。この点を見ると、女性探偵よりも女性作家特集の方がやる意味があったんじゃないかと思いました。

 ⑥ 滾!偵探(亮亮)
 タイトルは「どっか行け!探偵」。探偵が余計なことしかしないユーモアミステリー。
 観光企業から違法な立ち退きに遭っている村に助っ人としてやってきた女性弁護士と、現地で出没する「断頭鬼」という幽霊を退治するためになぜか呼ばれた探偵の田豊大のコンビもの? ただ、弁護士が無許可営業の闇探偵を認めるはずがなく、田豊大自身も突拍子もない行動しかしないから邪魔者扱いされる。そんな中、村で殺人事件が起き、村民は「断頭鬼」の仕業とみなし、田豊大はすぐに犯人を推理すると豪語するのだが……
 亮亮のユーモアミステリーはたいてい知能が低い探偵が登場するのですが、今作も同様で、空回りする田豊大とキレ者の女性弁護士と残酷な対比が描かれます。

⑦ 無面人奇譚(趙駿)
 中米ハーフのクリスティーナは外見とは裏腹に意地汚くだらしない性格をしており、食い意地が祟って腹痛を起こして入院してしまう。そこの同室になった女性から、病院に出るという顔のない化け物(無面人)の話を聞く。その後、別の同室の患者が殺されてしまい、クリスティーナはその怪談と事件に関連性を見出す。
 クリスティーナがヘイトを買いそうな造形なので、てっきり被害者役かと思いきや探偵役を買って出たので驚きました。本書で一番個性的なキャラクターでした。

 ⑧ 巨人之怒(柳薦棉)
 大学で殺人事件が発生。被害者の講師の部屋からテスト用紙の束がなくなっていることから、成績が悪かった犯人が再テストを狙ったのだと判断。現場に落ちていたIDカードからその持ち主の学生を容疑者と疑うが、真犯人による偽装工作の可能性も捨てきれない。警察は引きこもりの元警察官・梁雪から推理を聞くことにする。
 トラウマがあって部屋からほとんど出られない引きこもり探偵・梁雪シリーズ。

 ⑨ 星之悲劇(凌小霊)
 ある家の殺人事件に居合わせて、被害者の3人の娘や秘書と一緒に容疑者にされてしまった占い師探偵。彼女はすでにある証拠から犯人に目星をつけており、怖いからという理由で一人の警察官だけに自身の推理を語る。
 動機が秀逸なのと、被害者は殺されるべくして殺されたなと納得する一作。実は『華日大学ミス研競演』で日本語に翻訳されています。

⑩ 晩清民国偵探小説中的“女偵探”(戦玉氷)
 1800年代末から1900年代中間の中国のミステリー小説にいつ女性探偵が登場し、そのイメージがどのように変遷したのかをまとめた小論文。読んでみると、1907年に『中国女性偵探』なる短編小説集が出版され、「中国の女シャーロック」なるキャラクターが生まれていたことが分かります。さらに時代を経ると、夫婦探偵や女性が探偵で男性が助手をする定型が生まれ、またホームズではなくルパンをもとにした「女性義賊」まで書かれたということまで明らかにしています。

 

『謎托邦』は今後、日常の謎や特殊設定ミステリー特集も出すらしいです。その姿勢自体は応援しますが、作家が固定されそうなのが少々不安。実際本書も知っている作家の名前が目立ちますからね。希望を言えば、新人作家を発掘するのと並行して、これまでほとんど長編しか書いてこなかった作家に短編を書かせて、新たな才能を見出してほしいです。

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
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・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737








現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


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