今回は本好きにぜひおすすめしたい一冊を。映画化された『プラクティカル・マジック』や、『ローカル・ガールズ』など多数の訳書があるアリス・ホフマンの作品、“The Invisible Hour”(2023)です。
15歳の少女ミアが、首から罪人の印「A」のバッジをさげられて“コミュニティ”からの脱走を決意する印象的なプロローグが幕開けだ。時代はバリバリの現在。ミアの罪は本を所持していたこと。母アイヴィーもいなくなったいま、ここに残る理由はないと彼女は閉じこめられている小屋の壁を破って逃げだす。
かつてボストンのお嬢様だったアイヴィーは自分の意志を尊重してくれない両親に反発し、高校生で妊娠、子供が生まれたら養子に出す話が勝手に進められ、家出した。同じ家出少女からマサチューセッツの西の果てに、あるがままの自分を受け入れてくれるコミュニティがあると聞いてそこへ向かう。リーダーの男は家族が足枷であり、コミュニティのなかの人間だけで質素に暮らし、虚栄心を持たないために無駄な知恵を持たないよう本を禁止していた。読書家のアイヴィーとしては釈然としない気持ちを抱いたものの、他にいくあてもない。やがて娘のミアが生まれて初めて愛というものを知ったが、コミュニティの方針から子供は母親と引き離された。アイヴィーはリーダーと結婚したが、彼の言動には不審なところも多い。
コミュニティは町の市場に出店して農作物を売る。15歳になってコミュニティ内の学校を卒業して働くようになったミアがたまたまアイヴィーと共に当番を務めた日、図書館に目をとめたミアをアイヴィーはうまいこと口実を持たせて行かせてくれた。ミアがでたらめに古い1冊を手にとってひらくと、「ミアへ。あれが夢だったなら、あれは君と僕だけのものだった。君は僕のものだった」という青いインクの献辞があり、目を疑う。その場では慌てて本を棚に返したが、ミアはこっそり図書館に通うようになった。人生が楽しいと思ったことのなかったミアだが、自分には知らない世界があり、人は変わることができるのだと本は教えてくれた。町の人とも少しずつかかわり、コミュニティの生活は歪んでいると気づき、ひそかに母に接触してコミュニティから逃げようと誘ったが、生計をたてられないと母はあきらめ顔だった。
その母アイヴィーが不幸な事故で死亡し、喪に服することも許されず、なにもかもに絶望したミアは死のうと考えた。入水する間際に、図書館でつかんできた本をひらくとそれはミアあての献辞があるあの本だった。ナサニエル・ホーソーン『緋文字』、1850年の初版本。邪悪な人間と結婚しており、婚外の子を作った若い女が「A」の印をつけられ、なによりも娘を愛して強く生きようとする物語だった。〝わたしたちは目覚めて歩きながら夢を見て、眠りながら歩く〟の一行に電撃に打たれたようになった。夢遊病のようだったミアはハッと目覚める。著者に直接語りかけられているような気がした。この本と、そして著者と恋に落ちていた。死ぬしか道はないと思っていたが、いまは強く生を実感していた。
コミュニティに一度はもどったミアは、納屋から大量の本が見つかって処罰を受けることになり、逃げだし、親切にしてくれた司書に連絡する。ミアはトラウマを抱えて執拗な追っ手に悩まされることになるが、予想もしない人生と出会いが待っていた。
ここから物語はぐんぐん動くのですが、あまり種明かしをできないのが残念。息苦しさを感じる人々がどうにかして自分らしく生きようと努力する姿を描いたファンタジーです。カルト・コミュニティの問題、書物の力、創作の苦しみ、女の生きづらさ、ロマンチックな側面、そしてコミュニティの土地の権利書はどこに消えた?という謎解きの側面もあって、多面的な読みかたができる。しかも、いまどきにしては、そこまで長くなくて読みやすいんですよね。さすがキャリアのある作家というまとめかた。苦しくせつなく愛おしい、登場人物みんなの願いを叶えてあげたくなる(例外もあり)、大好きな一冊です。
ホフマンの本国での新作は先月刊行されたばかりの “When We Flew Away”。アンネ・フランクの物語。こちらも面白そうですよ。
三角和代(みすみ かずよ) |
訳書にウェブスター『おちゃめなパティ』(近刊)、ブラックハースト『スリー・カード・マーダー』、カー『幽霊屋敷』、グレアム『罪の壁』、タートン『名探偵と海の悪魔』、リングランド『赤の大地と失われた花』他。SNSのアカウントは@kzyfizzy。 |