今回はキンバリー・マクレイト “Like Mother, Like Daughter”(2024年)をご紹介します。
ニューヨーク大学に通うクレオは母親カトリーナから、「大切な話がある」との連絡を受ける。企業弁護士をしているカトリーナは非常に厳格な性格で、幼いときは母親っ子だったクレオも高校にあがるころには、何かにつけ口を出す母親に反発するようになり、大学に進学してからは疎遠になっていた。しかし今回の連絡は、自分にも関わりのあることのようだったので、母親の頼みを聞きいれ実家に帰ることにする。
夜、親の家に到着すると、料理中だったのかオーブンがつけっぱなしになっていて、血のついた靴がころがっていた。家じゅう探しても母親の姿はなく、クレオは何かよからぬことが起きたのだと察する。彼女は父親エイダンと警察に電話をし、近所の知人に助けを求める。
警察が捜索を終えて引きあげたあと、クレオは手がかりになるものがないかと両親の部屋を調べる。おかしなことに、室内には父親の私物がなく、クローゼットからも彼の洋服が消えていた。円満な結婚生活を送っているとばかり思っていたクレオが父親に問いただしたところ、少しまえから別居しているとのことだった。クレオと比較的放任主義の父親とのあいだに亀裂はなく、別居の原因は母親にあると彼女は思いこむ。
そのあと、クレオは母親のパソコンの中身を探る。どうやら母親は出会い系サイトを通じて複数の男性とメールをかわし、うち何人かとは直接会っているようだった。また、室内で見つけた昔の日記から、母親が子どものころ入っていた擁護施設でいじめにあっていて、彼女が相手に殺意を抱いていたこともわかる。
自分の知らない母親の顔がつぎつぎと現われ、戸惑いをおぼえたクレオは母親の友人に何か知らないか尋ねることにする。友人の話によると、母親のカトリーナが複数の男性とデートをしていたのは事実とのことだった。そして別居の原因はカトリーナにあるのではなく、ドキュメンタリー映画の制作事務所を経営しているエイダンが自分のアシスタントと浮気をしており、くわえてカトリーナの金を映画制作につぎ込もうとして揉めていたことにあるという。
母親が自宅から連れ去られた背景には父親がいるのか、あるいはデート相手か。もしかして養護施設時代のことに関わりがあるのか。クレオはまず、母親のデート相手を呼び出して探りを入れることにする。
カトリーナの仕事に関してはクレオも夫のエイダンも聞かされていなかったが、彼女が勤める法律事務所は薬害問題をかかえる製薬会社の案件を担当していた。そのため彼女は上司から、有害な薬に関する情報を隠蔽していたダグ・シンクレアという男性を調べるよう命じられる。
しかし偶然にもダグは彼女が数週間まえからつき合っていた相手であり、つい最近、交通事故で亡くなっていた。警察の調べによると、彼の車は黒のセダンにずっと尾行されていて、事故は彼のハンドル操作ミスによるものではなく、セダンによって引きおこされたもの、つまり殺人ではないかという疑惑が浮上していた。
そしてダグの身辺調査をつづけていたカトリーナも、やがてセダンに尾けられるようになる。しかも彼女のもとには、「殺してやる」という脅迫メールも届いていた。このメールは製薬会社とつながりがあるのか、それともまったく別の人物からなのか、カトリーナには見当がつかなかった。
本書は各章、クレオかカトリーナ、いずれかの一人称で描かれる。カトリーナは優等生タイプではなく、デート相手も素行に問題がある男ばかりで、大学にはいってからはドラッグの売買に手を染めているカイルとつきあい、それが母親カトリーナの頭痛の種のひとつになっている。別れるよう何度もクレオに言うが、まったく効き目がなく、カトリーナはカイルに直談判しに行く。そこまでする母親に、クレオは反発心を増幅させていくが、今回の事件を受けて、自らの心の内や行動を省みる。
そんなクレオの心配をよそに、カトリーナ失踪事件は混迷をきわめる。カトリーナが公私とも厄介な問題をかかえていることを考えると、クレオ以外、誰がカトリーナに危害をくわえても不思議ではない。縦・横・斜めに伸びる何本もの糸が複雑にからみあい、ページが進むにつれて糸が一本ずつスルリと抜けていく。そんな感覚をおぼえるサスペンスである。
著者のマクレイトは、2013年に “Reconstructing Amelia” でデビューし、同書がエドガー賞処女長編賞やアンソニー賞新人賞にノミネートされる。その後、長編小説を3作、YA向けのSF “The Outliers”3部作を上梓し、大人向けの小説としては本書が5作目になる。
高橋知子(たかはしともこ) |
翻訳者。訳書にデドプロス『シャーロック・ホームズ10の事件簿』、ミラー『5分間ミステリー 裁くのはきみだ』、プラント『アイリッシュマン』、ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら』、ファージング『世界アート鑑賞図鑑 [改訂版]』(共訳)など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『シカゴ・ファイア』 |