中国で小説を読むときは紙派だったのですが、最近になってスマホで小説を読むのを便利に感じ(特に地下鉄車内で)、数年~十数年前の古い作品を電子版で購入して読んでいます。ただ全ての小説が電子版で読めるわけでもないので、新刊は基本的に紙で買っています。

 今回は中国で大ヒットしたドラマの書籍版と、島田荘司的本格ミステリー小説をご紹介します。

 まずは、今年1~2月に中国で大ヒットしたネットドラマ『狂飆』(きょうひょう)の書籍版。

 ただしこの本はドラマのノベライズや原作小説というわけではなく、言うならばドラマのシナリオを小説の体裁でまとめたもの。数行~十数行ごとにまるでドラマの場面転換のようにシーンが切り替わるパターンがずっと続き、その目まぐるしい移り変わりとは裏腹に描写にはメリハリが効いていないので、途中からファスト映画を見させられているような気分になります。また、500ページ弱あるとは言え、1話45分✕39話のドラマの内容を1冊に詰め込むのはどだい無理な話なので、本書には必要最低限のことしか書かれていません。興味を持った方は絶対にドラマ版から見てください。ただ、この1冊でストーリーがだいたい分かった気になれるので、時間がない人間にはオススメです。

 物語は中国の架空の大都市・京海市を舞台に、警察官の安欣と汚職官僚の高啓強の20年にわたる奇妙な友情を軸として、この20年間の中国の反腐敗運動の変遷が描かれます。中国ではこういった官僚の汚職や腐敗を糾弾するドラマは以前も大ヒットしていて、2017年には『人民の名義』というドラマが社会現象になり、小説も邦訳されました。以下に記すあらすじはあくまでも書籍版のものですが、ドラマ版とたいした違いはないはずです。

 20年前、一介の魚売りでしかなかった高啓強は、市場を仕切るゴロツキ兄弟から暴力を受けていたところを警察官の安欣に助けられ、彼と友人になる。安欣の叔父が京海市公安局副局長ということもあり、そんな彼と親しい高啓強はゴロツキ兄弟から目をかけられ、やがて兄弟と行動を共にするようになる。そんな中、彼ら三人は裏社会のボスの息子を誤って殺してしまい、警察と犯罪組織両方から目をつけられる。だが高啓強は逆境の中でメキメキと才覚を発揮し、ゴロツキ兄弟を手下にし、自分たちが生き延びるために手段を選ばないようになり、いつしか不動産王として京海市の表と裏の世界で知らない者はいない存在となる。
 そして20年後、成功者になった高啓強とは対照的に、安欣は高啓強と交流を保ちながらも彼の犯罪の決定的な証拠をつかめず、鼻薬を嗅がされた仲間や上司の裏切りに遭ったり、圧力をかけられて閑職に飛ばされたりしていたが、それでも警察組織内で耐え忍んできた。そしてとうとう転機が訪れた安欣は高啓強特別捜査チームへの参加が認められ、京海市の裏社会、ひいてはに巣食う悪と闘うことになる。

 長いあらすじになりましたが、これでもだいぶ端折りました。この作品、反腐敗をテーマにしているために中国政府のプロパガンダ的描写が多くて「うへぇ」とさせられることもあるのですが、善と悪というシンプルで普遍的な構成のため、かなりのめりこめます。

■腐敗官僚との多種多様な関係
 下手に気骨があり頭がキレたために警察と犯罪組織両方を敵に回すことを決め、裏社会で成り上がるために手段を選ばなくなった高啓強の覚醒(闇落ち?)シーンと、尊敬する上司が汚職官僚の犬だったことが分かり、さらに同僚にさえ裏切られて後ろ盾さえなくなり完全に孤立してしまう安欣の絶望シーンが前半の見どころですが、これ以降格差がどんどん開いていくのに、友情は続いていくのがこの2人の関係性の面白いところ。

 安欣は高啓強が絶対クロだと確信しているけれど、それを理由に違法な強硬手段を取らないし、高啓強の方も安欣を暴力で脅迫したり金銭で誘惑したりしようとはしません。だけど互いに手の内を明かすこともないし、出会った当初のように談笑することもなく、友情にほだされて救いの手を差し出すこともない。相手を認め合いながらも緊張感のある距離感を保って交流するその様子は、ミステリー小説の探偵と真犯人みたいなライバル関係を彷彿とさせます。
 安欣と高啓強の友情は金銭等を挟まないクリーンなものですが、この後ろ暗い関係性というのはこの作品の登場人物大半に共通していて、安欣が高啓強包囲網を敷く後半になると、コイツも賄賂をもらっていたのかと驚く展開ばかり。しかし汚職に手を染めている連中がそこまで幸せそうに見えないのも本作の特徴の一つ。

 そもそもいまの中国で公務員のくせに羽振りの良い暮らしなんかしていればすぐに通報されてしまうので、お金があっても自由に使えないんですよね。これは他の作品も同様で、例えばそろそろ日本語版が刊行される紫金陳の『知能犯の時空トリック』でも賄賂を溜め込んでいる汚職官僚が出てくるわけですが、金のインゴッドとかタンス預金にしているだけで、本人の生活態度は地味です。だからと言って賄賂を溜めるだけで全く使っていないわけじゃなく、見えないところで使ったり、それをまた別人に賄賂として譲渡したりしてきっちり恩恵を受けているのでれっきとした悪党なのですが。
 また同じく紫金陳の『低智商犯罪』(未邦訳)では、お金を一銭も受け取らない清廉潔白として知られる官僚が実は大の美術品マニアで、絵画とか壺とか掛け軸を賄賂代わりにもらっていたという事実が明らかになります。こうして見ると、使い所がない現金なんかより一人で楽しめる美術品の方が今の中国では賄賂としてよっぽど優れているのかもしれません。
『狂飆』では、賄賂をもらった人間の良き父親や良き夫、そして頼れる職場の仲間としての側面も描いているために、彼らの苦悩も読者が感じ取れる内容になっていて、「腐敗官僚許すまじ」と単純に怒りをぶつけるどころか、「賄賂なんか受け取ってしまってかわいそうに……」と同情してしまいそうになります。

■書籍版最大のセールスポイント
 実は書籍版を購入したのはドラマが長すぎて見られない以外に理由があって、ドラマ『狂飆』の最終回後に上がったスクープ記事に、39話で完結した『狂飆』が実は100話撮影していたと書かれていたからです。100話は嘘だろうと思っていますが(前述のドラマ『人民の名義』が全55話)、その記事にはもう一つ裏話が載っていて、それはドラマのラストが原作シナリオと違うというものでした。
 そこで書籍版を読み終えてからドラマの最終回だけを見て検証した結果、やっぱり違っていました。書籍版ではとある人物が高啓強に強い恨みを抱いていて、彼を破滅に追い込むために裏で行動していたという事実が明らかになり、サスペンス小説的なオチが用意されていました。
 ドラマが大ヒットしたので、おそらく今年か来年には日本語版が製作されて、どこかのサイトで配信されるでしょう。複雑な人間関係とシリアスな展開、そして全体的に暗い色彩の中で時折光る演者たちのコミカルな演技までたっぷり詰まったドラマと比べると、書籍版は描写がフラットすぎるし飛び石的な場面展開のせいで読んでいて物足りないのは事実です。しかし、このサスペンス色強めなラストを知るためだけでも、読む価値はあると思います。また、ドラマで省かれてしまった設定も書籍版だと生きていたりして、『狂飆』マニア(いるのか?)なら読んで損はありません。それに邦訳されることは一生ないと思うので、書籍版のラストを知っているのはある意味自慢できるかも……

 

 さて、もう一冊は館密室殺人を扱った『螺旋塔事件』(著:孫国棟)です。

 前作『雲雷島事件』ではボトルメッセージから全ての謎を解き明かせた凄腕の安楽椅子探偵が、今回はきちんと現場に来て事件に巻き込まれます。

 物理学の天才少女・孫小玲と彼女の助手的立場の一般大学生・宋立学は、名門沈家の一人娘・沈亦心の誕生日会に呼ばれて、螺旋塔に招かれる。螺旋塔は12階建ての建物で、中央の円柱の周囲に住居スペースが設けられ、各階ごとに部屋が一つあるという造りだった。しかしその晩、11階にいた沈亦心が塔から墜落死し、8階の張偉光も室内で30キロの鉄アレイに胸を潰されて死んでいた。どちらの部屋も内側から鍵のかかった密室で、現場に争った形跡はない。犯人はどうやって彼女らを殺したのか。

■痛恨のトリックかぶり
 螺旋塔といういかにも怪しい建物が登場する館ミステリーの本作では、孫小玲と宋立学の前に高所密室の謎が立ちはだかります。12階建ての螺旋塔には階段しかなく、部屋は階ごとに独立しているから、ドア以外から部屋に侵入するとなると外に面している窓からしかないわけですが、ロッククライマーならともかく、壁を登っての侵入は一般人では不可能。

 そこで本シリーズのワトソン役の宋立学は、ネジのような形をした螺旋塔の形状に目をつけ、犯人は塔そのものを地下に移動させることで現場となった高層階を地上スレスレの位置にまで下げて、高所という難題をなくしたのでは?といわゆる「偽解答」を繰り出しますが、個人的にはこれが正解でも良かったのではと思いました。というのも、その後に孫小玲が明らかにしたトリックが、昨年読んだ中国ミステリーとそっくりだったからです。重たい金属製の凶器が使われている点すら同じなので、実はこれも「偽解答」なんじゃないかなと願いましたが、そんなことはなかったです。

 本作と昨年読んだ中国ミステリーを比較すると、現場となった館の来歴や登場人物の背景などが全然違うので盗作とは考えられませんが、肝心のトリックがかぶっている以上、後発への評価はどうしても下がってしまいます。ストーリーにも評価できる点が少なく、長編じゃなくて中編でも良かったんじゃないかと不満を感じる出来。ただ、作者は物理学が得意で、トリックにもその知識を応用し、本作で使われたトリックの原理もとても分かりやすく説明しているので、もっと数をこなして魅力的な理系の謎を生み出し続けてほしいと思います。

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


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