今月もこんにちは! 東京国立近代美術館で開催中の〈ガウディとサグラダ・ファミリア展に行ってきました。いつか現地で見たいものですが、実際見たらまず怖さを感じてしまいそうな気がします。というわけで今回はちょっと怖い本しばりで。

*今月のあまりの衝撃本*
ホリー・ジャクソン『卒業生には向かない真実』(服部京子訳/創元推理文庫)


 大学入学が間近に迫った今、ある人物から訴訟を起こされたピップ。同じ頃、無言電話や脅迫めいたメールなどの不気味なストーカー行為が始まり、自ら犯人探しを始めるピップでしたが、調べを進めると6年前に起きた連続殺人事件との類似点が浮かび上がってきます。ところがその犯人は現在服役中。もしや真犯人は別にいるのでは……。『自由研究には向かない殺人』、『優等生は探偵に向かない』に続く三部作完結編は、「そんな……」と声を出さずにはいられませんでした。まずは序盤に出てくるピップのあの行動! 彼女がどれだけ辛かったのか、ショックから抜けきれないのかが明確にわかるエピソードですが、これは読んでいる方も本当に辛い。そして後半の“あの”展開! まさかこんなことに……と言葉が出ないほどの衝撃でした。読んだひとたちと絶対に話したくなる一冊です。そうそう、声を大にして言いたいことがひとつ。著者の謝辞と吉野仁氏の解説は必読ですよ!!!

*今月の疑心暗鬼本*
ヴァージニア・フェイト『ミセス・マーチの果てしない猜疑心』(青木千鶴訳/ハヤカワ文庫)


 NYの高級アパートメントで人気作家の夫と息子の3人で暮らすミセス・マーチ。セレブ妻であることに高すぎるほどの自尊心を持つ一方で、周囲からどう見られるかに過剰なほど反応し疲弊する毎日を送っています。ある日夫の最新作の主人公のモデルが自分ではないかと疑いはじめ、夫に対する不信感を募らせた彼女は、さらに夫がある殺人事件の犯人であると確信して真相を探りはじめることに。マーチときくとブリジット・オベール『マーチ博士の四人の息子』を思い出してゾワゾワしながら読んだのですが、本書の不穏感も相当なもの。彼女に起きる出来事は本当のことなのか、ただの妄想なのか。これは夫の巧妙なガスライティングでモラハラの被害者なのでは?と思うそばから、ミセス・マーチの鼻持ちならない言動の数々によってその考えが一掃されたりと、ページをめくるごとに読者は翻弄されます。そして彼女がたどり着いた真相とは……。本書の原題は Mrs. March 。この邦題、秀逸!

*今月の新たなるスタート本*
マイクル・コナリー『正義の弧(上下)』(古沢嘉通訳/講談社文庫)


 警察を辞め私立探偵としてボッシュのパートナーになるはずだったレネイは、ある理由でロス市警未解決事件班の責任者となり、ボッシュをメンバーとして引き入れます。バッジも銃もなしという待遇のボッシュは、最重要案件である30年前の殺人事件を差し置いて、悲願の一家殺人事件の捜査を優先してしまい……。今回も2人のコンビが息を合わせて事件に取り組む、と言いたいところですが、実は本書の意外な(?)読みどころは、尊敬する先達の上司になってしまったレネイの戸惑い。長所でもあり短所でもあるボッシュの頑固さは、レネイに中間管理職の苦労を背負わせることになるのです。ボッシュも彼女のジレンマを理解してないわけではないんだろうけど、やっぱりあの年代の男性の特徴なのかなあとレネイに肩入れしてしまいます。そしてこれまた衝撃のラスト! 続きが超気になる!! 訳者あとがきによるとこのシリーズも映像化が決まったとのこと。自分はレネイをグレイス・パーク(TVシリーズ『HAWAII FIVE-O』のコノ)を脳内キャスティングして読んでいたのですが、誰が演じることになるのか楽しみです。

*今月のイチオシ本*
イム・ソンスン『暗殺コンサル』(カン・バンファ訳/ハーパーBOOKS)


 語り手の“僕”の職業はリストラのコンサルタント。勤務先の“会社”の依頼で“顧客”が事故や自殺などで亡くなるシナリオを書き、それを“会社”が実行して“顧客”を暗殺すると“僕”に多額の給与が支払われます。物語は、主人公の“僕”がどうやってこの仕事に就いたのか、どんな仕事を受けてきたのか、その仕事をどう思っているのか、そしてなぜ今も続けているのかなどが、語り手の口から次第に明らかにされていきます。気づいたら底なし沼にはまりこんでいた主人公の語りは絶望と諦めに満ちていて、プロレタリア・ノワールという言葉が思い浮かびました。直接的な暴力や残酷描写はないのにこの怖さ! 超弩級のどす黒さを保証します。韓国映画好きの人もきっと満足すること間違いなしの一冊です!
 
 
*今月の新作映画*
『ファルコン・レイク』8月25日(金)公開



 14歳の誕生日を間近に迎える少年バスティアン(ジョゼフ・アンジェル)とその家族は、2年ぶりにケベックを訪れます。母の友人の娘クロエ(サラ・モンプチ)は16歳。会わない間に眩しいほど大人になっていたクロエにバスティアンは最初どう接するべきかとまどいますが、夏の日差しも手伝って2人は次第に打ち解けていきます。こっそりワインを飲んだりタバコを吸ったりと、大人の世界をのぞきながらクロエに惹かれていくバスティアン。しかしバカンスの終わりが近づいたある夜……。



 原作はバスティアン・ヴィヴェスによるバンド・デシネ『年上のひと』(原正人訳/リイド社)。映画は幽霊が出るという噂の湖を舞台に、たった一度きりの特別なひと夏を描いています。本作を観てまず頭に浮かんだのは、ジョエル・ディケール『ゴールドマン家の悲劇』(橘明美・荷見明子訳/創元推理文庫)。もちろん物語は違うものの、どちらも少年期の感情の機微が繊細に描かれています。理由はふせますが、ミシェル・ビュッシのファンにもおすすめしたい。カナダ出身の俳優・監督のシャルロット・ルボンは本作を16mmで撮影。思春期の純粋さやもろさ、大人になることへの漠然とした恐怖などを切なくも鮮やかに切りとった一作です。



タイトル『ファルコン・レイク』
公開表記:8月25日(金) 渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー
コピーライト表記:© 2022 – CINÉFRANCE STUDIOS / 9438-1043 QUEBEC INC. / ONZECINQ / PRODUCTIONS DU CHTIMI
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監督・脚本:シャルロット・ル・ボン
出演:ジョゼフ・アンジェル、サラ・モンプチ、モニア・ショクリ
原作:バスティアン・ヴィヴェス「年上のひと」(リイド社刊)
提供:SUNDAE 配給:パルコ 宣伝:SUNDAE
原題Falcon Lake|2022年|カナダ、フランス|カラー|1.37:1|5.1ch|100分|PG-12|字幕翻訳:横井和子
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公式サイト・SNS各種
◉『ファルコン・レイク』公式サイトsundae-films.com/falcon-lake
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■映画『ファルコン・レイク』予告編■

 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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