お荷物ばかりが集められる吹き溜まりのような部署で日々くすぶっている面々が、本来持ち合わせている能力を遺憾なく発揮して事件を解決に導くという結構のミステリ、と聞くといくつかの作品を思いつく人もいるでしょう。アンデシュ・デ・ラ・モッツ『山の王』(井上舞・下倉亮一訳 扶桑社ミステリー)もまた、そうしたミステリのひとつとして挙げられるわけですが、読んでみるとそれだけに留まらないいろんな味わいを楽しめる作品でした。
帯に「レオ・アスカー警部シリーズ第一弾!」とあるとおり、本作の主人公はマルメ警察の重大犯罪課において頭角を現しつつある女性警部レオ・アスカーです。その実力は折り紙付きでしたが、一方ではそのことをおもしろくないと思う面々もいます。今回レオが担当するのは、スミラ・ホルストとマリク・マンスールという若者らの失踪事件です。スミラのSNSには二人のツーショット写真が残されていましたが、その後消息がわからなくなっています。資産家であるホルスト家は弁護士を通じて警察の捜査に介入、その結果国家警察局からヨナス・ヘルマンという警視がマルメに派遣されてきます。ヘルマンは、マリクがスミラを誘拐したという仮説を立て、その方向で捜査を進めます。捜査の方向性に納得できないレオでしたが、ヘルマンとホルスト家の弁護士の策略によって事件の捜査から外されることに。ヘルマンはレオのかつての上司であり不倫相手、そしてホルスト家の弁護士であるイザベルはレオの実母です。二人からもともと疎まれている立場であるレオには、捜査に加わるという選択肢が与えられないのでした。
捜査を外され、重大犯罪課からも異動を命じられたレオの配属先は、マルメ署の地下にある「リソース・ユニット」と呼ばれる部署でした。ここはすでに捜査が中断された、言ってみれば迷宮入りとなった事件を扱う部署なのですが、スタッフも特段仕事をしている様子はなく、見るからに吹き溜まりといった様相を呈していました。レオは、たまたま急病で入院したユニットの課長、ベングドの後釜に座らされたのでした。
ベングドが溜め込んだ資料を片付けるくらいしかやることのなくなってしまったレオでしたが、ある電話を受けたことで、ベングドが単独で何らかの捜査をしていたことを知ります。ベングドが何を調べていたのかわからないまま捜査を引き継いだレオは、スミラとマリクの失踪にもつながっていく「なにか」を掴まえようと捜査にのめり込んでいくのでした。
視点人物は四人。まず主人公のレオ、失踪したスミラ、レオの古い友人であり現在は大学教授となっているマーティン・ヒル、タイトルにもなっている山の王。そしてところどころに挟まれるレオとヒルの出会いやレオの実父とのエピソード、これらが交互に入れ替わっていくという構成になっています。視点は目まぐるしく変わっていきますが読みにくいという感じはなく、とくにある「もの」が事件と大きな関係があるらしいとわかってから終盤へと至るその流れには、著者の騙しのテクニックが尽くされていて、とても読み応えがあります。
また、けっして一枚岩ではない、むしろ全員がまったく違う方向を向いているようなバラバラの集団であるリソース・ユニットの面々を、レオがどのように利用していくかというのも大きな読みどころのひとつです。『窓際のスパイ』シリーズを想起する人もいると思いますが、スローホースとはまた違った味わいが楽しめることと思います。
冒頭にも述べましたが、本作はシリーズの第一弾であり、次作への引きが強い終わり方をしているので、このまま次作が出ないとなると消化不良を起こしてしまいそうです。第二作の邦訳が進むことを切に願います(『窓際のスパイ』も続きをぜひ!)。
リズ・ニュージェント『サリー・ダイヤモンドの数奇な人生』(能田優訳 ハーパーBOOKS)は八月に刊行された作品ですが、ぜひここで取り上げておくべき、読み逃したくない作品です。
主人公は、タイトルにもあるとおりサリー・ダイヤモンドという女性です。高齢の父親と二人暮らしをしていたのですが、父親が亡くなったあと《言いつけどおり》に自宅の焼却炉でその遺体を焼いてしまいます。しかし、そのことが警察に知られて大騒ぎとなり、サリーははからずも時の人となってしまいます。サリーはある事情で六歳以前の記憶がなく、他人との交流を苦手としているため、町の人からは以前から変わり者のレッテルを貼られていました。そんな人物が父親の遺体を自分で焼いた。大騒ぎになるのも仕方のないところでしょう。
焼却事件のあと、サリーは父が三通の手紙を残していたことを知ります。一通目には自身の死後処理のことが、二通目にはサリーが今後どのように生きていけばいいのかがそれぞれ書かれていました。そして最後の三通目、そこには、サリーのアイデンティティを大きく揺るがす、彼女がまだ知らない事実が書かれていました。それまで隠されていたその事実に大きな衝撃を受けるサリーでしたが、周りの人たちの支えや自身の努力によって、なんとか立ち直っていきます。
サリーが他者との交流を深め、社会に馴染んでいこうとする姿を描くメインの物語と並行して、ある人物の幼少期から現在に至る人生が描かれます。その人物は、父親以外の人に知られることがないという、極めて異様な状況で育ちました。この人物とサリーの人生はやがて交錯し、サリーの物語は結末へと導かれていくのです。
サリーの言動を見ていると、ちょっと詳しい人であればASDとかADHDのような発達障害を想起するでしょう。私もまずはそんなふうに考えました。しかし、彼女をずっと見てきた父親は彼女にそんなレッテルを貼られることを嫌い、診断を受けさせることなく過ごしてきました。診断を受けることとサリーが自立していくこととは関係がないとでも思っているかのような父親の考え方は、なにかというとすぐにレッテルを貼りたがるいまの社会に対するアンチテーゼのようにも見えます。
会社や学校において、他人となかなか馴染まないような人を指して「あの人は発達障害かもしれないね」と専門家でもないのにそのようなレッテルを貼り、それ以上のコミットを避けようとする人が、みなさんの周りにもいるのではないでしょうか。サリーの父親の過ちは、彼女をこのような目に合わせないために、親子ともども引きこもりのような生活を選択したことです。父親の死後、サリーがどんなステップを経て成長していったかを見れば、そのことがよくわかります。コミュニケーションに困難を覚える人たちに対して、わたしたちがやるべきことはレッテル貼りではない。どうすれば彼らを支えることができるのかを考え、行動することです。発達障害であるとかないとかに関係なく、困難を抱える人々に対する目線をどう変えていくか、そのことを本作からは強く考えさせられます。
と申し上げてはいるものの、本作はまずエンターテインメントです。人種問題やLGBTQなど、さまざまな社会問題にも触れられていますが、まずはサリーの「数奇」というにはあまりにも厳しい人生の歩みに寄り添って本作を楽しんでいただきたい。そのうえで、ここに提示されているさまざまな問題に思いを馳せる時間があってもいいのではないか、そんなふうに考えています。
一読して、これミステリ? と思う方もいるでしょう。けど、ジャンルはどうであれ、やっぱり本作は読み逃すことのできない傑作だと思います。まだの方はお早めに!
では先月に引き続き、これから開催を予定している翻訳ミステリー読書会の日程をお知らせいたします。読書会の告知は現在「全国翻訳ミステリー読書会」にておこなっておりますので、そちらもご覧いただけると幸いです。※すでに満席となっている読書会もありますのでご注意ください。
《対面式》
2024/12/2 西東京『キル・ショー』
2024/12/14 岐阜『喪服の似合う少女』
2024/12/14 福井『雪の夜は小さなホテルで謎解きを』
2024/12/14 札幌『透明都市』
《オンライン》
2024/12/6 西東京『黒い天使』
2024/12/21 南東京『ターングラス 鏡映しの殺人』
2024/12/28 札幌『ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器』
2025/2/7 西東京『暗闇へのワルツ』
2025/4/4 西東京『死者との結婚』
2025/6/6 西東京『ホロー荘の殺人』
2025/8/1 西東京『茶色の服の男』
2025/10/3 西東京『NかMか』
2025/12/5 西東京『ゼロ時間へ』
《ハイブリッド》
2025/1/18 南東京『検死審問 −インクエスト−』
南東京のオンライン開催『ターングラス 鏡映しの殺人』は、先日おこないました YouTubeライブ第22弾「なんだ、この変な本は?『ターングラス』完全ネタバレ トークライブ」を受けての緊急開催です。よろしければ、こちらの配信アーカイブもぜひご視聴ください!
各読書会の詳細・申し込み方法につきましては、前掲のサイトにてご確認ください。読書会は全国各地でおこなわれていますので、お近くの方はぜひご参加を! よろしくお願いいたします!
大木雄一郎(おおき ゆういちろう) |
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福岡読書会世話人兼翻訳ミステリー読者賞改め「どくミス」の実行委員。年末までには次回開催要項がお知らせできればと思っています。 |