今回は米海軍の空母〈エイブラハム・リンカーン〉を舞台にしたブランドン・ウェッブとジョン・デイヴィッド・マンの Steel Fear(Canelo Action/2021年)を取り上げます。

 任務を終えてペルシャ湾を航行中の打撃群に所属する〈エイブラハム・リンカーン〉。
 そこにSEAL(海軍特殊部隊)隊員の狙撃手、フィン上等兵曹が乗艦する。特殊部隊は分隊単位で艦船に乗り組むことが慣例でありながら、フィンは乗組員からの問いかけにも「特別な任務のため」と多くを語らない。
 三日後、ホルムズ海峡を通過する直前に管理部門のスコーフィールド大尉が艦内から姿を消す。
 すぐに捜索が開始されたものの、数時間後には部屋から遺書が発見される。イーグルバーグ艦長は自殺と断定するものの、乗組員から事情を聴取したジャクソン艦隊・指揮先任上等兵曹は何かがおかしいという印象を拭えないでいた。
 更に数日後、フィンは飛行甲板でのFOD(航空機に支障を及ぼす異物)除去作業中に注射器のキャップを発見するが、直後に今度は戦闘機パイロットであるシフリン大尉が行方不明となる。
 シフリンの遺書も見つかったものの、スコーフィールドと同じく印刷されたものだったことに加えて注射器のキャップ、そしてフィンの態度が気になったジャクソンは、情報士官のデサイ大尉に調査を依頼する。
 その結果、フィンが所属する分隊はイエメンのムカラという街でAQAP(アラビア半島のアルカーイダ)の隠れ家を急襲したものの、敵は五キロほど離れた場所で住民を殺害していたこと、そして何故かフィンだけが〈リンカーン〉でカリフォルニア州のコロナド海軍基地に戻るよう、命令が下されたことが明らかになる。
 司令部はフィンを問題のある人物と判断、対応策を協議する時間稼ぎのために輸送機ではなく空母に乗艦させることにした、とデサイは推測していた。
 スコーフィールドとシフリンの件で再調査を却下されたジャクソンは、デサイに加えて法務士官のアングラー少佐、軍医のスティーヴンス大尉の協力を得て独断で真相を突き止めようと試みる。
 特殊部隊隊員の選考に関わっていた同僚に連絡を取ったスティーヴンスは、フィンが幼い頃に両親と死別して南カリフォルニアの犯罪多発地域で育ったことを知るが、「あの男は危険だ」と警告も受ける。
 更に上等水兵が一名行方不明となり、切断された人差し指が飛行甲板で発見されるに至って打撃群を率いるカークランド司令官が介入、イーグルバーグ艦長もジャクソンに捜査を命じざるを得なくなるが……

 序盤は、ムカラでの作戦が失敗に終わり、不可解にもコロナドに呼び戻される状況の中、空母内をくまなく歩き回り、人的ネットワークを形成して情報収集を行なうフィンの姿が描かれ、その驚異的な観察力と記憶力が披露される。
 ところが乗組員が失踪する事件が立て続けに起こり、下士官を束ねる立場にある艦隊・指揮先任上等兵曹のジャクソンが登場する。
 ジャクソンが情報士官や軍医の協力を得て調査を進めていくと、フィンが乗艦してきた理由の曖昧さが明らかになり、彼にも疑いの目が向けられる。フィンは空母に放り込まれた理由を探るのと同時に、乗組員失踪事件の容疑者となった自身の潔白を証明しなくてはならない状況となる。
 物語はフィンだけでなく、大柄な黒人で、クリスチャンでありながらブードゥー教も信じている祖母の影響を引きずっているジャクソン、そしてヘリコプターの女性パイロットであるホールジー大尉の視点で語られ、読者は息つく間もなく次から次へと起こる事件に翻弄される。
 作中では狙撃手を「情報収集のための資産」と定義しているが、その言葉どおり、スティーヴン・ハンター描くところのボブ・リー・スワガーとはまた違った凄腕の狙撃手が活躍する作品であり、迷路をさまようような楽しさを味わえる仕上がりとなっている。

 著者の一人、ブランドン・ウェッブは元SEAL隊員、海軍特殊戦狙撃学校の教官として狙撃手の養成に尽力した経歴の持ち主でもあり、『キリング・スクール 特殊戦狙撃手養成所』(ジョン・デイヴィッド・マンとの共著、村上和久訳/原書房)や『最新スナイパーテクニック』(グレン・ドハルティとの共著、友清仁訳/並木書房)といった著書も上梓している。
 ウェッブはSEALの選抜試験を受けるまではヘリコプターに搭乗する救難員を務めた経験があり、Steel Fear は1990年代半ば、〈エイブラハム・リンカーン〉に乗り組んでいた時に艦内で痴漢が出没した事件からヒントを得た、とのことである。

◇作品リスト
 フィンを主人公とするシリーズ:
  Steel Fear(2021年)本書
  Cold Fear(2022年)

寳村信二(たからむら しんじ)

 今年公開の映画では『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(Everything Everywhere All at Once、ダニエルズ監督)に期待している。

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