書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 この連載が本になりました! 『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)は絶賛発売中です。

 (ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。
  6.  

 

千街晶之

『魔女の檻』ジェローム・ルブリ/坂田雪子監訳・青木智美訳

文春文庫

 問題作『魔王の島』で日本の読者を驚愕と同時に当惑の只中に叩き込んだフランスの異才ジェローム・ルブリが、更なる驚愕と当惑を伴う新作『魔女の檻』を引っさげて戻ってきた。数百年前、魔女と決めつけられた女たちが山頂から突き落とされて大勢死んだモンモール村。そんな忌まわしい出来事が遠い昔となった現在も、この村では不穏な出来事が相次いでいる。新任の警察署長として村にやってきたジュリアンは、警察署の部下たちとともに真相を解明しようと奔走するが……。論理的な解決は絶対無理としか思えない展開であり、ホラー・テイストは前作以上に濃厚だが、そこはルブリのこと、最後には予想斜め上のとんでもないサプライズを仕掛けてくる。しかし、本書の企みを人に説明する場合はどうすればいいのか、誰もが頭を抱えるだろう。果たしてこれは反則か否か、そしてこの結末は倫理的にありなのか、意見は真っ二つに割れると思うけれども、読後感が唯一無二であるということは断言できる。つくづく、フランスは奇妙な物語を生む国だと痛感させられる怪作だ。

 

上條ひろみ

『町の悪魔をつかまえろ』ジャナ・デリオン/島村浩子訳

創元推理文庫

 十月はジャナ・デリオンのワニ町シリーズ第八作『町の悪魔を捕まえろ』(島村浩子訳/創元推理文庫)が安定のおもしろさ。シンフルの町でインターネットを利用したロマンス詐欺の犠牲者が出たことを知ったアイダ・ベル、ガーディ、フォーチュンのスワンプスリーは、独自に捜査をはじめる。そんなとき、体の不自由な夫を献身的に世話する心優しい女性が自宅で殺害され、彼女もロマンス詐欺の被害にあっていたことがわかる。その近所にはやけに羽振りのいい若夫婦もいて……。

 今回はカーターの過去もちょっぴり明らかになり、フォーチュンの心情にも変化が。先は見えないけれど、「確かなのは、以前の自分には戻れないってことだけ」と言うフォーチュンの明るい未来を祈願したくなる。変化ってすてき。人生の分岐点にいる人へのエールにもなりそう。

 読めば読むほどキャラクターたちが好きになるこのシリーズ、まさかまだ読んでない人はいないと思うけど、もしいたら、悪いことは言わないから今すぐ読みましょう。ファンタジーかと思うほど時間の流れが遅い世界なので、すぐに追いつけます。今回は登場しなかったけどバナナプディングもぜひ作って。めっちゃおいしいから。

 安定のシリーズといえば、訳者や編集者同様、読者も母のような気持ちで見守ってきたジョージーがついにママになるリース・ボウエン『貧乏お嬢さまと毒入りタルト』(田辺千幸訳/コージーブックス)も捨てがたい。一九三〇年代の英国を舞台にしたヒストリカル・コージーで、いつも実在の有名人が登場するのですが、今回は満を持して「あの人」が登場。毒殺がテーマなだけに……と言ったらわかっちゃうかな。

 本邦初紹介となるキャロル・ローレンス『クレオパトラの短剣』(中山宥訳/ハヤカワ・ミステリ)も超オススメ。一八八〇年のニューヨークで、お金持ちのお嬢さまエリザベスが新聞記者として活躍する歴史ミステリです。正義感が強く、柔軟な思考のできる、なかなかタフなお嬢さまで、この時代に男社会でバリバリ頭角を現していくのが爽快です。つぶされそうになってもへこたれないところも。たくさん出てくる食べ物の描写がすごくおいしそうで、ほのかなロマンスもあるところはコージー風味。残された謎がまだいくつかあるので、続編を期待しています。

 

川出正樹

『魔女の檻』ジェローム・ルブリ/坂田雪子監訳・青木智美訳

文春文庫

 ジェローム・ルブリ『魔女の檻』が、ぞくぞくするほど面白い。騙し絵の中に騙し絵を潜ませた無限に続く悪夢のような超絶技巧サスペンス『魔王の島』から早二年、二一世紀のグラン=ギニョル座付き劇作家とも云うべきルブリがまたまたやってくれた。恐怖劇場日本公演第二弾となる『魔女の檻』は、前作よりもオカルト度を増し、謎解きミステリとしての結構をタイトにした戦慄迷宮のごとき逃げ場無し待った無しのノン・ストップ・ホラー・ミステリだ。

 舞台は中世の城塞のようなフランスの僻村モンモール。十七世紀末に魔女裁判で多くの女性を断罪し、村を取り囲む岩山の頂から突き落として殺した忌まわしき過去のあるこの村に、新任の警察署長ジュリアンが赴任した日から、住人が次々と怪しく不可解な死を遂げていく。死の引き金となるのは魔女の囁きなのか。死ぬ直前に口にする謎の言葉の意味は何か。超自然現象としか思えない事態を解き明かすべく奔走するジュリアンを待ち受ける想定外のクライマックスに、しばし呆然とする。そして明かされる驚愕の真相に、なるほどこれまで心の片隅に引っかかったいた違和感の正体はこれだったのか、確かに手がかりは潜ませてあったよなと納得。とはいう、これを見破るのはほぼ不可能だろうなとも思う。

 アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』(平岡敦訳/ちくま文庫)に始まり、ボアロー&ナルスジャック『私のすべては一人の男』(中村真一郎訳/ハヤカワ・ノヴェルズ)やジャン=ミッシェル・トリュオン『禁断のクローン人間』(長島良三訳/新潮文庫)といった作品に共通する禁忌を踏み越えてしまう恐ろしさと醜悪さというテーマを、ミシェル・ビュッシに比肩する離れ業で造形したグラン=ギニョルを堪能あれ。

 

霜月蒼

『魔女の檻』ジェローム・ルブリ/坂田雪子監訳・青木智美訳

文春文庫

 悩みに悩んで、フランス産の飛び道具を選ぶことにした。『魔王の島』につづく怪作である。新人記者カミーユのもとに、二年前にモンモール村で起きた大量怪死事件の真相を教えるという謎の手紙が届き、現れたエリーズなる女とともに現地に向かう途上、事件の真相を記したとされるファイルを読む――というのが大枠。そこから物語は、小さな村に赴任した警察署長を主人公とする不可解なサスペンスに突入する。

 キャラクターたちは明朗で健康なのだが、とりまく雰囲気がとにかく怪しい。「魔女」と指弾されて非業の死を遂げた女の呪いがあるともないとも言われる村には、確かに言動のおかしな村人がうろうろしている。『魔王の島』は紆余曲折しながらニューロティックな不安がつのりゆくタイプだったが、今作は不吉な出来事が累積してテンションは右肩上がりの一本道、最終的に異様なクライマックスへと雪崩れ込むホラーの趣で、迫力が増している。

 本書の帯には「この村の秘密は、絶対に見抜けない」とあるが、見抜けるかい!とツッコミを入れたくなるのである。怒るべきか感心すべきかは読んだときの虫の居所によるだろう。後味の妙な爽やかさも不思議で、「変なものを読んだなあ」という感覚こそがルブリという作家の持ち味なんですかね。

 ほか、ロメロ御大が共著者にカウントされている超大作『The Living Dead  リビング・デッド』(U-Next)は好事家必読。名作『WORLD WAR Z』を楽しまれた方は是非どうぞ。

 

酒井貞道

『魔女の檻』ジェローム・ルブリ/坂田雪子監訳・青木智美訳

文春文庫

 十七世紀の魔女裁判で多くの女性が殺された伝説があるモンモール村で二十一世紀に起きた大事件を、一巻全体をかけてじわじわ明かしていく物語である。全貌どころか事件の分野すら、把握するには幕切れを待たねばならない。その間に読者を襲うのは、プロローグ的なパートの最後で示された「やっぱり幽霊はいないと思う?」というフレーズが当初想定以上の深刻度で響く奇怪な事態と読み味であり、ほとんどの読者が「これはミステリとして落ちてくれるのか」「完全にモダンホラーと化してしまうのではないか」との不安と戦うことになるはずだ。しかも、純モダンホラーだと推定して読んだとしても、中盤以降は一寸先の闇っぷりが甚だしい。村では何が起きているのか。新人記者とそいつを連れ出した女は、一体いつモンモール村の事件に関与してくるのか。「事実」と題された、妙に化学的な事項を述べるパートはどう機能するのか。様々に惑乱されて辿り着いた終盤に待ち受けるのは、予想不能としか言いようのない真相である。フランスの片田舎で紡がれるモダンホラーないし怪談、みたいな顔をしていた物語が、「イーロン・マスク」という人名に一定の意味を持たせるような展開を見せるなんて、あなた想像できました?(これはネタバレではないです)

 

吉野仁

『盗墓筆記1』南派三叔/光吉さくら&ワン・チャイ訳 

KADOKAWA

『盗墓筆記』は盗掘をめぐる冒険活劇を軸に怪奇ものの要素が強く打ち出された中華版インディー・ジョーンズのような作品だ。日本語版第1巻には、シリーズ全エピソード9つあるなかの最初の「地球迷宮と7つの棺」「いかれる海に眠る墓」の2作が収録されている。冒険小説といっても若者たちによるコミカルでにぎやかなトレジャー・ハンターと怪奇趣味満載の妖怪退治をあわせたようなヤングアダルトものめいた作品なのだが、天然洞窟探検の次は海底墳墓を探るなど舞台も変化に富み、個性的な登場人物の意外な正体が判明したり、かれらの過去が絡み新たな謎が生まれたりと起伏に富んだ展開と娯楽要素があふれているため、なるほど一気読みする面白さだ。来月刊の第2巻が待ち遠しい。怪奇ホラーといえば、ジェローム・ルブリ『魔女の檻』もまた魔女の呪いとされる怪奇な出来事がつぎつぎと起こるミステリで、村にやってきた新任警察署長が事件を探っていく展開から、ラストで思わぬ転調を見せ、唖然とさせられた。さすが『魔王の島』のジェローム・ルブリ、脳内に電極を差し込まれ最高出力の電気を流されたかのようにしびれました。怪奇要素といえば、10月刊のポケミス、キャロル・ローレンス『クレオパトラの短剣』は、血を抜かれミイラのように布をまかれた女性の死体発見からはじまるサスペンスで、《ニューヨーク・ヘラルド》唯一の女性記者をヒロインとし、1880年のニューヨークを舞台にしている。とくに高架鉄道が走っていた当時のニューヨークをめぐる歴史ものとしての場面を興味深く読んだ。アンデシュ・デ・ラ・モッツ『山の王』は、スウェーデン・マルメ警察署の女性警部レオ・アスカーが主人公で、曲者の警官ばかりが集まる部署の長となったヒロインが迷宮入り事件にとりくみ、連続誘拐殺人犯「山の王」と対決するという北欧警察小説+サイコサスペンスのシリーズ第1作。どこかで読んだことのあるような設定や趣向で構成されていながらも、上手くそれらをプロットにのせており、たっぷり読ませる警察小説となっている。ジル・ペイト・ウォルシュ『貧乏カレッジの困った遺産』は、英国児童作家として知られたウォルシュによる、学寮付き保健師〈イモージェン・クワイ〉シリーズの第3弾。個人的には1作目より2作目のほうが事件と謎がシンプルで読みやすかったが、今回の3作目、物語は大学やアカデミズムからやや離れて企業内陰謀を主に展開するものの、よりストーリーにめりはりがあって面白いばかりか、とんでもない驚きが待ちかまえており、とても愉しめた。

 

杉江松恋

『狂人たちの世界一周』ピーター・ニコルス/園部哲訳 

国書刊行会

 今月はイレギュラーではあるが、ノンフィクションから選ばせてもらった。題名に惹かれて読んでみたら、無茶苦茶におもしろかったのである。

 第二次世界大戦後のイギリスは、かつての栄光の座から引きずり下ろされ、国民は誇りの対象となるものを模索していた。その中で再注目されるようになったのが人間の肉体を用いての冒険行で、さまざまな記録が生み出されるようになる。そしてついに1968年、航海者単独の無寄港による世界一周レースという空前の企画が始まるのである。本書の主人公はこれに参加した九人のヨット乘りたちで、それぞれがどういう背景の人物か、何を考えてレースに参加したのかということが個別に書かれていく。レースといってもよーい、ドンで一緒に出航するわけではなく、航行を開始した日も1968年6月1日から10月31 日とばらばらだ。そしてこの最終組に入ったドナルド・クロウハーストという人物がとんでもないことをやらかすのである。クロウハーストの追いつめられていく心理を描くことが主題といってもよく、犯罪小説の主人公を見ているようでのめりこまされる。

 帯で結果は明かされているので書いてしまうが、出航した九人のうち、ゴーできたのはわずか一人、残りは脱落しただけではなく、死者まで出たという。この過酷さはほとんどフィクションの世界であり、極限状態に追い込まれた人々の物語として実におもしろい。冒険小説ファンなら間違いなく興奮させられるし、上記したように犯罪小説ファンは登場人物の心理状況から目が離せなくなるはずだ。ミステリーファンこそぜひとも読むべき一冊である。

 

 フランスの飛び道具に人気が集まった月でした。このミス年度後のエアポケットに入るかと思いきや、いやいやなかなかに実力ある作品が出そろいましたね。来月はどうなりますか。お楽しみに。(杉)

 

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧