田口俊樹

 映画や小説(主にミステリー)の途中で、えっ、こいつ、死んじゃうのかよ! ってびっくりすることありません? 私の場合、映画ではなんと言ってもタランティーノの『パルプフィクション』のあの人です。あの人があんなところであんなことをしてる最中に殺されるなんて、びっくらこきました。小説では『ミレニアム』。二巻だったか三巻だったか曖昧なんだけど、いずれにしろ、死ぬなんてまるっきり思ってなかった人があっけなく死んで、これまたびっくら。そう言えば、今年亡くなった北上次郎さんも同じ感想だったようで、ふたりでびっくらし合ったのが懐かしいです。
 直木賞を取った小川哲氏の『地図と拳』でも同じような体験をしました。わりと早めの出来事なんで、そういうことが起きても不思議はないのだけれど、私の思い込みもあるのかもしれないけれど、それでもびっくりしたことに変わりはありません。おまけに、この作品では、そのあと実は生きていたことになり、な~んだと思ったところで、またやっぱ死んでたことがわかるという按配で、ちょいと手が込んでいます。実はまだ途中なんですが、日本と今のロシアが重なったりもして、とても面白いです。
  そうそう、この本を課題図書にした翻訳家の吉野弘人さん主催のズームでのオンライン読書会が3月11日(土)20時~2時間程度で開かれます。ご関心の向きはkent@lares.dti.ne.jp にご連絡ください。

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

 少し前にYouTubeライブの『ミステリー翻訳家が語る〜この一冊、翻訳術〜』に出演して、愛着のあるスティーヴン・キング『グリーン・マイル』について話す機会をいただいた。聞き手のユイーさん、コーディネーターの加藤さん、あらためてありがとうございました。
 そのおりに翻訳家デビュー前にあこがれていた翻訳者はだれか、という視聴者の方からの質問があり、とっさに思いついた方の名前をあげたにとどまったのだけれど、ここで後出しジャンケンっぽく、ロートル訳者の思い出に残る翻訳者のお名前を不遜ながら敬称略であげておこうと思う。
 SF小僧だった中高から浅倉久志伊藤典夫の二巨星はいまもなお指針でありつづける。深町眞理子小尾芙佐のご両所もまた。大学時代に翻訳ミステリをついばみはじめて強く印象に残ったのは、まず田中小実昌のA・A・フェア、そして山下愉一は『クランシー・ロス無頼控』だ。佐倉潤吾は(レックス・スタウトではなくて)ハロルド・Q・マスア。森郁夫はハリイ・オルツガーとヘンリー・スレッサー。稲葉由紀はウールリッチ。クリスピンは深井淳。「あげるものはもうなにもないのだよ、レティシャ」の小笠原豊樹。マクリーンやル・カレのみならずアーヴィング・ウォーレスの村上博基。エリック・シーガルの広瀬順弘。そしてトゥローとデミルの上田公子
 この調子であげていくと際限がない。できそこない編集者時代に仰ぎ見た(そして謦咳に接した)翻訳の神々の話題はまた機会があれば。

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

 おととしの秋、沖縄の海岸に軽石が大量に漂着し、漁業に甚大な被害をおよぼしたことをご記憶の方も多いと思います。先日、ぼーっとテレビを見ていたら、その軽石を原料にしたガラス製品が紹介されていました。ぱっと見には黒に見えるほど濃い緑色をしていますが、光にかざすとまたちがった色合いになって、テレビの画面ごしでも神秘的な美しさが感じられます。配合を変えることで、ビリジアンになったりラムネ色になったりと、いろいろな顔を見せてくれるそうです。
 この軽石ガラスの製造に成功したのは、うるま市に「再生ガラス工房てとてと」をかまえる松本さん。漂着した軽石をガラスの原料にするのは、ごみを取りのぞいて、粉砕して、塩分を抜いて……とたいへんな工程で、最初のころは粉砕するのも手作業だったとか。ものを増やしたくないので、すてきな食器を見かけても、ずっとがまんしてきましたが、この軽石ガラスは絶対に買うと決めています。まずは水飲み用のグラスからかな。

〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『キュレーターの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』、チャイルズ『ハイビスカス・ティーと幽霊屋敷』、クレイヴン『ブラックサマーの殺人』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

 田口師匠お薦めの『ナルコス』が抜群におもしろい。コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルを中心とした麻薬戦争を、アメリカのDEA(麻薬取締局)の視点で描いたドラマです。途中、写真やニュース動画が挿入されるのでなんでかなと思ったら、かなり実話にもとづいているんですね。
 じつを言うと私、麻薬ものは少々苦手です。善人ぶるつもりはなくて、たとえば殺人や暴力はわりと平気(あくまで虚構内!)なんですが、小説でもドラマでも、作品のなかでおもな登場人物がクスリをやったりすると、どうも抵抗を覚える。完全に私個人の趣向の問題です。
 その点『ナルコス』は全篇パワーゲームで、麻薬がテーマなのにラリったりする人がほとんど出てこないので愉しめるのかもしれません。愉しめるといっても、この時期のコロンビアは国家の体をなしていないので、そこにいたらと思うとぞっとしますけどね。

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳〕

 


上條ひろみ

『完璧な秘書はささやく』(古賀弥生訳/創元推理文庫)は『夏の沈黙』のルネ・ナイトによる長編二作目。大手スーパーチェーンで派遣の事務員をしていたクリスティーンは、会長の娘でCEOのマイナの個人秘書に大抜擢されます。マイナに心酔するクリスティーンにとって、マイナは完全に「推し」。マイナの仕打ちはまさに「ザ・パワハラ」という感じなのに、クリスティーンは推しを喜ばせたくて最初から完璧に、あるときは先回りして尽くし倒します。もとから邪悪なマイナはどんどん助長していき、クリスティーンを物のように扱いますが、洗脳されているクリスティーンは自分を犠牲にすることさえ喜びと感じるようになって……もうやめて〜と言いたくなるけど、サスペンスの吸引力がすごくて読むほうもやめられません。ラストは意外な展開で、これはちょっと予想できませんでした。このラストがこの本のなかでいちばん怖いところかも。
 
 アリスン・モントクレアのロンドン謎解き結婚相談所シリーズ第三弾、『疑惑の入会者』(山田久美子訳/創元推理文庫)も相変わらず絶好調。今回の入会希望者はアフリカ出身の黒人青年。人を見る目があるグウェンは彼のことばに嘘を嗅ぎとり、別の目的があるのでは?と勘ぐります。おりしもアフリカで事業をおこなっている義父ハロルドが帰国し、息子ロニーが強硬に寄宿学校へ送られそうになって、グウェンはピンチに。不遇の奥方グウェンの活躍が目立つ今回はとくに読み応えあり。逆境に負けないグウェンがほんとうに素敵で、ぐいぐい前に進んでいくのが実に爽快です。独善的な義父に立ち向かうため、いつもは嫌味な義母がグウェンの味方なのもなんだかうれしい。何より相棒のアイリスとの会話が楽しくて、いつまでも読んでいたくなります。ぜひ多くの人に読んでいただきたいシリーズ。合言葉は「世界を読者でいっぱいに!」
 
 東京創元社の本がつづきますが、真打はこれ! ピーター・スワンソンの『だからダスティンは死んだ』(務台夏子訳/創元推理文庫)です。この邦題がまた技ありで、「これが真相か!」と思ってからが、このミステリの真骨頂、という帯も思わずにやりとしてしまいます。
 ボストン郊外に引っ越してきたヘンは、夫とともに招かれた隣家である殺人事件の証拠を目にし、その家の主人であるマシューが犯人ではないかと疑うのですが……視点人物が変わることで物語の行方がどんどんわからなくなる心理サスペンス。読めば読むほどイヤーな感じが止まりません! ヘンに気づかれていることに気づいたマシューが、むしろちょっとうれしそうなのも含めて不気味なんだけど、それが後半の怒涛の展開にからんできて……これ以上は言えませんが、おもしろさは絶対確実です。めくるめく読書体験をぜひみなさまも! それにしても「男はみんな変態だ」はなかなかのパワーワード。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はフルーク『ココナッツ・レイヤーケーキはまどろむ』〕

 


武藤陽生

エイドリアン・マッキンティのショーン・ダフィ・シリーズ第7作、『Detective Up Late』(原書)が今年の8月8日に発売されることが決まりました。マッキンティ氏の過去ツイートによると、第7作は第9作を書き終えたあとに発売されるということでした。なので、7〜9は一連のシリーズになりそうな気がしています。予定では、第8作、第9作も1年に1冊くらいのペースで発売されるそうです。日本でも翻訳が決まるといいですね。

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

今月はお休みです。
〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好きの涙腺ゆるめ翻訳者。最近面白かった映画は《ケイコ 目を澄ませて》。ツイッターアカウントは @FukigenM