今月もこんにちは! 今までアイスで事足りていたのですが、今日はついにガリガリ君に手を出してしまいました。今夏何本食べることになるのかな……(汗)。

*今月の名探偵本*
マーティン・エドワーズ『モルグ館の客人』(加賀山卓郎訳/ハヤカワ文庫)


 絶対媚びない名探偵レイチェル・サヴァナクが主人公のシリーズは、二作目にして早くも最強レベルの敵が登場。犯罪学者レオノーラは、殺人を犯したにもかかわらず罪を逃れた者たちを呼んでパーティを開催します。レイチェルと新聞記者のジェイコブも招待されるのですが、そこで思わぬ事件が起きてしまいます。今回はある程度レイチェルの素性がわかった上での登場のせいか、謎解きに専念することができました(犯人が当てられたかは別ですが)。レイチェルの仲間たちも前作よりさらにキャラがたっていて、チームとしての活躍も読みどころになるかと思います。ジェイコブも前作のようにレイチェルに翻弄されるがままではなく、なかなか自分なりに頑張ってはいるものの、やっぱりちょっと脇が甘いんですよねえ。いやそれ絶対に罠だから! と読んでるこっちがハラハラする場面がしばしば。ていうかなぜそこを信じるかジェイコブ! そして巻末には〈手がかり探し〉として、ページ数まで特定して伏線の数々が載せてあります。まずはここは読まずに自力で推理、なるほどねーと納得しながら再読するのをオススメします!

*今月の最厚本*
マット・ラフ『魂に秩序を』(浜野アキオ訳/新潮文庫)


 今月のどころか、”新潮文庫史上〈最厚〉”だそうです。裏の紹介文には、主人公のアンドルーは多重人格者の魂の代表とあり、まずここで、今は解離性同一性障害って言わなかったっけ? と原書刊行年を見てみると2003年。そんなに前の本なのかーふむふむと思って読みすすむと、これが20年以上前の小説? という驚くことに。最後のページに、原書に忠実な訳であることと、その理由について編集部からの一文が付いていますが、知らなかったら最近の作品だと思っていたかも(たしかに、今はそれはちょっと……というような描写もありますが)。 なんかまったく内容の説明になってないんですが、自分は“あまりにも辛い人生を送ってきた2人が傷だらけになりながら一緒に壁をぶち壊す旅に出る青春小説”だと思って読みました。最初は分厚さにビビりそうですが、読みはじめたら絶対に先が知りたくなります! なお帯に“メタおもしろいエンタテインメント大巨篇”とあるんですが、これほんとうは、ある登場人物の口グセみたいに“○○おもしろい”にしたかったんじゃないかと推測しているのですが、真相はいかに。

*今月の予言的中本*
クリスティン・ペリン『白薔薇殺人事件』(上條ひろみ訳/創元推理文庫)


 クリスティを全作読み終わって、もう読むものが無いとしょんぼりしている人に勧めたい一冊。
 舞台は現代。推理作家志望のアニーの元に、疎遠になっている大叔母の弁護士から1通の手紙が届きます。財産について話があるので事務所に来いと書いてありますが、もともと相続権は母親にあるはず。アニーは事情を聞きに単身ドーセットに向かいます。実は大叔母は1965年、16歳の時に、自分はいつか誰かに殺されると占い師から予言されていました。クリスティーの『ハロウィーン・パーティ』では魔女の予言はインチキでたわいないものでしたが、本書のそれは大叔母の人生に大きな影を落とし、誰かに殺されるという妄執のあまり周囲を寄せつけない変わり者になっていたのです。そして現地に着いたアニーを待っていたのは、なんと大叔母の他殺死体。誰もが知り合いの小さな町で、検死医や担当刑事すら被害者となんらかのつながりがありそう。大叔母が残した膨大な調査記録と関係者の聞き込みだけで、アニーは真相を突き止められるのでしょうか。
 不吉な予言、図書室の血まみれの死体、そばに散らばる白薔薇、うさんくさい親族……、若き日の大叔母が日傘とドレスで優雅に午後のお茶を飲んでいる場面を思い浮かべたいところですが、65年ってローリング・ストーンズが『サティスファクション』をリリースした年なんですよね。それを踏まえた当時のファッションを想像しながら、ぜひ謎解きに挑戦してみてください!

*今月のイチオシ本(で最長タイトル本)*
ベンジャミン・スティーヴンソン『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』(富永和子訳/ハーパーBOOKS)


 本書を読もうとしているあなた、ノックスの十戒、そらで言えますか? 無理!というひと(私も!)、全然問題ありません。冒頭に全文載ってて、しかもすぐ読み返せるように折り線印までついているのです。主人公で語り手のぼく、アーニーは、初心者向けに犯罪小説の書き方を指南する本を執筆しています。3年ぶりに帰郷する兄のために、家族全員が真冬のリゾートロッジに集まったその夜、近くの雪山で男の死体が発見されます。何か隠している家族たち、あてにならない警察官、妙に冷静なロッジのオーナーが身元不明の被害者をめぐって右往左往する中、やっと兄が姿を現すのですが……。
語り手含む登場人物たちの怪しげな言動、兄の不在理由、家族の辛い過去など、さまざまな事実が明かされていく中、第二の衝撃的な殺人事件が起きてしまうのです。謎解き・犯人当てミステリとしてたいへん面白いうえに、アーニーは職業柄、文中で起きたこと、書かれていることが十戒に背いていないかを気にするのですが、なんとなくハッキリしないというか自信なさげだったりして、小心者探偵のユーモア・ミステリとしても楽しめるようになっています。著者HPの次作 Everyone On This Train Is A Suspect は〈6人の作家、5人の探偵、4日間、3つの凶器、1つの列車〉と書いてあって、それめちゃくちゃ読みたいんですが! まずはこちらをぜひ。

*今月の番外編本*
カレン・ピアース『料理からたどるアガサ・クリスティー 作品とその時代』(富原まさ江訳/原書房)


 クリスティーの作品に登場した、または彼らが食べたと思しきメニューをレシピ付きで紹介した楽しい本。1920年代から70年代の年代ごとに分けられた章では、古き良き時代の豪華なメニューや、家事の電化、戦中、戦後の食糧供給事情などが作品とともに語られていきます。読んでいくと、たしかにあの食事場面では料理のプロが必要だとか、使用人がいなくなった時代の家庭料理とか、イギリスの台所の歴史がクリスティーの作品とどうつながっているかが面白く読めます。
 この手の本は材料の調達、調理法などで日本の家庭では再現が難しいレシピがよくあるのですが、本書は2~4人分の量だったり、珍しい食材もほとんどないのでチャレンジしやすいと思います。ただし自分は『チムニーズ館の秘密』の章に出てくるポーチド・エッグをいまだに成功したことがなくて。『バートラム・ホテルにて』でミス・マープルが“完璧なポーチド・エッグ”がいかに素晴らしいかを説くくだりで毎回ため息をついてしまいます……。なお本書のレシピはすべてベーキング・ソーダ(食用重曹)が使われているので、普段ベーキング・パウダーを使う人はこちらの記事が便利かと。ご参考まで。
https://www.cotta.jp/special/article/?p=4561 

*今月の新作映画*
『フォールガイ』(8月16日(金)より、全国ロードショー!)





 大スターのトム・ライダー(アーロン・テイラー=ジョンソン)のスタントダブルで売れっ子スタントマンのコルト(ライアン・ゴズリング)は、撮影中の事故が原因で大怪我を負い、つきあっていた撮影アシスタントのジョディ(エミリー・ブラント)に一言も告げずに姿を消してしまいます。それから1年半後、業界からすっかり足を洗っていたコルトの元に、トム主演で撮影中のアクション大作でスタントをしてほしいと連絡が。断ろうとしたコルトでしたが、なんと元カノのジョディの初監督作と知り、急遽シドニーへ。ところが再会したジョディは当然のことながらコルトをガン無視。とりあえず仕事に専念しようとするコルトに、彼を呼んだプロデューサーのゲイル(ハンナ・ワディンガム)から衝撃の事実が。なんとトムは行方不明! 切羽詰まったゲイルはコルトにトム探しを頼むのでした。



 元ネタは80年代のTVシリーズ『俺たち賞金稼ぎ!!フォール・ガイ』。でもそっちを観ていなくても全然大丈夫! ジェイムズ・サリス原作の映画『ドライブ』から13年ぶりにスタントマンを演じるゴズリング。もともとコメディ作品もばっちりこなす彼ですが、今回の役柄ははっきり言ってかなりしょうもない! まあ理由はわからないでもないけど、やっぱり彼女には言わないとダメじゃん!! と外野からダメ出しするのも楽しいラブコメで、ちょっとダメ男役が相当ハマってます。コルトがどうやって再アタックできるのかも気になるところですが、もちろん景気のいいアクションシーンも大満足、夏休みにうってつけの娯楽大作になっています。それから挿入曲のセンスがまたたまらないんですよ! 70年代から2010年代まで「うわ、それ使うの!」と盛り上がること間違いなし。あと自分が楽しかったのがジョディの服装の変化。アシスタント時代の普段着が、監督になったらラルフローレン風のリゾートウェアに変わっていたのがツボでした。くれぐれもエンドクレジットも見逃さないように!



 
 


作品タイトル『フォールガイ』
公開表記:8月16日(金)より、全国ロードショー!
コピーライト:©2024 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.
配給:東宝東和

■CAST
ライアン・ゴズリング:コルト・シーバース
エミリー・ブラント:ジョディ・モレノ
ウィンストン・デューク:ダン・タッカー
アーロン・テイラー=ジョンソン:トム・ライダー
ハンナ・ワディンガム:ゲイル・メイヤー
テリーサ・パーマー:イギー・スター
ステファニー・スー:アルマ・ミラン

■STAFF
監督:デヴィッド・リーチ
製作:ケリー・マコーミック デヴィッド・リーチ ガイモン・キャサディ ライアン・ゴズリング
製作総指揮:ドリュー・ピアース セシル・オコナー ジェフ・シーヴィッツ
脚本:ドリュー・ピアース

ユニバーサル映画/原題:THE FALL GUY
2024年/アメリカ
上映時間:2時間7分/スコープ・サイズ
字幕翻訳:林完治/吹替翻訳:野口尊子/字幕監修:谷垣健治

■オフィシャルサイトhttps://fallguy-movie.jp/

 
■映画『フォールガイ』本予告(ライアン・ゴズリング スペシャルコメント付)<8月16日(金)全国公開!>

  

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho










 

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