今月もこんにちは! やっと秋めいてきたなあと思った矢先に蚊に刺されました……。気を取り直して読書の秋に突入。今月はすべてシリーズもので!

*今月の年配バディ本*
マイクル・コナリー『復活の歩み リンカーン弁護士』(古沢嘉通訳/講談社文庫)

 弁護士ミッキー・ハラーと元刑事ハリー・ボッシュ。異母兄弟の二人がコンビを組んで困難な事件にあたるシリーズ最新作。見事に冤罪を勝ち取ったハラーのもとに、服役囚から続々と依頼が入ってきました。長年の経験と刑事の勘で、冤罪の可能性があるとボッシュが選んだのは、警察官の夫を撃ち殺した罪で服役中のルシンダ。捜査資料から、証拠や捜査時の手順に不審なものを感じたボッシュは、ハラーのチームと徹底的な再調査を始めるのですが……。法廷では敵対する立場にもなる警官と弁護士が同じ正義に到達できるのか、毎回気をもみながら読むのですが、今回もハリーが葛藤するある場面で「そりゃそうだよねえ……」としみじみ同情してしまいました。裁判の行方が二転三転するサスペンスの本書、ラストで、ある状況に置かれたハラーの心持ちの変化に、次作への期待がさらに高まりました。

*今月の高カロリー本*
ジャナ・デリオン『町の悪魔を捕まえろ』(島村浩子訳/創元推理文庫)

 みんな大好きワニ町シリーズ第8弾は、前作のショッキングな出来事からまだ立ち直っていないフォーチュンを、ガーティとアイダ・ベルが元気づけようとするシーンで幕を開けます。ふたりの知り合いの女性がネットのロマンス詐欺にひっかかったと聞き、孤独な女性を食い物にする卑劣な犯人に憤ったフォーチュンは、ガーティお得意の体当たりプランをやんわりとスルーし、保安官事務所の向こうを張って地道な聞き込みを始めるのですが……。リアルな結婚詐欺をやるのはかなり難しそうな、誰もが知り合いのシンフルですが、世界的に蔓延するネット犯罪の魔の手からは残念ながら逃げきれない模様。それどころか、シンフル住民のほとんどが信じられないような殺人事件まで起きてしまいます。フォーチュンとカーターの関係がどうなってしまうのかハラハラしながら読んだのですが、カーターのあの態度は今回初めて明かされた辛い過去と関係していたことを知り、なかなか複雑な気持ちに。それほどまでに登場人物たちのことを本気で気にかけてしまいたくなるいいシリーズだなあとあらためて思いました。とはいえ、真相が分かった上で再読したら、本書はシリーズ中で最もヘヴィかも。ところでクッキーにビールってどうなんでしょうねえ。ちなみに自分はアップルパイとビールはありかなと思うんですが、さて。

*今月のイチオシ本*
ジェフリー・アーチャー『狙われた英国の薔薇 ロンドン警視庁王室警護本部』(戸田裕之訳/ハーパーBOOKS)

 毎回違ったタイプの事件で、階級もステップアップしていく〈ウィリアム・ウォーウィック〉シリーズ第5作目は、なんと王室警護担当部署の極秘内部調査。ウィリアムのチームは、特別な立場にあぐらをかいた警官たちの腐敗の事実をどうやって証明するのでしょうか。そして今回最大の驚きは、腹心で親友のロスがダイアナ妃の専属身辺警護官に任命されたこと。当時、世界で最もパパラッチに追いかけられていたセレブの警護は、ロスが思いもしなかった危険な方向に。もう一つの大きな読みどころは、前作でやっと刑務所にぶちこまれた悪党マイルズ・フォークナーとずるがしこい悪徳弁護士ブース・ワトソンの、丁々発止の裏切り対決。ウィリアム主体のメインの物語ももちろん面白いのですが、やはりアーチャーといえばコン・ゲーム。法廷の表と裏で繰り広げられる邪な頭脳戦の驚きの展開に、ページをくる手が止まりません。最後に笑うのは誰か。シリーズ読者はもちろんですが、単独でいきなり読んでもまったく問題ないと思うので、英国王室、ボディガードもの、コン・ゲーム小説、そしてもちろん英国ミステリが好きな人等々、幅広い読者に薦めたいエンタメ小説です。それにしても、こんなの書いちゃって大丈夫だったんでしょうか……と極東の一読者は心配になってしまったのですが、さすがおつとめの経験もあるアーチャー先生、肝が座ってますねえ。

*今月の新作映画*
『ふたりで終わらせる』(11月22日(金)公開)


 夢だったフラワーショップを開くためボストンにやってきたリリー(ブレイク・ライブリー)は、脳神経外科医のライル(ジャスティン・バルドーニ)と運命的な出会いをし、強く惹かれ合います。お互いを人生のパートナーとして幸せな日々を送りますが、ある出来事がリリーの暗い記憶を呼び戻すことになってしまったのです。

 原作は全米で大ベストセラーとなったコリーン・フーヴァー『イット・エンズ・ウィズ・アス ふたりで終わらせる』(相山夏奏訳/二見書房)。自分の母親をより深く理解するためにこの小説を書いて、「何よりも、母の抱えていたものの多くを癒すことができました」「母はこの本を読むことで、あのとき自分は正しい決断をしたんだ、とようやくこの件に終止符を打つことができたんです。」というフーヴァーの言葉に、深く感銘を受けました。

 そして主演のブレイク・ライブリーが圧巻でした。彼女はその屈託のない笑顔と明るさで、観ているこちらの方にも幸せなオーラが伝わってくるイメージが強いのですが、本作では、それとは対極の印象に驚かされます。ある事件が起きて、主人公リリーが長年ずっと抱いていた不安や恐怖がよみがえり、彼女の人生を暗い影が覆い始めると、その表情や動作が徐々に変わっていくところが大変リアルで、一瞬たりとも見逃せませんでした。

 監督でもあるライル役のバルドーニに、フーヴァーは「彼ならば、リリーと同じような経験をしてきた人たちへ敬意を払いながらこの物語を語ってくれると確信しました。」と絶大な信頼をよせています。原作の精神を維持したいと、作者、監督、脚本家は原作の熱烈なファン(通称Cohort)を集めて正直な意見を聞いたそうです。映画ではタイトルを作品の中で言うことを避けるため、原作の重要なそのセリフを抜いた脚本を見せたところ、その反応の大きさですぐさまセリフを戻したとか。原作ファンを大切にしたいという願いをこめられた作品なので、日本のファンのみなさまもぜひ。


公開情報
タイトル:『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』
原題:IT ENDS WITH US
US公開:2024年8月9日
公開日:2024年11月22日
監督:ジャスティン・バルドーニ(『ファイブ・フィート・アパート』)
キャスト:ブレイク・ライブリー/ジャスティン・バルドーニ/ジェニー・スレイト/ブランドン・スクレナー
原作:コリーン・フーヴァー(「イット・エンズ・ウィズ・アス ふたりで終わらせる」二見書房刊)
・2024年/アメリカ映画/2時間10分
 
公式サイト: https://www.itendswithus.jp/
X(Twitter): https://x.com/SonyPicsEiga
Instagram:https://www.instagram.com/sonypicseiga/
TikTok: https://www.tiktok.com/@sonypicseiga

 
『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』予告 11月22日(金)全国の映画館で公開!

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho










 

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