今月もこんにちは! そろそろアイスティーの美味しい季節ですねえ。そういえば去年は一度もかき氷を食べていなかったことを思い出しました。

*今月の意外な相棒本*
ヴァシーム・カーン『チョプラ警部の思いがけない相続』(舩山むつみ訳/ハーパーBOOKS)


 『帝国の亡霊、そして殺人』(田村義進訳/ハヤカワミステリ)の著者によるシリーズ第一弾。警察勤務最後の日、伯父から赤ちゃん象を相続したことを知ったチョプラ警部。わけがわからないまま署に着くと、水死体となった少年の母親が犯人を捕まえるよう訴えていましたが、チョプラと反目する上司らは検視もせずに事故死と断定。少年の死に疑問を抱いた(元)警部は、やむをえず愛する妻を欺いて勝手に捜査を始めるのですが……。部下たちの信頼も厚い正義感あふれるチョプラの退職で、怠惰な汚職警官たちはやりたい放題。そんな状況に我慢できず真相解明に全力を尽くすのはいいんですが、やっぱり何よりも具合の悪い動物の世話を第一に考えてほしい!(と思うのは自分だけでしょうか) 

*今月の緊張につぐ緊張本*
クレア・マッキントッシュ『ホステージ 人質』(高橋尚子訳/小学館文庫)


 ロンドン-シドニー間の世界初20時間直行便がついに就航。その機上でCAのミナは脅迫状を受け取ります。そこには、地上にいる5歳の娘の命が惜しければ指示に従うよう書いてあったのです。犯人は乗客なのか、はたまたスタッフなのか、単独犯なのか、複数犯なのか。乗客353名の命と愛する娘の命。20時間の悪夢の長距離フライトの中、孤立無縁のミナは恐ろしい選択を迫られます。前作『その手を離すのは、私』(同)がものすごく好きでその年の「このミス」でも選んだのですが、本作も期待以上! 被害者に犯行と責任を肩代わりさせるという卑劣な行為。エイドリアン・マッキンティ『ザ・チェーン 連鎖誘拐』(鈴木恵訳/ハヤカワ文庫)という作品もありましたが、自分の家族を救うために被害者が背負うことになる重圧の大きさを考えるだけで嫌な汗が出ます。

*今月のイチオシ本*
ミシェル・ビュッシ『恐るべき太陽』(平岡敦訳/集英社文庫)


 待ってました! フランスミステリファンの方ならわかってくれると思いますが、ミシェル・ビュッシとギヨーム・ミュッソはどれを読んでもハズレなし! 南太平洋にあるゴーギャンが愛したヒバオア島で、ベストセラー作家ピエール=イヴ・フランソワによる創作セミナーが開催され、大勢のファンの中から選ばれた5人の作家志望の女性たちが夫や娘を連れて島を訪れます。ところが作家は彼女らに課題を与えると突然失踪してしまいます。これも趣向の一つかと滞在を続けた参加者たちは、一人、また一人と殺されていき……。ここから先はぜひ本書で! ちなみに自分は最後で「うわあ、そう来たか!」とまんまと騙されました。帯には「クリスティーへの挑戦作」とありますが、『そして誰もいなくなった』には出来て本書では出来ないこともあるんですよ〜。どうぞお楽しみに!

*今月の新作映画*
『アシスタント』〔6月16日(金)公開〕

 始発前の明け方、ジェーン(ジュリア・ガーナー)はオフィスに向かいます。映画プロデューサーになる夢を抱く彼女は、有名大学を卒業し、アシスタントとして有名エンターテインメント企業に就職しますが、仕事は雑用ばかり。ちょっとでもミスをしようものなら「いくらでも替えはいる」と言われるような毎日です。そんなある日、突然やってきた新人社員から聞いた話で、ジェーンは日頃から抱いていたある疑惑が確信に変わります。そしてようやく決心した彼女はある行動に移るのですが……。





 ドキュメンタリーの監督としてキャリアを築いてきたキティ・グリーン監督は、多くの女性たちから聞き取った何千もの話から、一人の女性の一日の物語を作り上げたそうです。アメリカの映画業界に限らず、どんな職場であっても、世界中の女性たち誰にでも起こりうる出来事が描かれています。自分も含めて、だからこそ観るのがつらい、という人もいるかもしれません。ですが主人公ジェーンの目を通して、こうした差別やハラスメント、やりがい搾取などの本来あってはならないことがなぜなくならないのか、どうすればなくなるのかという問題提起がなされ、観客が自分のこととして、またはあらためて周囲を見直し、よりよい社会について考えるきっかけになる強い一作だと思います。ルネ・ナイト『完璧な秘書はささやく』(古賀弥生訳/創元推理文庫)と通じる要素もありますので、そちらを既読の方もぜひ。




 

◆タイトル◆
『アシスタント』

◆コピーライト◆:© 2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.

◆公開表記◆:6月16日(金)新宿シネマカリテ、恵比寿ガーデンシネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

◆クレジット◆
監督、脚本、製作、共同編集:キティ・グリーン『ジョンベネ殺害事件の謎』(Netflix)
出演:ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファディン、マッケンジー・リー
製作:スコット・マコーリー、ジェームズ・シェイマス、P・ジェニファー・デイナ、ロス・ジェイコブソン
サウンドデザイン:レスリー・シャッツ
音楽:タマール=カリ キャスティング:アヴィ・カウフマン
2019年/アメリカ/英語/カラー/2:1/87分/原題:The Assistant
配給・宣伝:サンリスフィルム

◆公式サイト:https://senlisfilms.jp/assistant/
◆公式Twitter:https://twitter.com/theasisstant_jp
◆公式Instragram:https://www.instagram.com/senlisfilms/

 
■映画『アシスタント』予告編■

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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