今月はひさしぶりにジョージ・ペレケーノスの2018年の作品、“The Man Who Came Uptown” をご紹介します。

 28歳のマイケル・ハドソンは武装強盗の容疑で逮捕され、現在は拘置所で裁判の日を待つ身です。ティーンエイジャーのころから悪い仲間と縁が切れず、ずるずると犯罪に手を染めてきたため、今回の事件で有罪となれば5年の実刑はまぬがれません。ところが、彼に不利な証言をした目撃者ふたりがあいついで証言を撤回したため、起訴は取りさげられ、マイケルは釈放されることに。今度こそ真っ当に生きようと決意し、レストランの下働きとして働きはじめます。

 マイケルの弁護士マシュー・ミラポールが雇った調査員で、目撃者が証言を取りさげるのにひと役かったフィル・オーネイジアンは、ミラポール経由であらたな依頼を受けます。女子高生が両親の留守中に自宅でパーティをひらいたところ、何者かにデートドラッグをのまされたあげくレイプされ、おまけに母親の高価なブレスレットが盗まれた、娘の事件をおおやけにしたくないので警察には届けていないが、ブレスレットはどうしても取り返したい。それが依頼の内容でした。
 ブレスレットを盗んだのは女子高生の仲間とは無関係の犯罪集団だったことを突きとめたオーネイジアンは、保釈保証会社を経営するサディアス・ウォードを誘い、ブレスレットを取り戻すだけでなく、ほかの盗品もいただこうと計画を立てます。もともと、売春の斡旋業者から金を巻きあげるというサイドビジネスをおこなっていたふたりにとって、いつもより少しばかり手強い仕事という程度に思えたのでしょう。ただし、問題がひとつあり、すぐに逃走できるよう、車に運転手を待機させておく必要があります。オーネイジアンはマイケルに白羽の矢を立て、5年の実刑を逃れさせてやった恩を返せと迫るのですが……。

 ペレケーノスの小説は音楽の話題がこれでもかと盛りこまれているものが多く、それによって独特の世界がつくられているという印象が強いですが、この作品では音楽ネタはひかえめ。そのかわりに語られるのが小説です。拘置所で裁判開始を待つあいだ、マイケルは司書のアンナの手引きによって、小説を読む楽しみと出会います。本を読んでいるあいだは、肉体は檻のなかにあっても、心は自由に外を動きまわり、ときには時代をさかのぼり、あるいは未来へと飛んでいける。起訴が取りさげられ、自由の身となったのちも、読書の習慣が失われることはなく、それが更生へのモチベーションになっているのです。
 拘置所のなかではアンナ主導による読書会が開催されており、ジョン・スタインベックの『ハツカネズミと人間』を課題書にした読書会の活発な議論の様子が描かれています。読んだことのある人ならばいっそう楽しめるはず。その他、拘置所で人気のある作品としてギリアン・フリンやスティーヴン・キングの小説、J・K・ローリングの〈ハリー・ポッター〉シリーズの名前があげられていますし、ジョン・D・マクドナルドの『濃紺のさよなら』の名前も出てきます。未訳のものですと、ウィリー・ヴローティン(日本では『荒野にて』が早川書房から出ています)の “Northline”、クリス・オファットの短編集 “Kentucky Straight” などのタイトルがあげられ、マイケルが熱く語る様子を読めば、小説好きの血が騒いで読んでみたくなること間違いなしです。刑務所での識字率向上プログラムに協力した経験にヒントを得て執筆したとのことで、物語が持つ力を信じるペレケーノスの熱い思いが伝わってくる作品となっています。

 ペレケーノスはテレビドラマの脚本の仕事で忙しいのか、小説の執筆はややゆっくりめですが、今年2月に新作、 “Owning Up” が出ていたのを、いまさらながら知りました。もう、ファンの風上にも置けませんが、これもいつかご紹介できればと考えています。

東野さやか(ひがしの さやか)

最新訳書はM・W・クレイヴン『ボタニストの殺人』。その他、ヴァン・ペルト『親愛なる八本脚の友だち 』、スロウカム『バイオリン狂騒曲』、チャイルズ『ティー・ラテと夜霧の目撃者』。埼玉読書会と沖縄読書会の世話人業はただいまお休み中。ツイッターアカウントは @andrea2121

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