今月もこんにちは! 先日デパ地下に寄ったら、クリスマスケーキよりもおせちの方が大々的にフィーチャーされていました。ケーキは1日だけだけど、おせちは3日間もつからなのでしょうか。
 
*今月のアンストッパブル本*
ジャニス・ハレット『アルパートンの天使たち』(山田蘭訳/集英社文庫)

 18年前に起きた衝撃的な事件。それは自分たちを天使だと思い込む少数カルト教団の信者たちが起こした、猟奇的な殺人事件でした。事件の元凶となった教祖は逮捕され、現在も服役中。にもかかわらずいまだに多くの謎が残ったままの事件を、あらたなノンフィクションとして世に出そうとする作家アマンダの取材記録、というかたちの本書は、前作『ポピーのためにできること』を上回る面白さ。地の文は一切なく、関係者たちとのメールのやりとり、文字起こしされたインタビュー、通話などの膨大な資料をどう読むか。あきらかに無駄と思われる冗長なくだりに何か隠されているのか、関係者の記憶は信頼のおけるものなのかなど、フィクションであることを忘れて、気がついたら寝食を忘れて750ページ一気読み! となりかねない一冊です。ところでこうしたタイプの作品はオーディオブックではどうなるのかと調べたところ、複数の役者さんが演じているようです。そっちも気になりますね。

*今月のクリスティファンにもすすめたい本*
C・A・ラーマー『ライルズ山荘の殺人』(高橋恭美子訳/創元推理文庫)

〈マーダー・ミステリ・ブッククラブ〉シリーズ第4弾。人里離れたクラシカルな山荘で読書会を開催するため、泊まりこみでやってきたメンバーたちを、殺人事件と天災が襲います。アガサ・クリスティを取り上げるのはこれで最後! と決めた課題書は『そして誰もいなくなった』。この名作をなぞらえた連続殺人が起きるのか、はたまた別の展開を見せていくのか。事件以外にも気になる出来事がいろいろと起き、はたしてメンバーたちは無事に読書会を終えることができるのでしょうか。今回嬉しいことに解説を担当しまして、そこにも書きましたが、本書はシリーズ中もっともミステリ度が高く、なおかつ読書会レギュラーメンバーたちの内面にも深く切り込んでいて、たいへん読み応えのある作品となっています。読み終えた後、犯人の動機について誰かと話し合いたくなるのではないでしょうか。シリーズ既刊を未読でも楽しめる一冊ですが、できれば『そして誰もいなくなった』を事前に読んでおくとより楽しめると思います。色んな意味で読書会にうってつけの一冊です。

*今月の大規模汚職本*
ジョン・グリシャム『告発者』(白石朗訳/新潮文庫)

 判事がマフィアから賄賂を受け取って不当判決を下しているという告発状が、フロリダ州司法審査会に届きます。調査官のレイシーと相棒のヒューゴーは現地で調べ始めますが、彼らが所属する組織で可能な調査には限界があり、なおかつターゲットは長年汚職に手を染めている判事。殺人も厭わない犯罪組織に丸腰で挑まなくてはならない二人に、恐ろしい出来事が襲いかかり、それが大事件の幕開けとなりました。誰にも尻尾をつかませない冷酷なマフィアの大ボスや、敵か味方かも不明な怪しい関係者、謎の告発者などを相手に、傷だらけになりながらもあくまで正攻法で取り組むレイシーの挑戦を、手に汗握って一気読みしました。司法審査会という組織を本書で初めて知りましたが、たしかに海外ドラマなどを観ていると判事の絶対権力に驚くことがしばしばあるので、そうした組織がないと歯止めがきかないだろうなあとつくづく思った次第です。本書はレイシーが主人公の第一作だそうなので、ぜひ続きも読みたいです。

*今月のイチオシ本*
アンドリュー・クラヴァン『聖夜の嘘』(羽田詩津子訳/ハヤカワミステリ)


 ポケミスの帯には次回のポケミスの予告が載っているのですが、先月の帯で著者名を二度見したのは私だけではないのでは。本書は20年ぶりの邦訳でしかも2021年の作品と知り、まさか今クラヴァンの新作が読めるなんて! とびっくりしました。物語の舞台は、アメリカ陸軍基地の近くにある小さな町スイート・ヘヴン。多くの軍人や退役者が住む、古き良きアメリカを体現するような美しい場所で、住民を震撼させる大事件が起きます。評判の良い司書ジェニファーが殺されたのです。その遺体が運ばれる映像が確認され、運んでいたのは彼女の恋人のトラヴィスだったことが判明します。誰からも尊敬される軍人だった彼が犯行を認めたため、周囲の人々は衝撃を隠せません。事件になにか不自然さを感じていた弁護人のヴィクトリアは、友人で大学教授のキャメロンに調査を頼むのですが……。実は容疑者は元来暴力的だったのか、それとも被害者には知られざる側面があったのか。物語は複雑な展開を見せていきます。これがどうしてクリスマス・ミステリになるのか最後の最後までわからないまま読んでいたのですが、真相が明らかになった途端、思わず声が出そうになりました。クリスマスの定番ミステリとして今後も読み継がれていけばいいなあ。

*今月の突然のお知らせ*

 この場をお借りしてひとつ告知させてください。世界の警察・諜報機関の組織や階級などを加賀山卓朗さんがわかりやすく解説する『警察・スパイ組織 解剖図鑑』(エクスナレッジ)が12月7日に発売となります。光栄なことに私も共著者として全ての作品紹介とコラムをいくつか書かせていただきました。豊富なイラストは〈ワニ町シリーズ〉などでおなじみの松島由林さんです。どうぞよろしくお願いいたします!

*今月の新作映画*
『市民捜査官ドッキ』12月13日(金)シネマート新宿ほか全国公開





 火災で大金を失ったシングルマザーのドッキ(ラ・ミラン)は、一度は融資を断られた銀行のソン代理と名乗る行員(コンミョン)から特別に融資を都合するという電話がかかってきたため、一も二もなく、言われるままに多額の手数料を送金します。ところが一向に融資が行われず切羽詰まって銀行を訪ねると、電話の相手は銀行におらず、すべてが振り込め詐欺だったことを知ります。全財産を失ったのにお金を取り返すすべもなく絶望するドッキ。ところが件のソン代理からまた電話が。詐欺に加担したことを告白するとともに、なんと組織に関する情報を提供するので自分を助けてほしいというのです。当てにならない警察には頼まず、職場の同僚たちと一緒に、電話の相手がいるという中国の青島へ向かうのですが……。



 予告編だとコメディタッチの作品のように見えますが、実は本作、ハードボイルドでノワール風味も濃厚です。詐欺一味の実態がめちゃくちゃ恐ろしく、素人さんが乗り込むにはあまりにハードルが高すぎてかなりハラハラします。そのいっぽうで笑える場面も随所で挟みこまれていて、なおかつシスターフッドに胸熱という、見どころてんこもりの一作です。ラストもお見事! それにしてもこれが実話ベースとは。マジすか! と驚くこと間違いなしです。オススメ!



 


 
『市民捜査官ドッキ』
12月13日(金)シネマート新宿ほか全国公開

 
▼コピーライト: © 2023 SHOWBOX, PAGE ONE FILM AND C-JES STUDIOS ALL RIGHTS RESERVED.
監督:パク・ヨンジュ
出演:ラ・ミラン、コンミョン、ヨム・ヘラン、パク・ビョンウン、チャン・ユンジュ、イ・ムセン、アン・ウンジン
2024年|韓国|114分|シネマスコープ|DCP5.1ch
日本語字幕:朴澤蓉子
原題:시민덕희
英題:CITIZEN OF A KIND
レイティング:G
配給:クロックワークス

▼公式サイト: https://klockworx.com/movies/duk-hee/
▼X(Twitter): https://x.com/klockworxasia
▼Instagram: https://www.instagram.com/klockworxasia/

  
■12月13日(金)公開『市民捜査官ドッキ』|本予告■

 

♪akira
  翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho










 

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