田口俊樹

 本サイトでも告知がありましたが、書評家の北上次郎さん(目黒考二さん)が先月19日に亡くなりました。
 去年の十一月初旬には、目黒さん、同じ長屋の住人の鈴木恵さん、早川書房のYさん、私の四人で府中に出陣したのですが、そのときには元気だったのに。後知恵ながら、咳をしていたのがちょっと気にはなったけれど。
 去年の十二月に受診したときにはもう手遅れだったそうです。
 ほんとうに突然でした。
 これって目黒さんらしいのかどうなのか。
 あんなに検査が好きな人だったのに。
 奇しくも本稿掲載予定の2月2日が葬儀です。
 残念無念としかほかにことばがありません。

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

今月はお休みです。

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

 いま、奥田英朗さんの『リバー』(集英社)を読んでいます。奥田さんの作品はほぼ全部読んでいて、『イン・ザ・プール』(文藝春秋)に始まる精神科医・伊良部のシリーズも、『家日和』(集英社)などの平成の家族小説シリーズも、さらにはエッセイもおもしろいですが、わたしがいちばん好きなのは、こういう群像劇スタイルで描かれた犯罪小説です。
 話ももちろんおもしろいのですが、小説の舞台が群馬県の桐生市と太田市、そして栃木県の足利市と、よく知っている場所ばかりなので、よけいにのめりこむように読んでしまいます。駅の名前や町名が出てくるたびに風景が目に浮かんでしまうんですよね。あの地域の空気感もたっぷり伝わってきて、そうそう、そんな感じだよね、とうなずきながら読んでいます。残り四割(電子書籍で読んでいるので、ページ数がわかりません)、ここからどう展開していくのか、今夜はお風呂で一気読みしてしまいそうです(のぼせるからやめなさい)。

〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『キュレーターの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』、チャイルズ『ハイビスカス・ティーと幽霊屋敷』、クレイヴン『ブラックサマーの殺人』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

 目黒考二さん(北上次郎さん)の訃報に茫然としている。『極私的ミステリー年代記』『冒険小説の時代』『ベストミステリー10年』『昭和残影』『目黒考二の何もない日々』『情痴小説の研究』も、いまなお本棚の「神棚」の位置にある。古くはディック・フランシスの魅力を教えてもらったのも、目黒さんの書評だった。自分が訳した本の書評をいただいて勇気づけられたことは数知れない。競馬場だったか、読書会だったか、初めてお会いしたときには一ファンとして興奮した。
 人間にはフローとストックのタイプがある、と誰かから聞いた。たとえば知識についても、入れては出すことを重視する人と、蓄えたり整理したりを重視する人と。書評家にはどちらかというと後者のタイプが多そうだけれど、目黒さんは前者ではないかと思っていた。ただし、ふつうの人の流れが小川だとすれば、目黒さんはダムの放流ぐらいの水量があるので、フローがそのままストックになっていた。そう思う。私淑していた。本当にありがとうございました。

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕

 


上條ひろみ

 翻訳ミステリー大賞の予備投票が終わったので、一月は積ん読になっていた本をガンガン読みました。そのなかからおすすめ本をご紹介。
 まずは、アリス・フィーニー『彼は彼女の顔が見えない』(越智睦訳/創元推理文庫)。気づいたときにはもうすっかり著者の術中にはまっていて、ううむ、わたしとしたことが、と気を取り直して読み進むと、さらに深みにはまっていって道を見失い、どこでまちがったのかわからないまま読み終え、ひー、まじかよーとなる案件です(どんなだよ)。どんな予想も覆される、どんでん返しの世界へようこそ。離婚の危機にある夫婦が旅行に出かけるが、夫には相貌失認の症状があり、タイトル通り〝彼は彼女の顔が見えない〟のがミソ。この設定がうますぎる。夫婦で視点を切り替えながら物語が進んでいき、そのあいだに毎年結婚記念日に書き記された手紙がさしはさまれるのもスリリングです。
 
 ジェローム・ルブリ『魔王の島』(坂田雪子監訳・青木智美訳/文春文庫)は、去年の夏YouTubeで配信された「夏の出版社イチオシ祭り!」で取り上げられた本。書読み終わったあとも「???」と考えてしまうという評判どおり、まさかこうくるとは!という超絶ウルトラCの連続で、いろいろな解釈ができそうな作品です。帯の「彼女のはなしは信じるな。」はそういう意味だったのね。最後の最後に明かされる真実はつらすぎて、お世辞にもいい読後感とは言えないけど、脳みそトリプルアクセルのあとなので、とりあえず決着がついてよかった。
 
 マルカ・オールダー、フラン・ワイルド、ジャクリーン・コヤナギ、カーティス・C・チェンによる『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』(吉本かな、野上ゆい、立川由佳、工藤澄子訳/竹書房文庫)は、2033年の分断された東京が舞台の近未来サスペンス。中国、アメリカ、日本、政治家、反社会勢力、レジスタンス、さまざまなイデオロギーがぶつかりあい、なかなか複雑なストーリー展開だけど、テレビドラマのエピソードのように、全体を「シーズン1」とし、エピソード1からエピソード10までの連作短編になっているのがおもしろい。おもしろくなってきたところでシーズン1が終わってしまうのもドラマ風。チロルチョコとかロイヤルホストとか、隅田川でお花見とか、日本文化が詳細に描かれているのがなんだか不思議。
 
 最後はマイクル・Z・リューイン『祖父の祈り』(田口俊樹訳/ハヤカワ・ミステリ)。パンデミック後の治安が悪く物資も乏しい街で、愛する娘と孫(と犬)を守ろうとする老人の奮闘ぶりが痛々しくも心強くて、ほんとうにいい話です。家族っていいなあ。でも、情報がまったくないということがこんなにも恐ろしいとは。解説は北上次郎さん。読了後のお楽しみ、長いまわり道が楽しい解説を堪能した直後に、北上さんの訃報を知りました。長らくわたしたちの読書生活の指針となってくださった北上さん。好きな本については熱く語り、たとえ本の内容は忘れてもおもしろい本だということさえ覚えていればいいのだ、と教えてくださった北上さん。拙訳の『強盗請負人』を七福神で取り上げてくださったとき、とびあがるほどうれしかったです。しかも刊行月の翌々月だったのに。ご冥福をお祈りします。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はフルーク『ココナッツ・レイヤーケーキはまどろむ』〕

 


武藤陽生

今月はお休みです。

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

「うなだれる」という言葉を仕事で使うたびに、いつもかならず目黒孝二(北上次郎)さんを思い出していました。正確に言えば目黒さんをというより、目黒さんが《本の雑誌》に連載していた「笹塚日記」ですね。憶えている人も多いかもしれませんが、そこによく「うなだれて四階へ」というフレーズが出てきたのです。それがちょっぴり愉しそうでもあり、とても好きでした。
 わたしは目黒さんの一ファンにすぎませんが、いちばん好きだったのが何を隠そう、この「笹塚日記」でした。これは現代の『仰臥漫録』ではないか。あのころはそんなふうにさえ思っていました。
 あとは目黒さんが藤代三郎の筆名で週刊《Gallop》に連載していた「馬券の真実」。これも愛読していました。どちらにも共通しているのは、そこはかとない哀愁です。
 一読者として、とても寂しくなります。
〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好きの涙腺ゆるめ翻訳者。最近面白かった映画は《ケイコ 目を澄ませて》。ツイッターアカウントは @FukigenM