今月もこんにちは! S・A・コスビー『頬に哀しみを刻め』(加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS)各所で絶賛の嵐ですね! 周囲の偏見に負けず愛を貫いた息子たちを無惨に殺された父親2人の血みどろの復讐譚。修羅の道を選んだ彼らは、進めば進むほど過去の自分を悔やむことになります。素晴らしい小説はいつの時代に読んでもその魅力は色褪せませんが、これはまさに今読むべき一冊だと強く思いました。ぜひ!

*今月の刑事部屋本*
マウリツィオ・デ・ジョバンニ『P分署捜査班 寒波』(直良和美訳/創元推理文庫)

 一癖も二癖もある訳あり刑事たちの活躍を描く、現代イタリア版〈87分署〉シリーズ第3作。同居する兄と妹が自宅で殺される事件が発生。無能な人材が集まる掃き溜めと烙印を押されているピッツォファルコーネ署が捜査を始めますが、状況によっては別の署に担当が移されると知り、チームは寝る間も惜しまず真相を追求します。複数の事件が同時に扱われるモジュラー型警察ミステリの本書、今回は女子生徒が家族に性的虐待を受けているらしいという通報を受け、並行して2事件の捜査にあたる刑事部屋の様子は臨場感たっぷりです。イタリアの87分署と言われるもう一つの理由は、刑事たち一人一人の心情、過去、家族との関わり、悩みなどが詳細に描かれているからではないでしょうか。早くディ・ナルドが幸せになれますようにと願いつつ、次作も期待します!

*今月の意外な一面本*
アンドレアス・フェーア『急斜面』(酒寄進一訳/小学館文庫)

 寒がり警部と無責任巡査の凸凹コンビが難事件に挑むドイツの人気シリーズ第4弾。こんなところに雪だるまが……ってそれ死体だよ! 遺体発見率ナンバーワンのクロイトナー上級巡査がまたもや記録を更新。しかも発見した時一緒にいたのはその家族だったというびっくりエピソードはほんの始まりでした。事件はクロイトナーの過去の違法行為と関係があったのです。遺体も捜査方法も動機も真相も毎回出し惜しみなしの本シリーズ、本書も期待以上の盛り具合(ベタなギャグもパワーアップ!)ですが、さらにあのテキトー巡査クロイトナーの意外な一面を知ることができるんですよ。ヴァルナー警部との仲良し場面が微笑ましいですが、二人の馴れ初め(?)は次作で明らかになるとのこと。続きが無事出ますように!!! 私事ですが、〈ワニ町〉に続いてまた大好きなシリーズの解説を担当できてとても嬉しかったです。

*今月のイチオシ本*
ヴァシーム・カーン『帝国の亡霊、そして殺人』(田村義進訳/ハヤカワミステリ)

 1949年の大晦日、共和国化目前のボンベイ。パーティ中の邸内で英国外交官が殺されます。現場に駆けつけたのはインド初の女性警部ペルシス・ワディア。被害者は下半身裸、上着には謎の英数字が書かれたメモが見つかり、ただの物盗りの犯行とは思えないワディア警部は捜査を始めます。
 もはや第二次大戦後もヒストリカル・ダガー対象なのか……とまず焦りましたが、舞台となった年はインドの大きな転機であり、その背景でこうした事件が起きたらと考え、物語を通して当時の事情も知ることができて非常に勉強になりました。
 主人公のワディア警部は警察学校で優秀な成績を収め、知性も体力も人一倍抜きん出ているにもかかわらず、女性だというだけで常に不当な扱いを受けます。作中でひんぱんに登場するその男尊女卑な言動の数々には心底怒りを感じずにはいられません。現代ですらそれが当然という考えを持った人たちが存在することを否応なしに思い出させられて悲しくなりますが、不屈の精神とまっすぐな信念を持った警部の活躍は読者を力づけてくれます。これも続編があるとのこと、ぜひ読ませてください!

*今月の番外編本*
トリ・テルファー『世界を騙した女詐欺師たち』(富原まさ江訳/原書房)

 18世紀から現在に至るまで実在した女詐欺師たちによる仰天のエピソードが満載のノンフィクション。どの女性もほぼ金銭目的で詐欺行為を行うのですが、富と権力へのあくなき欲望、はては承認欲求がふくれあがった挙句犯罪に手を染める彼女らの大胆さや狡猾さ、そして一抹の哀しさに思わず引きこまれてしまいます。中でもマリー・アントワネットを窮地に陥れた首飾り事件を起こしたジャンヌの章は、「ベルばら」ファンの方もきっと興味深く読めると思います。

*今月の新作映画*
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(3月3日(金)公開)


 この映画はできれば何も情報を入れずに観ていただきたい! 以上!……というわけにもいかないので、ごくごくさわりだけ書きますと……


 中国からアメリカに移民してきたエヴリン(ミシェル・ヨー)と夫ウェイモンド(キー・ホイ・クァン)のコインランドリーの経営状態は悪化の一途。故郷からやってくる父親の介護も必要、娘とその彼女の関係に向き合えず常に喧嘩、しかも夫は優柔不断、もういっぱいいっぱいでくじけそうなんですけど!(泣) そんなただでさえ問題が山積みのところ、地獄の納税期日がやってきます。国税局で鬼のような役人(ジェイミー・リー・カーティス)に追求されて身も心もボロボロになったエヴリンに、突然表情が一変した夫が一言:

「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」



 ここから始まる物語、だれがこんな展開を予想できるでしょうか! 奇想天外、摩訶不思議、吃驚仰天、愉快痛快でなんでもあり! ポール・ダノがダニエル・ラドクリフの死体を使って使って使いたおす(ほんとです)『スイス・アーミー・マン』で観客の度肝を抜いたダニエルズ監督(ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートによるコンビ)による本作は、ええーっ! どうなっちゃうの??? と思う間も許さないまさかの怒濤の展開。とにかく画面に釘付けになって、最後は感動の嵐で終わります(ほんとです!)。


 華麗なる変身をとげるミシェル・ヨー様の勇姿にほれぼれし、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』『グーニーズ』のキー・ホイ・クァンとの再会に懐かしさを覚えつつ、容赦ない国税局員ジェイミー・リー・カーティスの怪演に拍手喝采。せちがらい世の中、この映画を観てリフレッシュしてはいかがでしょうか。


◆タイトル◆
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
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◆公開表記◆
2023年3月3日(金) TOHOシネマズ 日比谷 他 全国ロードショー
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◆コピーライト◆
© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
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◆配給◆
ギャガ
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■監督:ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート『スイス・アーミー・マン』
■出演:ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェイミー・リー・カーティス
■公式サイトhttps://gaga.ne.jp/eeaao/
■公式Twitter: @eeaaojp
■公式Instagram@eeaaojp
  #映画エブエブ

 
■本年度アカデミー賞 最多11ノミネート!『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』本予告 【3.3(金)公開】

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho










 

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