今月もこんにちは! 今年「暑い」と言うごとに500円玉貯金をしていたら、今頃海外旅行に行けたかも……。というわけで今回はイギリス、フランス、アメリカ&グリーンランドが舞台の作品を。

*今月のシリーズ本*
M・W・クレイヴン『ボタニストの殺人』(東野さやか訳/ハヤカワ文庫)

 みんな大好き〈刑事ワシントン・ポー〉シリーズの新作は、密室ミステリ、しかも雪上の足跡!そして連続不可能犯罪!と、ミステリ好きをうっとりさせるような要素てんこもり。まずは冒頭の西表島(もちろん日本の)でぐっと掴まれ、一体ここがどう関係してくるのかと頭をひねる間もなく、トーク番組の生放送中に倒れたミソジニーの男が変死する事件が起きます。被害者に脅迫状が届いていたため殺人事件として捜査されることになった矢先、病理学者ドイルからポーに衝撃の電話が。殺人容疑で逮捕されたというのです。シリーズの人気の理由の一つである登場人物たちは、回を重ねるごとにどんどん自然になってきて、本書で特に親しみやすさがぐっと増したように感じます。ポーとティリーの可笑しなやりとりにもさらに磨きがかかり、鬼の居ぬ間にジャンクフードに突進するポーとフリンの涙ぐましい努力とその悲しい(?)顛末など、酒井貞道氏の解説タイトルのように、とにかく読んでいる間ずっと楽しい! 自分は一作目の『ストーンサークルの殺人』の真相が結構辛かったので、こんな風にシリーズが展開していくのは嬉しい驚きです。先日紀伊國屋書店で行われた担当編集Iさんによる『ボタニストの殺人』勉強会では、著者から日本のファンに向けたメッセージビデオが流れたのですが、そこでご本人がマイクと名乗って初めてMが何の略かわかりました(笑)。

*今月の味わい深いタイトル本*
ペトロニーユ・ロスタ二ャ『あんたを殺したかった』(池畑奈央子監訳、山本怜奈訳/ハーパーBOOKS)

 パリ、ヴェルサイユ署に、ローラと名乗る若い女性が殺人を犯したと自主してきます。犯行の状況とその後の処理について詳しく供述したことから、ドゥギール警視ら担当チームは捜査を開始しますが、遺体も犯罪の痕跡も自供のとおりには見つかりません。ローラの態度にも不可解な点が見受けられ、捜査は難航。動機を調べたところ、10年以上前の痛ましい事件に辿りつきます。そこからは捜査班の不眠不休の努力と、執念にも近い警視の必死の捜査で真相に辿り着くのですが、帯にあるとおり、結末の衝撃は相当なもの。久しぶりにフランスのお家芸ともいえる嫌?な読後感を味わえました。あと本書には拘置所に入所する際の手順とか、そうしたフランスの制度について詳しく書かれていたのが興味深かったです。読後に原題通りのタイトルを見直せば、「ああ、そういう意味だったのか!」と膝をうつこと間違いなしのサスペンスです。

*今月のスパイ本*
エイヴァ・グラス『エイリアス・エマ』(池田真紀子訳/集英社文庫)

 イギリス国内で4件の連続殺人が起きます。犯行の手口は大胆で、被害者はすべてイギリス政府の保護下にあったロシア出身の科学者。情報機関〈エージェンシー〉に入って2年目のエマは、上司リプリーから重大な任務を与えられます。それはかつてMI6の情報提供者で、イギリスに亡命したロシア人科学者エレナ・プリマロフの一人息子マイケルの保護。医師の仕事を放っておけない彼は保護を拒否しているというのです。同じ20代のエマなら彼を信頼させ説得できると考え、組織はエマを単独で初の危険な任務に送り出します。海外のレビューの多くで007シリーズと比較され、好評を博した本書。大きな違いのひとつは、舞台がほぼロンドン市内に限られている点でしょう。ロンドン市内の至る所に設置されている監視カメラは、犯罪防止や捜査には大いに役立ちますが、本書のようにハッキングされたら、その網の目から抜け出すのは至難の業。ロンドンの北から南まで移動する“だけ”のミッションがどれだけ困難で危険かという、スリル満点の都市型スパイアクションです。しかもゴール地点がスパイもの好きな人にとってのシンデレラ城(?)、ヴォクソールのMI6本部! 007映画『ワールド・イズ・ノット・イナフ』『スカイフォール』で爆破されたあのド派手な建物というところもたまりません。本国ではシリーズ化されている本書、ぜひ続編も読めますように!

*今月のイチオシ本*
サイモン・モックラー『極夜の灰』(冨田ひろみ訳/創元推理文庫)

 舞台は暮れも押し迫った1967年のワシントンDC。NYの精神科医ジャックは、陸軍病院でコナーという男と話をしようとしています。北極圏の極秘施設で起きた火災により顔と両手に重度の火傷を負った彼は土木などの下働きをしていた一兵卒で、現場で彼と一緒にいた主任研究員と三等軍曹は死んでいました。ひとり生き残った彼は事件が起きる数日前からの記憶を失っており、事件の詳細を聞き出すようCIAはジャックを派遣したのです。捜査資料とコナーの証言の裏付けのため、聞き役である医師ジャックが驚くほどフットワークも軽く行動するからでしょうか。尋問場面がほとんどなのに、本書は冒険小説のようなダイナミックさを感じます。読み進めば進むほど謎が深まり、不気味な側面も浮かび上がったりと、とにかく先が気になってページを繰る手が止まりません。結末で判明する驚きの真相も予想以上で大満足。できれば一気読みを推奨します!

*今月の新作映画*
『ヒットマン』【9月13日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー】




 ニューオーリンズの大学で哲学と心理学を教えているゲイリーは、愛する猫2匹と静かに暮らすバツイチ。人の記憶に残らないような地味な外見で周囲からはスルーされていますが、実は彼には特殊な副業が。電子機器の取り扱いが得意なことから、警察の外部アドバイザーとしておとり捜査に協力しています。隠しカメラと隠しマイクを使い、殺し屋を装った警官に殺人を依頼する現場を押さえ、依頼人を逮捕するのです。



 ところがある日突然の転機が訪れます。殺し屋役のおとり捜査官ジャスパーが謹慎となったため、急遽ゲイリーが殺し屋役を演じることに。ダメ元とあきらめつつ見張っていた同僚たちは、殺し屋を装ったゲイリーの巧みな話術にびっくり。スムーズに交渉が成立し、依頼人はその場で無事逮捕。意外な才能に驚いた警察チームは、おとり捜査官としてゲイリーを使い始めます。ゲイリーの方もまんざらではなく、変装のみならずキャラクター設定まで考えて、次々に殺人依頼者を逮捕に導くことに。


 今日も楽勝と思いつつ依頼人を待っていたゲイリーは、現れたマディソンに一目惚れしてしまいます。嫉妬深い夫のモラハラ等で我慢の限界にきて夫殺しを決心し、殺し屋に払うお金を貯めたという彼女に、ゲイリーは仕事を忘れて依頼を諦めさせました。それ以来彼女のことが頭を離れないゲイリー。そして数日後、あることが起きます。
 軽快なクライム・コメディといった趣きで進むこの物語、なにがびっくりしたって、この主人公のモデルは実在の人物なんですよ! もちろんXXのくだりはフィクションですが。とりわけカール・ハイアセンやエルモア・レナードのファンにはぜひ勧めたい一作です。 



 主演は『トップガン マーヴェリック』以来、『恋するプリテンダー』『ツイスター』で日本での人気もうなぎのぼりのグレン・パウエル。本作では共同脚本も手がけ、さまざまなコスプレで楽しそうに演じています。今後はスティーヴン・キングの『ランニング・マン』リメイク(注:旧映画タイトル『バトルランナー』)にも出演が決まっているとのことで、楽しみに待ちたいと思います!


作品タイトル『ヒットマン』
公開表記:9月13日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー
コピーライト:©2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

監督:リチャード・リンクレイター
脚本:リチャード・リンクレイター&グレン・パウエル
原案:「テキサス・マンスリー」誌 スキップ・ホランズワースの記事に基づく
出演:グレン・パウエル/アドリア・アルホナ/オースティン・アメリオ/レタ/サンジャイ・ラオ
原題:Hit Man/2023年/アメリカ映画/英語/115分
字幕:星加久実
配給:KADOKAWA
HPhttps://hit-man-movie.jp/

 
映画『ヒットマン』キャストコメント付き予告編【9.13(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー】

 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho









 

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