先日収納の見直しをしていたら1980年、JAPAN(*1)のジャパン・ツアーのパンフレットが出てきまして、見開き広告がポール・ニューマン出演のブレンディ(*2)でWow!となったり、この時代の素敵にキッチュなファッションや音楽が懐かしくなったりしたので、設定が80年代で当時のカルチャーが満載のこちらにおつきあいください。『ブロンド娘の野望―NYのセレブなパーティガールの、想像を絶する華やかな日常と恋の日々』(佐竹史子訳/ヴィレッジブックス)のプラム・サイクスがオックスフォードのカレッジを舞台に描いたミステリ “Party Girls Die in Pearls : An Oxford Girl Mystery”(2017)です。

  *1 UKのニューウェイヴ・バンド。最初は日本でだけ異様に人気があった。個人的には、少し後のニューロマンティック全盛期まで解散をはさまず活動する姿が見たかった。
  *2 キャッチフレーズは「Keep Your Smile(友よ、微笑みをかわそう)」。CMソングはイングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーによる同名曲だった。

 1985年秋、新入生たちが重厚で荘厳な佇まいの学寮に集う入学初日。田舎の農場出身でずっと女子校、2人の祖母たちに育てられた奥手なアーシュラはアメリカからやってきたナンシーに出会い、意気投合。ナンシーは流行のカラフルな服装をした社長令嬢で、オックスフォードでの目標はイギリスに来たんだから貴族とつきあうこと、と言いきる率直さが憎めない。がんばって服装に気を配ったつもりが、そう見えるのを避けたかった「ベアトリクス・ポターみたいでイギリスぽくてキュート」と言われても彼女ならなぜか許せる。
 アーシュラは競争率の激しい学生新聞チャーウェルの執筆陣に加わることが願いで、自分は華やかな大学生活とは無縁だと考え勉学に励むつもりだったが、ナンシーに巻きこまれ、そして美貌のために、「シャンパン・セット」と呼ばれるオックスフォードの貴族を中心としたセレブなメンバーからパーティ招待状が何通も届くことになる。正直言うと悪い気はしないが、容姿だけで知りもしない相手に招待を送ってくるってどうなの? 貴族のウェンティなんて、アーシュラが地味な服装をしていたときは失礼な態度だったのに、ドレスコードのあるパーティで祖母の若い頃の手作りドレスでファッショナブルに装ったとたんに言い寄ってきて、ハンサムなことと爵位を理由にえらそうであきれる。ウェンティの恋人のインディアも彼といい勝負の性格の悪い子で、「わたしたちは現代的になるべき」という口実ですでに決定されていた《ハムレット》の配役を男女で交換して主役だったはずの男子がオフィーリアを、自分がハムレットを演じると勝手に決めてしまい、まわりに喧嘩を売っているようにしか見えない。
 朝いちばんの枠で初の個人指導授業のためにアーシュラが担当教授の部屋に向かうと、教授は不在で、長椅子にはインディアがパールをちりばめた昨夜のパーティドレス姿のまま死体となって横たわっていた。喉をざっくり掻き切られている。犯人は教授? それとも昨夜喧嘩していた恋人のウェンティ? その日の学生新聞の面接でアーシュラが第一発見者だとわかると、事件についていい記事を書けば――謎を解き明かしてみせれば――採用される可能性大と言われる。高い要求だが記者になるために、なんとしてでも記事を成功させたい! 記事のために関係者に話を聞くチャンスのパーティやお茶会は断れないけれど、この調子で個人指導のためのエッセイを書く時間を捻出できるのか。どちらも締め切りは1週間後だ。

 ファッション、恋愛、音楽、そしてカレッジの興味深いしきたりや図書館の複雑怪奇な貸し出し手続きなどオックスフォードの小ネタがたくさん、サクッといける軽い読み心地で楽しい作品です。世界中から学生が集まる学校なので、親友ナンシーの他にも、オーストリアの元王族出身という新入生案内係、兄貴的な新聞のゴシップ・コラムニスト、ディスコダンスがうまい女子注目のナイロビ出身のイケメンと個性豊かな面々が集まって飽きさせない。当時のドラッグ事情など赤裸々な部分も。「アガサ・クリスティーは全作品読んだ」アーシュラがこつこつと聞き込みを重ねて真相にたどり着く姿勢も好感を持てていい感じ。謎解きの行方もですが、参考資料の深い読み込みが必要な歴史のお題を出されたアーシュラがエッセイを書きあげられるのか、がんばれ新入生という気持ちでそこも手に汗握ります。オックスフォードの情報や80年代の用語を中心に、結構な脚注が入っているのも本書の特徴です。ミステリ要素の高い表現で、「いや?! いまならそれはアウトですよね」と思った箇所にちゃんと脚注が入っていて納得しちゃいました。

 著者プラム・サイクスはオックスフォード大ウースター・カレッジで現代史を学んだ後、ファッション・ジャーナリストとして活躍し、ヴォーグ誌に寄稿。小説の執筆も手がけるように。現在は家族でロンドン住まい。謝辞によると、大おばさんがP・D・ジェイムズの編集者だったそうで、ミステリ執筆についてもらったアドバイスににやり、ですよ。

三角和代(みすみ かずよ)
訳書にグレアム『罪の壁』、ブラウン『シナモンとガンパウダー』、タートン『名探偵と海の悪魔』、カー『連続自殺事件』、リングランド『赤の大地と失われた花』他。ツイッター・アカウントは@kzyfizzy

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◇JAPAN 1982年のラストツアー初日 日本武道館公演を収録したライブアルバム


◇「キープ・ユア・スマイル」収録アルバム