書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 この連載が本になりました! 『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)は絶賛発売中です。

 (ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

 

 

酒井貞道

『魂に秩序を』マット・ラフ/浜野アキオ訳 

新潮文庫

 他にも良いのが沢山ありましたが、2024年7月はこれを選ぶしかない。

 この千ページ以上を擁する大作の主人公はアンドルーで、準主人公はペニーである。前半だけだと二人とも主人公で、後半徐々にアンドルーの物語としての性格が強くなり、終盤に至るとペニーは明らかに「主人公に準じた」存在に格が下がります。前半は、秩序だった多重人格を構成しているアンドルーが、多重人格が錯綜・混乱しているペニーを助けようとする物語として進む。ただし長尺であり、実際に手助けが始まるのは二百ページ以降。そこですったもんだあって、六百ページを超えた辺りから、アンドルーという人格が、自分の知らない過去――人格が生まれる前なのでアンドルー自身は体験していないし、他の人格も教えてくれなかったから知らないのは当たり前ではある――と向き合う物語に変化する。ロードノヴェルの要素も生じる。ミステリの要素もこの後半に集中している。推理の要素や意外な真相も用意されていて、間違いなくミステリ・ファンにはオススメなのだが、何せ前半で小出しに開示される情報がなければ何がどうミステリなのか言いづらいので、ここは「私を含めた既読者を信じてほしい」と書くしかない。そして、実際にミステリになるまでの展開も、別にかったるくはなく、それどころか読み応え十分で劇的ですらあり、面白いのである。主人公も準主人公も多重人格であり、彼らの中に住まう人格には、非常に印象深い人物が揃っている。それらの魅力的な登場人格が、アンドルー内、ペニー内でそれぞれ人間ドラマを繰り広げる上に、肉体的・物理的な意味での他者とかかわることで、多重人格が織り成す人間ドラマは肉体の枠を越えて広がっていく。この仕掛けは非常に面白いし、小説に豊かさをもたらす。インナースペースの物語と解せば、本書はSFとすら言えるだろう。この他に類を見ない独特な人間模様が六白ページ以上、劇的かつ鋭く、丁寧に描写された上で、それがなければ書けないミステリが展開されるのである。読まない手はない。

 なお、失恋描写の解像度がとんでもなく高いので、非モテは性別も性的嗜好も関係なく致命傷を食らいかねません。それだけは警告しておきます。私? 死んだに決まってるでしょ?

 

千街晶之

『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』ベンジャミン・スティーヴンソン/富永和子訳 

ハーパーBOOKS

 タイトル通りの内容である。何しろ、本文の最初の一行が「ぼくの家族は全員誰かを殺したことがある。実際、ひとり以上殺した猛者もいるくらいだ」と始まるのだから。さぞや殺伐たる犯罪小説か……と思いきや、本文の前にはミステリファンならお馴染み、ロナルド・ノックスの「探偵小説十戒」が掲げられている(ご丁寧に、あとから読み返す時のための谷折り線までつけて!)。記述者の「ぼく」は主に犯罪小説の書き方を執筆している作家だが、自分たち家族の犯罪について記す上で、自分は「信頼できない語り手」ではなく「信頼できる語り手」であり、これから記す内容はすべて真実である……と言明し、ノックスの十戒に従ってフェアに謎解きをやると宣言する。更に、ご丁寧にも何ページ目で人が死ぬかさえもプロローグの時点で明かしてあるのだ。そこから先の展開はここに書かないほうがいいだろう(出来れば、カヴァー裏のあらすじ紹介も読まないほうがいい)。ただ、一瞬も退屈させない秀逸なサスペンス小説であり、同時に、これが手掛かりだということを語り手があらかじめ教えてくれるという意味で、読者に対して大変親切な本格ミステリでもある(だからといって油断は禁物)とだけは記しておく。アガサ・クリスティーの小説や、ダニエル・クレイグ主演のミステリ映画「ナイブズ・アウト」シリーズが好きな方にお薦めしたい。

 

上條ひろみ

『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』ベンジャミン・スティーヴンソン/富永和子訳 

ハーパーBOOKS

 異常者の集まりではないのにどういうわけか人を殺しがちなカニンガム一家とその縁故者、合計九人が雪山のロッジに集う。このものものしくもわくわくするようなお膳立てからして掴みはOKな『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』は、徹底的に謎解きを楽しませてやろうという攻めの姿勢が感じられる謎解きミステリ。著者のベンジャミン・スティーヴンソンはオーストラリアの作家です。

 三十五年まえに父親が警官を殺したことで残された家族全員が苦渋の日々を送ってきたカニンガム一家。彼らが久しぶりにスキーリゾートで顔を揃えた翌日、リゾート内で見知らぬ男の死体が発見されます。それはブラック・タングと呼ばれる連続殺人鬼の犯行を思わせるものでした。やがて、だれもが嘘をつき、だれもが何かを隠しているという状況のなか、第二、第三の殺人が起こります。

 ストーリーそのものも読ませるのですが、この作品の魅力はなんといっても語りのおもしろさ。語り手は自称〝信頼できる語り手〟のアーネスト・カニンガムで、この人がかなりおちゃらけたキャラなので、めちゃくちゃ読みやすいんですよ。アーネストは作家なのですが、おもに書いているのは犯罪小説の書き方ということで、この作品そのものがミステリの読み方の指南書みたいになっているんですね。何ページで人が死にますとか、「えっ、それ言っちゃっていいの?」というような意図的なネタバレが随所に出てくるにもかかわらず、謎解きの楽しみは少しもそがれることがないのがひじょうに巧妙です。しかも、どうですフェアでしょう!とばかりに、途中休憩がてらこれまでの注意点をまとめてくれるという親切設計(そういえばマーティン・エドワーズの『モルグ館の客人』でも巻末にポイントがまとめてあって、ちょっとびっくりしました)。ノックスの十戒へのリスペクトがハンパなく(巻頭ページに全文が載っていて、何度も読み返せるように谷折り線がついてます。これも親切設計!)、ルールを守ることでミステリはこんなにおもしろくなるんだよ!とアピールしつつちょっと茶化してもいるという高度なテクが使われています。

 ラストでは当然ながら全員を集めての謎解きシーンがあるのですが、ここでの伏線回収がとにかく気持ちいいんですよ。読後感も爽快! 謎解きミステリ好きはもちろん、「ノックスの十戒」ってなにそれおいしいの?という人にもお勧めしたい作品です。

 

川出正樹

『魂に秩序を』マット・ラフ/浜野アキオ訳 

新潮文庫

 いつまでも読んでいたい。登場人物と別れたくない。彼らの行く末をもう少し見届けたい。そんな思いに駆られる小説に久々に出会えた。マット・ラフ『魂に秩序を』だ。新潮文庫最厚の千ページ超というこの大冊は、帯にずらりと並び記されているように、過去の不審死の謎を巡るサスペンス溢れるミステリであり「ボーイ・ミーツ・ガール」形式の青春恋愛小説であり“生まれて間もない26歳の青年”の成長を綴った教養小説であり、多重人格者が自らのルーツを探るべく原点へと旅するロードノヴェルでもある。まさに様々なジャンルの面白さが同居する極上のエンターテインメントなのだ。

 継父による虐待のせいで解離性同一性障害となったアンディ。無数の魂が共存できるよう精神世界の秩序を維持し、代表格として現実世界に対応する役割を担うために一ヵ月前に生み出されたアンディの別人格アンドルー。ある日彼は、上司のジュリーから自分と同じ状態にある女性ペニーに引き合わされる。第一部〈均衡〉は、この二人が徐々に相手に対する理解を深めていく青春小説としての色合いが濃く派手な事件はほとんどおきない。にもかかわらず先が読めない展開は無類に面白く、気がつくと600ページを読み進めてしまっている。そして第二部〈混沌〉に入るや、ミステリとしての色彩が一気に強まり、ロードノヴェルのスタイルをとって静から動へと転調するのだ。ここからは一気呵成だ。しかもただ面白いだけの作品ではない。読んでいる間、様々なことを考えさせられる。それが何かも含めて、物語の詳細は敢えて語らない。間違いなく今年を代表する小説である本書を絶対の自信を持って推す。

 それにしても七月もまた、タイプの異なる傑作目白押しの月だった。将来殺されるという予言を信じた被害者が、来たるべき悲劇に備えて犯人候補者の言動を探り手掛かりをかき集めて記録しておいたという逆転の発想が斬新な、クリスティン・ペリンによる入念に作り込まれた謎解きミステリ『白薔薇殺人事件』(上條ひろみ訳/創元推理文庫)。あまりにリアルな肌触り故に、『トゥルー・クライム・ストーリー』や『キル・ショー』以上に情念と屈託と悪意と信念と幼稚さが胸に迫り、ラスト近くで執筆者が投げかける一言が読後澱となって残るイライザ・クラークの迫真のモキュメンタリー『ブレクジットの日に少女は死んだ』(満園真木訳/小学館文庫)。認知症が進行しつつある凄腕の殺し屋という最悪の最厄が、恋心を核にカタストロフィに向けて爆走する滑稽なまでに酷薄なピエール・ルメートルによるロマン・ノワール『邪悪なる大蛇』(橘明美・荷見明子訳/文藝春秋)。どれも年間ベストに絡むであろうお勧め作品だ。

 

吉野仁

『邪悪なる大蛇』ピエール・ルメートル/橘明美・荷見明子訳 

文藝春秋

なんとルメートル最後の犯罪小説だと謳われている。序文で作者がそう宣言しているのだ。しかも一九八五年に書いた初めての小説をもとにしているという。ほんとうらしい嘘をつくのが商売である作家の言葉だと思いながらも、それを信じて読みはじめると、なんと主人公は六十三歳の女性であり、しかも冷血で知られた殺し屋だというのでまた驚かされた。まるでク・ビョンモ『破果』ではないか。44マグナムで依頼の仕事をなんなくこなしてみせたヒロインは、しかしすでに認知症を患っており、いつもの手順がこなせなくなっていた。なにか残酷で寂しいコメディといえる物語で、その世界に深く引き込まれてしまった。そのほか、マット・ラフ『魂に秩序を』は千ページをこえる大作で、いわば多重人格者による多重ジャンル小説だ。新たに生まれた人格アンドリューが別の人格たちと入り乱れ、魂を救おうとする冒険をくりひろげる。で、そこにもうひとり同じ障害をもつペニーという女性も登場し、そのクソ〈口悪〉なクソ人格マレディクタがもうクソ最高だった。本作中「クソ」が全部で二百数十回ほど出てくるのだが、そのうちマレディクタが何回言ったか、数えなおさねば。なぜこの二人が多重人格にならざるをえなかったのか、それぞれの人格にどういう意味があったのかも再読して確認したい。今月のポケミス、マット・クリエ&ハリソン・クリエ『幽囚の地』は、純然たるホラーサスペンスで、すごくシンプルな設定なのにこちらも読み出すとやめられない。舞台は、アイダホ州の田舎町。そこに家と牧場を買った夫婦が引っ越してくると、隣人が忠告してきた。この土地に住んでいる精霊よけのルールにしたがってほしいと。最初はまったく相手にしなかった夫婦だが、やがて恐怖の体験を味わうことになる。超自然的な現象をほんとうの出来事のごとくじわじと思わせて読ませる作者コンビの筆力にはおそれいる。おそろしいといえば、イライザ・クラーク『ブレグジットの日に少女は死んだ』も悪夢を感じさせる作品だった。こちらは、最近むこうで流行のフェイク・ドキュメンタリー形式で書かれた疑似ノンフィクション犯罪小説。十六歳の少女が暴行を受けて焼き殺されるという事件で、犯人は同じ高校に通う少女三人。ジャーナリストの主人公が取材して被害者と加害者それぞれの生い立ち、事件までの経緯をまとめたという体裁ながら、学校の教室でのそれぞれの立場、いわゆるスクールカーストやいじめなどが生々しく描かれており、ほんと読むのがしんどい。イギリス国民の半数以上がブレグジット賛成の投票へなだれこんだごとく、この事件もはからずしてもしくは起こるべくして起きてしまったということなのか。今月はいわゆる黄金時代風本格もしくは犯人当てミステリが大賑わいで、まずはクリスティン・ペリン『白薔薇殺人事件』は、大叔母フランシスが大邸宅に住む田舎町に招かれたヒロイン、不吉な予言とそれが実現して起こる殺人、フランシスが残した若き日の日記といったもので構成された犯人当てミステリ。過去の人間模様と出来事が現在の事件にどうかかわっているのかという展開で読ませていくものだ。ベンジャミン・スティーヴンソン『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』もまた、雪山で起きた連続殺人を描くだけでなく、冒頭に「ノックスの十戒」が掲げられ、プロローグは「ぼくの家族は全員誰かを殺したことがある」という一文からはじまる。また語り手はミステリー小説の書き方などハウツー本をてがけていて、黄金期のミステリーや守るべきルールへの言及があるものの、単純な黄金時代本格の模倣にとどまらないさまざまな趣向を入れ込んでいるから油断ならない。マーティン・エドワーズ『モルグ館の客人』は女性探偵レイチェル・サヴァナクが活躍した『処刑台広場の女』の続編ながら、ある館の主人で女性犯罪学者のレオノーラという新たなクセモノが登場する。あらすじを読むと館のパーティに集められた、殺人を犯しながら裁かれなかった連中をめぐる物語とあるものの、どうも話の本筋が見えにくい展開で、ゆいいつ新聞記者ジェイコブ登場場面が明快ゆえ救いだったが、最後はめでたく犯人探しミステリとして決着する。と、こうした黄金時代風本格ものが並んだなか、もっとも楽しく夢中で読んだのが、ジジ・パンディアン『壁から死体? 〈秘密の階段建築社〉の事件簿』だった。副題に「〈秘密の階段建築社〉の事件簿」とあるのは、ヒロインの実家の家業は、なんと仕掛けで開く扉や隠し部屋などを家に造ることが専門の工務店なのだ。日本でいえば「あなたの家を忍者屋敷にします」というようなものか。この設定だけですでにわくわくさせられるのだが、驚くのはまだはやい。ヒロインのテンペストはもともとプロのイリュージョニスト。彼女の一家も南インド出身でむかしからのマジシャンなのである。しかもテンペストの友人は大のジョン・ディクスン・カー好きだったり(作中おもに古典本格の題名があがっているなか『占星術殺人事件』もあった)、とうぜん不可能犯罪に犯人探しが展開したりするなどミステリーとしての面白さも十分で、さらにさらに……。ああ、あとは読んでのお楽しみ。こちらもとうぜん単なる古典の焼き直しではない現代性を感じさせられるばかりか、まだまだ謎はつきないので続編の邦訳が待ち遠しい。

 

霜月蒼

『ブレグジットの日に少女は死んだ』イライザ・クラーク/満園真木訳 

小学館文庫

 イタくて苦しい厭な共感と、凄惨な出来事への嫌悪とが同時に襲ってきてツラい。というのが『ブレグジットの日に少女は死んだ』を読みながら痛切に感じていたことだった。本作は、海辺の町に住む少女が、同じ学校の少女三人に壮絶な暴行を受けた末に焼き殺されたという事件を、アレック・カレリというジャーナリストが取材してノンフィクションとしてまとめたものを、刊行後に明らかになった原著の問題についての注釈を加えて再出版されたもの、という体裁でイライザ・クラークが書いたフィクションである。ということで日本推理作家協会賞を受賞したジョゼフ・ノックスの傑作『トゥルー・クライム・ストーリー』を思わせるが、事実の断片のはざまに覗く得体の知れない闇にフォーカスしてゆくノックス作品と印象はまったく異なり、こちらはティーンエイジャーの――それもスクールカーストの上位ではない少女たちの――自意識と未熟さが招き寄せる「誰も幸福にしないスパイラル」を追ってゆく。つまり本書は読む者の胸を張り裂く青春犯罪小説なのである。

 古今の未成年者による惨殺事件(日本のものも含む)や、ネット上の悪趣味カルチャーや冷笑系まとめサイト、あるいは二次創作界隈などに言及しながら、どうしようもなく互いを傷つけあう少女たちの青春時代が語られてゆく。何が起きるのかは冒頭ですでに知らされているから、両手で目を覆いながら指の隙間から惨劇がついにはじまる瞬間を待ちわびるような気持ちで読み進むことになる。そんな物語を収める「外側」の趣向の効き方も『トゥルー・クライム~』とまったく異なるもので、523ページの最後の1行など、「犯罪の物語を読む私たち」に向かっても礫は投げられている。

 本書も趣向の目立つ作品だったが、今月は『壁から死体?』などそういう作品が多く、なかでmは〈ノックスの十戒〉を冒頭に引き、語り手が「自分は信頼できる語り手だ」と豪語する『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』が楽しく、古典ミステリへの言及が単なる賑やかしではなく、良質のミステリ・マインドを感じさせる秀作でした。こちらもおすすめ。

 

杉江松恋

『白薔薇殺人事件』クリスティン・ペリン/上條ひろみ訳 

創元推理文庫

 お気に入りマット・ラフの『魂に秩序を』と迷ったのだが、犯人当て小説である点を重視してこちらを。実にいい読み心地だったのである。

 物語は現在の視点に過去パートが故人の日記という形で挿入される方式で叙述されていく。ミステリー作家志望のアナベル(アニー)・アダムズはある日、大叔母フランシスを訪問する。アニーと母親は彼女の所有する建物に住んでおり、意向を気にしなければならない立場なのだ。到着早々フランシスは亡くなる。現場の状態からアニーは殺人の可能性があると主張し、警察に連絡する。これが現代パートの始まりで、アニーはある理由で犯人当ての競争に参加しなければならなくなるのである。時限が切られていて、勝たなければならない動機も与えられるので、彼女の推理ゲームに読者は感情移入できる。

 この小説の特徴は過去パートにあり、フランシスは少女時代に占い師からいつか何者かの手で殺されるという予言をされていた。そのため、自分が誰にいつ殺されるのかを異常なほど気にしていたのである。アニーは大叔母が、周囲の人間についての情報をかき集めていたことを知る。無数のファイルは不義不正や犯罪のデータバンクのようなものである。当然それは、誰かにとっては罪を犯しても口を封じたい情報だろう。殺人事件の被害者が、動機など犯人につながる情報をあらかじめ記録していて、それを探偵役が読み解いていくという構図が本作の特徴である。犠牲者が恐喝の常習者というパターンは珍しくないが、これは独創性が高い。

 フランシスが17歳だった1966年を描く日記の叙述は興味深いもので、そこだけでも青春小説として成立している。実はこの日記から、私はある推論を組み立てたのである。推論というか、真相についての漠然とした方向付けというか。そういう展望を見せてくれそうなほど、叙述が魅力に溢れているということでもある。アニーは探偵役としては頼りない部類に入り、読者のほうが先回りできそうな場面が随所にある。伴走しながら推理を楽しむ小説なのだ。探偵に先んじて真相に到達した、と感じられる箇所がある犯人当て小説はいいものである。そして、到達したと思っていた真相が間違っていたら、さらにおもしろい。心地よく裏切られて満足し、読み終えた。おもしろいです。

 

 マット・ラフの全部入り小説と、変則家族犯罪小説が人気を集めました。なかなかの激戦が繰り広げられた一月だったと思います。さあ、来月はどうなりますことか。(杉)

 

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧