田口俊樹

 またネトフリですけど、マリリン・モンローの伝記映画『ブロンド』とドキュメンタリー映画『知られざるマリリン・モンロー 残されたテープ』を続けて見ました。今さら言うまでもないけど、私なんかの世代にとってマリリン・モンローはもう女神そのものです、誰がなんと言おうと。私なんかどんだけ好きかっていうと、『バス停留所』って映画の中で、モンローがバス停留所のカウンターに突っ伏して、涙だけじゃなくて、よだれも垂らすシーンがあるんだけど、そのとき彼女のよだれもしっかりスクリーンに映し出されます。それを見て、私、そのよだれを舐められたら死んでもいい! って思いましたね。あ、引かないでくださいね、ただ思っただけだから……
 『ブロンド』のほうはちょっとゲージュツがはいってて、私にはイマイチでしたが、『知られざる――』は実に見ごたえのある佳作です。彼女の死の様子がけっこう明らかにされます。でも、それよりなにより、事実もまたこのドキュメンタリーどおりだとすれば、マリリンとの関係において、ジョンとロバートのケネディ兄弟がどんだけクソ野郎かよくわかります。特にジョンのほう。われらが女神を性の捌け口扱いしやがるんです。マリリンのほうは一途なのに。ま、厳密に言えば、「二途」ですが。
 見終わったら、胸がつまり、年甲斐もなく(いや、歳のせいか)涙しちまいました、マリリンが可哀そうで可哀そうで。そのあたり、見るのがつらくなるようなところもある映画です。それでも、マリリン・ファンには必見でしょう。

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

 近々刊行される作品のゲラを横目でにらみながら、ようやく1日1〜2話ペースでついに〈ストレンジャー・シングス 未知の世界〉のシーズン1(全8話)を見おわりました。で、シーズン2(全9話)も視聴開始。とにかく、おまえ向きだよと本作の視聴をすすめてくださった何人もの方々、これまで見ずにほったらかして、ほんとすみませんでした! と謝りたくなるおもしろさ。いやはや、のちにリッチー・トージアになるフィン・ヴォルフハルト(ウルフハード)くんの出演も納得(シーズン2のハロウィンのコスプレも、ふりかえれば先駆的ではないですか)。また登場人物のひとりが読んでいる本の裏表紙の写真に、「おーやってるやってる」と思わず声が出るというようなトリヴィアルな楽しみもありました。さ、つづきを見ようっと。

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

今月はお休みです。

〔ひがしのさやか:最新訳書はM・W・クレイヴン『キュレーターの殺人』(ハヤカワ文庫)。ハート『帰らざる故郷』、チャイルズ『ハイビスカス・ティーと幽霊屋敷』、クレイヴン『ブラックサマーの殺人』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

 もうすぐ訳了するマーティン・エドワーズの Gallows Court という作品がとてもおもしろい。翻訳中の本はなかなか客観的に評価できないのだけれど、どのくらいおもしろいかというと、毎朝起きて、ああ今日もこの作品が訳せてほんと幸せ、と思うくらい。なかなかありませんよね(?)。
 舞台は戦間期のロンドン。ガジェットなんかも含めてちょっとジョン・ディクスン・カー的な雰囲気もある。分類すればパズラーということになるんでしょうが、事件が起きて探偵や警官が真犯人とトリックを解明し……という典型的な流れから大きくはずれている。どの謎を解明するのかということ自体を謎にしているような、メタな構造というか。でも、主人公のレイチェル(雪の女王w)とジェイコブ(新米記者)が魅力的だし、後半は派手な見せ場の連続で、きっと驚くと思います。今年の夏ごろの販売になるんでしょうか。早く皆さんの感想が聞きたい!

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳〕

 


上條ひろみ

 宝塚大劇場で宙組公演「カジノ・ロワイヤル〜我が名はボンド〜」がいよいよ開幕し、イアン・フレミング『007/カジノ・ロワイヤル』(白石朗訳/創元推理文庫)のセリフ部分を出演者の声で読むのが愉しくてたまらない今日このごろ(だいぶ改変されてるけど)。三月は年間ベスト級の作品を大量に読んだので、どんどん紹介していきますね。
 まずは息子を殺された父親たちが自身の弱さと向き合い、正義のために立ち上がる胸熱ストーリー、『頬に哀しみを刻め』(S・A・コスビー/加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS)。差別、偏見、暴力を描く作品はこれまでもたくさんあったけど、決して人ごとではない、だれひとりとして無関係ではいられないと読者に思わせる描き方。人には自分とちがうものを理解し受け入れる能力がある、という大切なことに気づかせてくれる傑作です。
『プエルトリコ行き477便』のジュリー・クラークによる新作私の唇は嘘をつく』(小林さゆり訳/二見文庫)は、復讐に燃えるふたりの女の物語。微妙な形の友情が育っていく過程が丁寧に描かれていて読ませるし、何よりふたりの復讐劇の行方が気になりすぎて手に汗案件。「読書会向け案内」がついているのも新しい。著者インタビューでは読みどころのポイントがまとめられていて、訳者は読書会世話人もされている小林さゆりさん。もう至れり尽くせりです。
 マウリツィオ・デ・ジョバンニ『寒波 P分署捜査班』(直良和美訳/創元推理文庫)は、21世紀の〈87分署〉シリーズと言われるピッツォファルコーネ署シリーズの、『集結』『誘拐』につづく三作目。分署存続をかけて奮闘する、寄せ集めのわりにスペックが高い刑事たちにどんどん愛着がわいてきて、つづきが愉しみで仕方がないシリーズです。未読の方は今からでもぜひ一作目から読んでほしい!
 ク・ビョンモ『破果』(小山内園子訳/岩波書店)は、まったく目立たない普通のおばさんに見える凄腕の女殺し屋・爪角(チョガク)の壮絶な人生を描く韓流ノワール。おばさんへの偏見を逆手にとって生きていく爪角の強さが爽快です。桃やネイルアートが印象的に使われているのもうまいと思う。
 ロンドンとインドのコルカタを舞台にしたインドミステリ、アジェイ・チョウドゥリー『謎解きはビリヤニとともに』(青木創訳/ハヤカワ文庫HM)もおもしろかった。インドで警察の記者会見のあと記者に持たせるおみやげがビリヤニなんですね。なんで?
 ジェイムズ・ケストレルの『真珠湾の冬』(山中朝晶訳/ハヤカワ・ミステリ)は、意外にもエモーショナルな刑事物。超高速太平洋戦争にはびっくりしたけど、キャラクターが魅力的で引き込まれます。日本の家屋事情では白人男性が同居していたら絶対ご近所にバレるだろうけど。
 つねに漂う不穏さがたまらないカトリオナ・ウォード『ニードレス通りの果ての家』(中谷友紀子訳/早川書房)は、たしかにネタバレしないように内容を説明するのがむずかしい作品。信用できない語り手に幻惑されながら、独特な世界観に身を任せるのが正しいプレイかと。
 以上、激しくオススメしたい七作でした。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』、エリー・グリフィス『見知らぬ人』など。最新訳書はフルーク『ココナッツ・レイヤーケーキはまどろむ』〕

 


武藤陽生

 今さらながら『デューン 砂の惑星』を読みはじめたのですが、めちゃくちゃおもしろいですね。僕が趣味にしているウォーハンマー40Kはこの世界観にかなり影響を受けているということがよくわかりました。映画2作目も今年公開されるようで、楽しみです。それと最近プレイしている『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』というアドベンチャーゲームがおもしろいです。タイトルどおり、本所七不思議を題材にしたオカルト味の強いホラーミステリーで、Switchやスマホでプレイでき、10時間くらいでクリアできるようなので、気になる方はぜひチェックしてみてください。

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

 沢木耕太郎『天路の旅人』(新潮社)がとてもよかった。日中戦争末期の昭和18年、日本の密偵としてラマ教の巡礼僧に身をやつし、内モンゴルからチベットに潜入した西川一三という人物の生涯を描いたノンフィクションで、ほとんどは足かけ8年におよぶ彼の苦難の旅を描いている。西川自身が書いた旅の記録『秘境西域八年の潜行』(中公文庫)は、分厚い文庫本で三巻にもなる長大なものだが、こちらはそれを一冊で(いわばダイジェスト版で)読むことができるというありがたい本でもある。
 西川と同時期にやはりチベットに潜入した日本の密偵に、木村肥佐生という人がいた。この人の書いた『チベット潜行十年』(中公文庫)という本は、大昔に読んだことがあった。わくわくしたし、ロマンを感じたりもしたけれど、読後、手放しで彼の旅を礼賛する気にはなれなかった記憶がある。それがなぜだったのか、いまとなってはまったく憶えていないのだけど。
 一方、西川一三の旅は、沢木耕太郎の書きかたもあるのだろうが、読んでいて心から幸せな気分になれる。彼はたしかに「密偵」ではあったけれど、そんな任務よりも、自由に旅をすること自体にしだいに惹かれていくのである。いや、自由そのものに惹かれていくようにさえ見える。そして敗戦後はチベットからインドに密入国し、さらに各地を放浪して、アフガニスタンにまで行こうとする。それも托鉢をしたり、乞食の集団に身を投じたり、鉄道建設の苦力になったりして。
 いいなあ。すごいなあ。わたしにもできるだろうか。できないだろうなあ。でも、憧れるなあ。旅を愛する人間は自由を愛する人間なのである。
〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好きの涙腺ゆるめ翻訳者。最近面白かった映画は《コンパートメントNo.6》《別れる決心》〕