今月もこんにちは! 年末ベストが近づいてきて、各社の推しミステリが書店に並び始めました。今年も豊作です!
*今月のシリーズ本*
リー・チャイルド『副大統領暗殺』(青木創訳/講談社文庫)
毎日のようにアメリカ大統領選のニュースが流れてきて、つい先日はトランプ暗殺未遂事件まで起きるという現実世界ですが、本書は2002年に刊行されたジャック・リーチャーのシリーズ6作目になります。アメリカ版本屋大賞の候補にもなった本書は、シークレット・サーヴィスの位置付けや政治家が行う感謝祭行事などが詳細に描かれており、タイムリーに面白いのではないでしょうか。このシリーズはどの巻から読んでも全く問題なく楽しめるので、Amazonのドラマで気になったひとはぜひ手に取ってみてください。ちなみに今のところ邦訳された中ではいちばんリーチャーのスーツ姿が多い作品です!
*今月のどっちから読んでいいか悩む本*
ガレス・ルーベン『ターングラス 鏡映しの殺人』(越前敏弥訳/早川書房)
赤い表紙の[エセックス篇]の舞台は1881年のイングランド南東部。医師シメオン・リーは、司祭である叔父オリヴァーの体調を診るため、レイ島に建つターングラス館を訪ねると、叔父は屋敷内の特殊な部屋で、ある人物を監禁していました。シメオンがさらに驚いたことに、叔父は自分が毒殺されると疑っていたのです。
青い表紙の[カリフォルニア篇]は1939年の西海岸で幕を開けます。俳優志望の若者ケンは、デューム岬にあるガラスで造られた奇妙な屋敷ターングラス館で、著名な作家オリヴァー・トゥック・ジュニアと出会います。文学の話で親しくなったケンは、オリヴァーから新作がテート・ベーシュ形式で書かれていると聞きますが、それが彼の最後の作品となってしまったのです。
エセックス篇には『黄金の地』、カリフォルニア篇には『ターングラス』という作中作が登場し、それらが謎を解く鍵となります。ひとつを読み終わった時点では?と思うかもしれませんが、もう片方を読むと、ああ!あれが伏線だったのか!と驚きが訪れるという、なんとも不思議な気分が味わえる作品です。
刊行前からその仕掛けが話題になっていた本書、実際手にしてみて装丁の凝り具合にうっとりしました。詳細は版元公式note https://www.hayakawabooks.com/n/neaa68a3e4a83 に載っています。翻訳書籍のデザインはオリジナルより素敵だなと思うことが多いのですが、特に本書はエセックス篇とカリフォルニア篇各表紙に使われている絵画のイメージが全然違って、しかもそれが内容にかなりマッチしていてさすがだなあと。どちらからでも読めるということなので、ひねくれた自分はカリフォルニア篇から読もうとしたのですが、そうするとうっかり続けて村上貴史氏の解説を読んでしまいそうだったので、結局エセックス篇から読みました(ちなみにエセックス篇後には訳者“なかがき”が付いています)。読了したときにはやっぱりエセックス篇からにしておいてよかったなあと思ったのですが、みなさまはいかがでしょう。秋の夜長、ぜひいちどこの挑戦的なミステリを体験してみてください。
*今月のイチオシ本*
アンソニー・ホロヴィッツ『死はすぐそばに』(山田蘭訳/創元推理文庫)
テムズ川を見渡せる高級住宅地の一角にある、その名もリヴァービュー・クロース。その6軒のうち最も大きな屋敷に家族と住む男が、クロスボウの矢で殺されていました。大金を動かす仕事先でのトラブルが原因の可能性もありましたが、被害者は騒音や非常識な言動のせいで近隣住民から苦情を受けていたのです。まっとうな隣人たちのはずが、調べれば調べるほど容疑が濃くなっていき、ついに第二の事件が発生してしまいます。
その事件はホロヴィッツがホーソーンと会う前に起きた5年前のもの。なのでホロヴィッツは当時の捜査メモや資料から真相を探らなければならないのですが、ホーソーンはなぜかこの事件を本にしたくないようなのです。今回は事件とホーソーンの過去、両方の謎に迫ります。
古山裕樹氏の解説にもあるように、著者はこのシリーズで、自分は小説執筆と映像関係の仕事のかたわら、ホーソーンという実在の名探偵と一緒に本当に起きた事件を追っていたかのような描き方をしていますが、本書は今までで一番、ホーソーン実在説が色濃く感じられたように思えました。実在といえば、本書を読んでから著者のインタビュー動画などいくつか観たところ、「ホロヴィッツ先生はご近所トラブルにあったことは?」という質問が多かったのですが、幸いご自身は隣人に恵まれていたとのことでなによりです!
*今月の新作映画*
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』10月4日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
19の州が連邦政府から離脱したアメリカ合衆国では内戦が勃発。テキサスとカリフォルニアが同盟を結んだ西部勢力対大統領率いる政府軍が、各地で激しい武力衝突を繰り広げていました。ワシントンD.C.から一歩も出ずに、事実とは違う戦況を一方的に流す大統領。記者のジョエル(ワグネル・モウラ)と戦場カメラマンのリー(キルステン・ダンスト)は単独取材を計画し、ベテラン記者と新人カメラマンの4人でチームを組み、ニューヨークからホワイトハウスを目指します。しかしその行手に待ち受けるのは、砲弾飛び交う危険な戦場だけではなかったのです。
監督・脚本はアレックス・ガーランド。小説『ビーチ』を読んでものすごい衝撃を受けてから早26年。今やすっかり映画監督・脚本家として有名ですが、本作を観て、やっぱりこの人は物語を作るのが巧いとあらためて思いました。今回のテーマは分断。舞台はアメリカで、近未来ディストピアSFのかたちをとっているけれど、観たら絶対に他人事ではないと痛烈に感じるはずです。今現在、世界のどこでも、もちろん日本でも起きている分断という現実。とても絶望的な展開で目を背けたくなりますが、観終わった後で話し合うことが大事かもしれません。自分はこの作品からとても強い反戦メッセージを受け取りました。今必要な作品のひとつだと思います。ぜひ。
作品タイトル:『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
公開表記:10月4日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
コピーライト:ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2024年製作/109分/PG12/アメリカ
原題または英題:Civil War
公式サイト: https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/
X(Twitter): https://x.com/civilwar_jp
Instagram: https://www.instagram.com/civilwar_jp/
TikTok: https://www.tiktok.com/@civilwar_jp
■【10.4 公開】映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』日本版本予告■
♪akira |
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翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました Twitterアカウントは @suttokobucho 。 |