今月もこんにちは! あらすじ紹介だけ読んでなんとなく自分向きじゃないかも……となかなか手を出さない本ってたまにありませんか? ところが読んでみたら完全にどストライクで、すみませんでした! と自分が全方向に謝りたくなったのがジェイムズ・ケストレル『真珠湾の冬』(山中朝晶訳/ハヤカワミステリ)。元陸軍大尉の刑事が真珠湾攻撃で運命を狂わされながらも惨殺事件の犯人を執念で追いつめる熱のこもったミステリです。まさしく激動の物語で、ラストでは筆者の頭の中に東映や松竹のマークが浮かびました! 先入観に惑わされないよう反省します!

*今月の帰郷本*
エヴァ・ビョルク・アイイスドッティル『軋み』(吉田薫訳/小学館文庫)


 レイキャヴィークの警察を辞めて生まれ故郷のアークラネスで刑事となったエルマは、海岸で見つかった不審遺体の事件を任されます。身元は30年ほど前少女の頃ここに住んでいたエリーサベトだと判明しますが、夫によると妻はこの町を嫌い、けして近よらなかったというのです。本書の舞台アイスランドは国自体が小さく、誰もが誰もを知って/知られていて当たり前のような環境。本書には、知られたくないことを隠すために心理的な壁を築いて偽りの日々を送る人々が少なからず登場します。ところが何かの拍子に壁が壊されたとき、悲劇は起きてしまうのです。最後に明かされるもう一つの真相も悲しく心に残る作品です。

*今月のリアルタイム本*
マイクル・コナリー『ダーク・アワーズ』(古沢嘉通訳/講談社文庫)


 2020年の大晦日、深夜勤務にあたっていたレネイ・バラード刑事は年越し恒例の発砲が原因の銃撃事故に遭遇。のちに殺人と断定され捜査を始めると、ボッシュがLAPD在籍時に担当した未解決事件で同じ銃が使われていたことが判明します。最近はコロナ禍を設定したミステリもたくさん出てきましたが、本国で2021年に刊行された本書は、パンデミックのLA住民たちのリアルな日常描写はもちろん、Black Lives Matter運動や議会襲撃事件といった、執筆当時のタイムリーな事件に正面から向き合って物語に組みこんでおり、そのうえで謎解き警察ミステリとしての完成度もめちゃめちゃ高くて、読んでいて鳥肌が立ちました。レネイとボッシュが互いをプロとして尊敬し、信頼し合う関係もひたすらうらやましい!

*今月のイチオシ本*
ピーター・スワンソン『だからダスティンは死んだ』(務台夏子訳/創元推理文庫)


 ボストンに引っ越してきた版画家のヘンと夫のロイドは、ご近所のパーティで隣に住むマシューとマイラ夫妻と知り合います。お互い子供がいない夫婦として仲良くなればと、夕食に誘われて訪れた家でヘンは衝撃を受けます。過去の未解決殺人事件で犯人に持ち去られたと思われる証拠の品を、マシューの書斎で見つけてしまったのです。彼を殺人犯と断定したヘンは、彼の行動のすべてに目を光らせるようにするのですが……。はい、ここから先は本書で!と書くしかないスワンソン節全開のサスペンス。今回も期待にそぐわぬ気持ち悪さなんですが、〈熟成された静かで深みのある気持ち悪さ〉にワンランクアップ!という感じで、その分不気味さが増したような気がします。村上貴史氏の解説でも言及されていますが、とにかく邦題が絶妙! 読み終わってジワジワきますよ! そして本書を読みながら思い出したのが、2月17日(金)公開のパク・チャヌク監督最新作『別れる決心』。ある事件の被害者の妻と、彼女に疑いを抱く刑事との間に漂う妄執と思慕を、フェティシズムたっぷりにストイックに描くという超絶技巧のサスペンス映画です。本書とあわせてぜひどうぞ!

*今月の新作映画*
■『対峙』(2月10日[金]公開)■

 小さな教会の別室で、ひとりの女性がそわそわと落ち着かなく部屋を設えています。そこにセラピストがやってきて冷静に指示をしたところで、二組の夫婦が到着します。どうやら初対面のようなのに、なぜか相手のことを知り尽くしたような雰囲気が漂っています。そしてようやく口を開くと、互いの子どもについて話し始めますが、実は片方の話は殺された子どものきょうだいについて、もう片方は殺した子どもの幼い頃の話でした。実は彼らは6年前のスクールシューティングの被害者と加害者の両親。被害者両親の希望で、初めて加害者両親と話し合いが行われることになったのです。



 被害者の両親は、加害者がそんな事件を起こした理由を知らずにはいられず、加害者両親に答えを求めます。ところがそれを知りたいのは加害者両親も同じでした。なぜなら息子は犯行直後に自殺を図ってしまったからです。本作は、双方の両親がいまだに事件に囚われていること、真相がわからないまま時間だけ経ってしまったことを、飾り気のない一室で行われる会話と表情のみで観客に訴えます。ステイシー・ウィリンガム『すべての罪は沼地に眠る』(大谷瑠璃子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、加害者の娘の主人公が、それゆえなかなか幸せに踏み切れない辛さを描いています。本作の親たちは話し合いで心の平穏が得られるのか、それともさらに傷を深めてしまうのか。重いテーマに取りくんだ4人の役者の鬼気迫る演技をご堪能ください。


  


◆タイトル◆
『対峙』
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◆公開表記◆
2023年2月10日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国公開
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◆コピーライト◆
© 2020 7 ECCLES STREET LLC
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■公式サイトhttps://transformer.co.jp/m/taiji/
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監督・脚本:フラン・クランツ(初監督)、『キャビン』、TVシリーズ「ドールハウス」(出演)
出演:リード・バーニー TVシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」
  アン・ダウド『へレディタリー/継承』
  ジェイソン・アイザックス『ハリー・ポッター』シリーズ
  マーサ・プリンプトン『グーニーズ』
2021年アメリカ / 英語 / 111分 / ビスタ / カラー / 5.1ch / 映倫G
配給:トランスフォーマー
■公式サイトhttps://transformer.co.jp/m/taiji/
■Twitter: @taiji_movie

 
 
■2.10(金)公開『対峙』加害者両親と被害者両親による人生をかけた対話|本予告

  
■映画『別れる決心』予告編 2023/2/17(金)公開

  

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム<本、ときどき映画>を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho










 

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